第364話 カオリン

目の前に高級フレンチが用意されているが、誰も手をつけようとはしない。

正直、食べている場合では無い状況だ。


「でも実際の所エリクサーなんかの霊薬って市場で見た事ないわよ」

「一部の特権階級者向けのオークションでしか出回らないらしい」

「そんな貴重なもの手に入れる事なんか出来るの?」

「それじゃあ、聞くけど、シルやルシェのカードと霊薬ってどっちがレアだと思う?」

「それはもちろんシル様達じゃない?」

「そうだよな。シル達でも手に入れる事が出来るのにそれよりもレアじゃない霊薬が手に入らない事なんかあり得ないでしょ」

「まあ、言われてみればそうかも」


俺にも具体的な根拠は何も無い。ただシルの言う因果律を前提として話しているだけに過ぎない。


「とにかく時間は限られてるけど、進むしか無いと思うんだ。なんとなく下層に行く方が手に入る可能性が高い気がするし」

「まあ今迄の階層では難しい気がするわね」

「それにしても、このままダンジョンに潜り続けてカオリンは大丈夫なのか?」

「カオリンのパパは後1〜2年で潜るのは難しくなるかもとは言ってましたけど」

「そうか、それじゃあみんなもう少しで春休みだろ。春休みは集中して潜らないか?」

「賛成ですけど、カオリンが詰めて潜るのは体調的にもどうかと思うのでペースは考えませんか?」

「そうね。今は最悪カオリン抜きでも私は潜るべきだと思うわ」


3人の意思統一は出来た様だ。後はカオリンに俺達の気持ちを伝えるかどうかだが………


「カオリンにはこの事伝えますか?」

「私にもその判断は難しいな」

「とりあえずカオリンに気を使わせても良く無いだろうからもう少し様子を見てからでいいんじゃ無い?」

「そうだな」


その後もカオリンを含めて俺達が今後どうしていくか話し合った。

とりあえず、カオリンは今迄通り極力後衛でいてもらう。

何かの時には『鉄壁の乙女』で優先的に守る。

意識を失う様な敵の攻撃が体に良いとは思えないので今後ドロップでレジストアイテム等が手に入った場合は優先してつけて貰う事などだ。

カオリンは嫌がるかもしれないが、事情が事情だけにここは譲れない所だろう。


「それじゃあ霊薬の情報を各自で出来るだけ集めましょうか」

「そうね」

「どこまで出来るかわからないがやってみよう」


俺達に体の事を何も言わずに探索者を続けていたカオリンに俺は畏敬の念を禁じ得ない。

俺の知るカオリンは、大人しいがゲーム好きの明るい女の子だ。自分の命のリミットを知りながら俺に同じ振る舞いが出来るだろうか?

今まで一緒にダンジョンに潜っていて1度たりともカオリンの不調に気がついた事は無い。

どう考えても、心配をかけない様に意図して振る舞っていたのだと思う。

そして自分の病気は自分の力で克服すると言うその心意気。

言うのは簡単だが、自分の体の心配もしながら実行に移せる人間が実際にどれほどいるだろうか?

しかも俺達とパーティを組む前は正規のパーティを組む事なく独力で解決しようと奮闘していたのだろう。

やはりその心中を図る事は俺には出来ない。

ただ今はもう俺達パーティがついている。

カオリンは決して1人では無い。サーバントを含めると6人と1匹が一緒にいる。

1人では霊薬を手に入れる事は叶わなかったかもしれないが、7人と1匹なら必ず手に入れる事が出来るはずだ。

カオリン、大丈夫だ。君の病気は必ず治る。俺達パーティメンバーが必ず治して見せる。

以前大学も王華学院もいいなと言っていたので必ず通える様にしてあげたい。

俺は決意と共に俺達と大学進学について語った時のカオリンの気持ちを考えると涙が出そうになった。

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