第7話 クマの化け物と戦うことになりました

「あ……ああ……!」


 大型デビルベアーの腕が振り下ろされようとしているのに、ミリアは今だに固まってしまっている。


 このままではミリアはあの腕に潰されてミンチにされてしまう。そんな事絶対にさせてたまるか!


「頼む! ミリアを守る力をくれ!」


 オレは両手に握るラケットとピンポン玉に祈りを込めてから、ピンポン玉を上空に放り投げる。そして、思い切りラケットを振り抜いた。


「いっけえええええ!!」


 ギュイイイイン――ドンッ!!!


 ピンポン玉はミサイルのような勢いでデビルベアーの腕に直撃し、後方に弾き飛ばすことに成功した!


「グ……オオオオ!!」

「ミリア!!」

「ソラ……さん……」


 大型デビルベアーはオレの攻撃に怯んだのか、少しだけ後退した。


 その隙に、オレはミリアの前へ出てから声をかける。ミリアは恐怖で大粒の涙をポロポロと零していた。


「怖かったろ……もう大丈夫だ。あいつはオレが倒す」

「……私なんか助けなくていいですから……里の為に死ねるなら……それでいいですから……あなたは逃げて……!」

「ふざけんな!!」

「ソラ、さん……?」


 私なんか? 里の為?


 どいつもこいつもふざけた事を言う一族だ! 異世界やエルフの考えや教えなんて知ったこっちゃねぇ……こんなの正しいはずがない!


 ああくそっ! 腹が立ってしかたがない!


「お前は不要なエルフじゃない! 呪いなんてもってのほかだ! 優しくて思いやりのあるお前が、あんな自己中な連中の犠牲になる必要なんてない!」

「ソラさん……」

「エルフの連中がなんて言おうと、世界中が何と言おうと、オレはお前の味方だ! お前はこの世に必要なミリアという、たった一つの大事な命だ!!」


 自分で言っている事がわからなくなってきた。けれど、これがオレの心の叫びだって事がミリアに伝わっていると嬉しい。


「グルルルル……」


 オレの数十メートル先には、日本には絶対いない筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの巨大なクマが一頭――オレの攻撃に警戒しているのか、唸りながら様子見をしている。


 あんなカッコいい事を言ってみせたけど、はっきり言って怖い。心臓はバクバクだし、膝も大爆笑をしているかのように震えている。


 こんな化け物と対峙した事なんて当然無いし、普通の喧嘩だってガキの頃から連敗記録更新中だ。


 それでも逃げるわけにはいかない。オレの後ろにはミリアがいる……出会ってまだ二日だけど、それでもオレを心配し、守ろうとしてくれた彼女を、今度はオレが守りたい!


「ここにいたら巻き込まれる! 早く逃げるんだ!」

「ソラさん……!」

「さあ来いよクマ野郎!」

「グオオオオオ!!!!」


 ミリアを逃がすのと同時に、大型デビルベアーは雄たけびを上げながら、一直線に走ってきた。


 落ち着け……一流の卓球プレイヤーは常に冷静に物事を進める。冷静に対処すればなんとかなるはずだ。


 とにかく近づかれてワンパン貰うだけでアウトなのは明確。なら、近づかせないで攻撃を続けるのみ!


「来るんじゃねぇ!」


 オレはピンポン玉を二つ生み出して放り投げると、フォアハンドとバックハンドで一発ずつ、大型デビルベアーの両肩に打ち込む。


 ――ドンッドンッ!!!


「ガッ!? グルルル……」

「よし、とりあえず動きは止めた!」


 だが、これでは動きを止めるだけで、決定打になっていない。奴の急所を攻撃しないといけないな。


「グオオオオオ!!!」

「なんだ? 瓦礫を持ち上げて……まさか!?」


 ブンッ! ブンッ! ブンッ!


 大型デビルベアーは周りに散乱する瓦礫を、いくつもオレに向かって投げつけてきた。


 幸いにもそれを事前に察知したオレは、横に走る事で何とか回避することが出来た。


 想像以上に頭がいいじゃねえか……あと数秒判断が遅かったらペシャンコだった。


「グルル……グオオオ!!」

「な、何個も投げてきやがった!? くそっ!」


 先程の攻撃が有効と学んだのか、大型デビルベアーは大小様々な瓦礫をガンガンと投げつけてきた。


 ある程度距離があるからなんとか避けられていたけど、先読みされたのかオレの移動先に馬鹿でかい瓦礫が飛んできた。


「なら……ぶっ壊してやる!!」


 オレはピンポン玉を瓦礫に向かってぶつけてみる。


 ――バキッ!!


「くそっ! ヒビが入っただけか!」


 瓦礫はオレに向かってグングンと進んでくる。もうピンポン玉を打っても間に合わない距離まで来た。


 ここまでか? あんなカッコいい事を言っておいて、最後はまさか瓦礫に潰されて終わりか。何とも締まらねえ。


 オレは思わず目を瞑ってしまった。


『――こんな所で諦めるのかい? アタシはそんな弱く育てた覚えはないよ!』

「え……?」


 どこからか、気の強そうな……そして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 今の声……いや、そんなはずはない。きっと走馬灯ってやつだろう。


 けど……そうだな、どんな時でも諦めるなって教わったもんな。


 それに、オレにはまだこいつが――苦楽を共にしてきたラケットがある。本当はこんな事に使うものじゃないんだけど……許してくれ、相棒。


「ぶっ壊れろおおおおお!!!」


 オレはラケットを上から下に思い切り振り下ろして瓦礫にぶつける。


 バキッ! バキバキ――ドゴオオオン!!!


「ゲホッゲホッ……なんとかぶっ壊せた……最初にピンポン玉でヒビを入れられて良かったぜ……」


 瓦礫の破壊の際に生じた砂煙に思わずむせてしまった。


 一か八かだったとはいえ、まさか成功するとはな。やっぱりこのラケットも、オレの魔法で生まれたもので間違いないんだな。


「今度はこっちの番だ!!」

「グオッ!?」


 ダダダッ! ドンッドンッ!!


 オレは、大型デビルベアーの両前足に一発ずつ撃ち込む。すかさずもう一つ生み出して、今度は右頬に打ち込んだ。


「まだまだぁぁぁ!!」


 オレは大型デビルベアーの右側面、背後、そして左側面に移動しながら逞しい前足と後ろ足に攻撃を仕掛けていく。


 ドスンッ――


「よし、倒れ込んだ! 足に連続攻撃作戦、成功だ! 後はトドメの一撃を」


 最後の一発を打った瞬間に、あの体が重くなるやつが来やがった。


「くそっ……魔力切れか!?」


 体が重い……へとへとになるまで練習した時よりも何倍も酷い。


 けど、こんな所でへばってる場合じゃねえ。

 オレはもう一度大型デビルベアーの正面へと移動した。


「あと一発だけでいい……頼む!」


 オレは左手に意識を集中してピンポン玉を生み出そうとしたが、何故かピンポン玉は現れる事は無かった。


 それどころか、無理やり出そうとしたからか、更に体が重くなってしまった。それにやたらと息苦しい。立っているのが精一杯だ。


 あと一発だってのに……なんでこんな時に……!


「ソラさん!」


 鈴を転がすような声に反応して振り返ると、そこには少し震えているミリアが立っていた。


「ミリア!? 逃げろって言っただろ!」

「ソラさんは逃げないで助けに来てくれたのに、私だけ逃げるなんて出来ないです!」


 ……そんな怖さを必死に隠したような顔で言われても、全然説得力が無いって。


 でも、俺の事を心配して来てくれたんだな……そんな人は今まで誰もいなかったから、素直に嬉しいな。


「ミリア、一発分でいい……オレに力を……!」

「お任せください!」


 ムギュッ――


 え、なんか背中全体がすごく柔らかいものに包まれて……?


 むにっむにっ――


 って!? 手を握って渡すんじゃないのか!? じゃあこの……むにむにフカフカで気持ちいい感触は……いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない!


「ふ、触れている面積が広い方が早くできるので……たぶん!」


 そ、そうなのかなるほどな……ってたぶんかよ!?


「と、とにかく魔力のお渡し完了です! でもごめんなさい……短時間なのであまりお渡しできませんでした」

「十分だ。ありがとうミリア。危ないから少し離れてくれ」


 体は依然重い。息もかなり苦しいけど……ミリアを守るために、寝てるわけにはいかない。


 大型デビルベアーも足の痛みが引いてきたのか、今にも立ち上がりそうだ。さっさと決めてやる。


「これで……トドメだ!!」


 オレは慌てずにゆっくりとピンポン玉を宙に放る。


 そして、さっきまでのスマッシュの時とは違い、ラケットを下から上に振って縦回転をかける。ドライブ打ちというものだ。


 ピンポン玉は先程までの一直線の軌道とは異なり、山なりに飛んで大型デビルベアーの少し前で地面に落ちた。


 ギュルルルル――ドオオオォン!!!!!


「ガァァァァァ!!?」


 一度地面に落ちたピンポン玉は、急速に勢いを増して飛んでいき、大型デビルベアーの眉間に直撃した。


「グ……オオ……!」


 大型デビルベアーは呻き声のようなものを上げながら、ついにその場から動くことは無くなった――

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