第6話 彼女と一緒に追放宣告をされました

 黒霧の森? 追放? 一体この人は何を言っているんだ。

 それに、オレだけじゃなくて、ミリアまで追放だって?


「黒霧の森!? リリアーダ様……嘘ですよね……」

「嘘ではない。貴様のような役にも立たないエルフは、黒霧の森で野垂れ死ぬのがお似合いだ」


 ミリアは涙目で震えながら、なんとか声を絞り出していた。

 一方リリアーダさんは、高圧的な態度を崩すことなく淡々と言う。


「ミリア、黒霧の森って?」

「……常に黒い霧に包まれる森です。その霧は猛毒で……十分もそこにいたら、死んでしまうくらいの猛毒なんです……」


 なんだと……? って事は、事実上の処刑みたいなものじゃないか!


 オレがそこに追放されるのは百歩譲ってわかるけど、なぜエルフのミリアまでそこに追放されなきゃいけないんだ!


「おい、どういう事だ!」

「貴様! 口を慎め!!」


 リリアーダさんに問いかけると、取り巻きの一人が声を荒げた。


「気高きエルフなら、もう間もなく消える者の無礼くらい許してやれ」

「はっ。失礼いたしました」

「よそ者のオレだけを追放するならまだしも、仲間のミリアまで追放するのは何故だ!」

「ミリアはよそ者を招いた罪と、かくまった罪で追放される。それだけだ」


 は……? 里に招いたのはリリアーダさんだったはずだ。むしろミリアは危険だからここから離れろって言ってくれたくらいだ。


「オレを招いたのはリリアーダさんだったはずだ! ミリアは悪くない!」

「くくっ……知らんな。貴様の記憶違いじゃないか?」

「ふふっ、何の役にも立たない穀潰しがようやく消えるのね!」

「あんな呪われた子が里にいるって思うだけでおぞましいもの!」

「くそっ、そういう事か……!」


 とぼけるリリアーダさんと、愉快そうな周りの取り巻きのエルフ達を睨みつけながら、オレは唇を強く噛んだ。


 こいつらは、オレを利用して目の敵にしていたミリアを処分しようとしていたという事か! 完全にこの女の罠にはめられた……!


「私……わた、し……なんで……」

「ミリア……!」


 ペタンと座り込んでしまったミリアに、リリアーダさんの取り巻き達は一斉に弓矢を構えていた。


 こいつら、仲間に向かってそんなことが出来るのか!?


 そんな事はさせない! オレはピンポン玉を生み出してから、ミリアをかばうように前に立った。


「くくっ……貴様には感謝しているぞ。追放は罪人にしか出来ない掟でな。貴様のおかげでその条件を達成できたのだからな」

「この野郎……!!」

「本日の正午には刑を執行する。それまでは閉じ込めて――」

「リリアーダ様! お取込み中の所失礼します!!」


 今にもピンポン玉をぶっ放してやろうか。


 そう思った矢先、里のある方角から、一人のエルフが大慌てでリリアーダさんの所に駆け寄ってきた。


「……なんだ騒々しい」

「里にデビルベアーの群れが襲撃してきました!!」

「なっ!?」


 デビルベアー? 襲撃? 一体何の事だ?


 オレにはよくわからないけど、リリアーダさんがうろたえてるって事は、かなり不味い状況なのかもしれない。


「皆の者! こいつらは後回しだ! 里を守るぞ!!」


 エルフ達は一斉に里のある方角へと向かっていく。

 残されたオレ達は、その場でボーっとする事しか出来なかった。


「……とりあえず助かったのか? ミリア、大丈夫か?」

「は、はい……」


 ミリアに手を差し伸べながら声をかけると、オレの手を取って立ち上がりながら、か細い声で答えてくれた。


「あいつら、デビルベアーとか言ってたけど……」

「デビルベアーが……里を……」

「ミリア……デビルベアーって?」

「森に棲む大型の魔物です。この時期になると、エサを求めて里に来ることはあったんですけど……集団で来るなんて……!」


 よくわからないけど、里がやばいって事だけはわかった。


 けど、今までミリアに酷い事をしたバチが当たったんじゃないかって思ってしまう。


「……ソラさん。あちらに真っ直ぐ行けば川に出ます。下流に向かっていけば森を出られるので、そこから逃げてください」

「え?」


 まじか、これで森からは何とか逃げられるな! 外にはどんな世界があるかはわからないけど、こんな所にいるよりはましだ。


 って……なんかミリアの言い方が引っかかる。まるで自分は残るような言い方だ。


「ミリアは……どうするんだ?」

「里に行きます。みんなと一緒に戦って、里を守るんです」


 おいおいマジかよ……!? どう考えても危ない所になんか行かせられない! なんとか止めないと!


「あいつらは、訳のわからない理屈でミリアを殺そうとしてるんだぞ! あんなやつらの為に、ミリアが危険な目に遭う必要は無い!」

「私の為に怒ってくれるんですね。ありがとうございます……でも、あんな人達でも私の大切なエルフの仲間で……世界でただ一つの、大切な故郷なんです!」


 ミリアはそう言い残して里の方へと走り去ってしまった。


 なんでだよ……ミリアは馬鹿げた理由で嫌われて、こんなボロ小屋に追いやられて。挙句の果てに殺されそうになってるのに。


 ミリアは馬鹿が付くほど素直で、人を信じやすくて、そして優しいんだな。超が付くほどのお人好しと言っても過言ではない。


 そんなミリアを放って逃げるなんて、それこそあの世で母さんに説教されそうだ。


「……腹をくくるしかない、か」


 まだミリアには一宿一飯の恩も返せてないしな。さっさと後を追うとしますか!



 ****



「うおっ、なんだありゃ!」


 里に着くと、そこには二メートル級の真っ黒なクマの群れが暴れまわり、それを必死に止めようとエルフ達が戦っていた。


 あれがデビルベアーか……! 名前の通り悪魔みたいなクマだ!


「ミリアはどこだ……!」


 ミリアを探して辺りを走り回っていると、銀髪で目立つからすぐに見つけられた。


 彼女は倒れているエルフを抱きかかえながら、何かを必死に語りかけていた。


「ミリア!!」

「ソラさん!? どうして……!」

「ミリアを放って逃げるなんて出来ないよ」

「ソラさん……」


 オレはミリアに安心してもらう為に優しく語り掛けてから、抱きかかえられているエルフを見る。頭から血を流していて、とても苦しそうだ。


 うっ……全く知らない奴とは言え、リアルの流血は結構メンタルに来る……。


「ミリア、その人は……」

「怪我をして気を失ってますが大丈夫です。あっ……すみません! この人をお願いします!」


 ミリアはたまたま通ったエルフに怪我人を任せると、急に俺の手を取って魔力供給を始めた。


「ミリア?」

「こんな事に巻き込んで本当にごめんなさい……でも、私はこの里と仲間を守りたい。ソラさんの力を……貸してくれませんか? お礼なら何でもしますから……!」

「……わかった。けどお礼なんていらないよ。昨日のご飯と泊めてもらった恩があるからさ」

「ソラさん……! ありがとうございます!」


 頬を赤らめながら嬉しそうに頷くミリアに、思わずドキッとしてしまった。


 ってそんな事をしている場合じゃない。はやくこの状況をどうにかしないと!


「魔力供給、終わりです! 昨日よりたくさんお渡ししました!」

「ありがとう。じゃあ行ってくる!」

「私もソラさんについていきます!」


 なんだって? そんなの危険すぎるだろ!


「危険だから駄目だ!」

「ソラさんだって危険ですよ! それに、魔力を使い切ったらまたお渡ししないと、ソラさんが辛いじゃないですか!」

「それもそうだけど……わかった、一緒に来てくれ。とりあえず近い敵から――」


 近い敵から倒そうと言おうとした瞬間、何処からかドンッ! と凄い大きい音が聞こえた。


 かなりの大物が近くにいるのかもしれない。そっちに助けに行った方がよさそうだ。


 顔を見合わせながら頷き合ったオレ達は、音のした方向に向かった。


「あれは……リリアーダ様ー!」

「ミリア!? それに貴様も……!」


 音のした方に行くと、そこには三メートルを超す巨体のデビルベアーと、リリアーダさんを含めた数人のエルフが対峙していた。


 この短時間で激戦をしたのか、リリアーダさんは傷だらけで、服もボロボロになっていた。いつ彼女の豊満な胸がこぼれてもおかしくない。


「こいつは強い! 一旦隙を作って他部隊と合流するぞ!」

「リリアーダ様、こんな大きなデビルベアーから、どうやって隙を作るんですか!?」

「それが問題だ……いや、待て……」


 リリアーダさんはミリアの事を見ながら、まるでおとぎ話に出てくる悪い魔女のような……何とも不気味な笑みを浮かべた。


「リ、リリアーダ様?」

「ミリア、喜べ! 初めて里の為に働かせてやる!!」


 リリアーダさんはミリアの胸ぐらを掴んで持ち上げると、なんと大型デビルベアーの前へと放り投げた。


「なっ……!? てめえ!! ミリアに何しやがる!!」

「はははっ! どうせこの騒動が終われば死ぬ命だ! 最後くらい、里の為に役に立って見せろ!!」


 リリアーダさんは高笑いを残して、取り巻きと共にその場から走り去った。あのくそ女……ぜってえ許さねえ!


 ミリアは何とか上半身を起こしたが、目の前にいる大型デビルベアーへの恐怖を感じているのか、動けずにいた。


 そんな彼女に向かって、大型デビルベアーの剛腕が振り上げられた――

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