10.対冥華

アルストロメリアは密林にパワージェネレーターを構えていたが、冥華のパワージェネレーターは三方を崖に囲まれた場所に位置していると、先に行ったメンバーの報告を受ける。


崖があると攻めにくいというのはよく知られた話だ。特に近接職の場合、崖上にいる敵遠距離職からチクチク攻撃を受けて一方的にやられてしまう。こちらに上から攻撃されるというデメリットもあるが、崖から引き摺り下ろそうにも、それを許してくれるはずもないので厳しい。


冥華の陣地付近に行くと、崖に2パーティーほど遠距離職が陣取っているのが見えた。Vanguardは時折アタッカー1パーティーくらいで突破を試みているようだが追い返されている。盾が行かなければ厳しい状況だ。


「タンクで崖上の奴ら排除するんで、防御バフお願いします」

対処法は、被弾し続けながら遠距離職を排除して仲間への道を切り拓くしかない。スラスト達盾職は切り立った崖に手を掛けて登っていった。


当たり前だが、登らせまいとする矢と弾丸と魔法の雨が降ってきた。登る側は無防備なのでいずれもまともに食らってしまう。

移動速度低下、毒、火傷、出血…………。デバフと継続ダメージのオンパレードだ。

スラストには今までのプレイ時間である約2万時間分の苦行の蓄積で作り上げられた装備と大枚はたいて掛けているバフがあるので、見切れるほどデバフ欄が長くなろうとも崖上で戦えるほどの余力は残っている。しかし、装備構成が中途半端だったりポジションが悪かったりしたメンバーは次々に撃ち落とされてデスログが流れていくのだった。


やっとのことで崖上に辿り着いたスラストは、飛んできたホローポイント弾を避けタワーシールドで手前のプレイヤーから殴り倒していく。このような狭い場所では突撃槍はまるで使い物にならない。

遠距離職たちは懐に入り込まれないよう、必死でスラストから距離をとって自分たちの有利な距離に持って行こうとするが、足場の悪い崖では思うようにいかずに、崖に強い職ではない筈のスラストの盾にクラウドコントロールを貰って下にいるVanguardの遠距離職にHPを削り取られていく。

さしものスラストもいい加減体力が減りに減っていたが、敵の攻撃が途切れたため味方の遠距離職が次々と上に登ってきた。今度はこちらが冥華に攻撃を仕掛ける番だ。


Vanguardは多大な犠牲を出しながらも崖上を占領し、高台の有利を取ることができた。あとは現地の人数差で押し返されて逆転されないよう奮戦するしかない。


(9割9分9厘くらいは俺の功績だな)

スラストは自らのお手柄にニヤついたが、なんで生きているのか不思議なくらいのHPになっていたので、崖上の攻撃が当たらなさそうな隅でヒーラーに回復してもらう。

効果時間の切れたデバフがデバフ欄から少しずつ消えていくのをチェックしながら戦況報告に耳を傾けた。


崖上を占拠しようというのに抵抗してくるのが遠距離アタッカーと少数のヒーラーだけだと思ったら、冥華は自パワージェネレーターがやられるより先にVanguardのジェネレーターを削り切ってしまおうという作戦を取っているようだ。ギルド同士の乱闘こそが集団戦といえど、一対一で戦っている時に総防衛をする必要はない。

自陣には敵が結構来ているらしいが、防衛部隊だけだ対処させているらしい。


「スラストさん冥華何割です? うちはあと6割なんですが」

「あと4割です。こっちも防衛少しだけ置いてダメージレースした方がいい気がします」

「あーそうですね。総攻撃します! 死んだ人は防衛回ってください!」

完全に回復しきったスラストは、近接職がここにいても仕方ないと崖を滑り降りてパワージェネレーター近くを陣取り、敵の復活を報告しながらCCをばら撒き続けていた。ここで無茶な動きをして死に、防衛に回るということは避けたかったので多勢を相手取ることはしない。


段々と防衛部隊も攻撃に回ってきた。

冥華のメンバーは復活して暴れ回っては死に、また別のプレイヤーが暴れ回っては死にを繰り返してこちらを妨害してくるが、相手にしないように言ってプレイヤーを無視してスラストはジェネレーターに向かって突撃槍の突進を続ける。プレイヤーをキルすれば数字になるが、勝ち負けは結局どちらのパワージェネレーターが最後に残っているかで決まるのだからこの段階でキル数を気にするのは無意味だ。


「冥華あと2割!」

「こっちはあと2.7割です!もうちょっと防衛頼みます!」

「防衛に行く間に冥華落ちますよ!?」

興奮から半ば怒鳴り合いのように意見を交わし、その間にも2つのパワージェネレーターの数値は減っていく。


「もう冥華撃破します! 順次帰還してジェネレター回復させてください!」

そして。


ギルド:冥華をギルド:Vanguardが撃破────


流れたシステムメッセージは、またもやVanguardによるものだった。スラストはラストアタック狙いで最後まで残り、冥華のパワージェネレーターが砕け散った途端に全速力で自陣の方角に縮地を発動させた。


「自陣回復して5割です。次は……いや、攻めてきました。『もふもふ』『Dii Consentes』『Fine.』どうやら残り全ギルド来たっぽいですねこれは!」


この短時間に2ギルドも撃破したVanguardを、他参戦ギルドが放っておくはずもない。一対一の状況に持ち込まれないように一時的に複数ギルドが手を組んで攻撃を仕掛けてくるというやつだ。強豪のギルドにはつきものなので全員慣れっこだが、3倍の人数を跳ね返すのだからかなり厳しい戦いを強いられることになる。


VCからはヤケクソになったギルドメンバー達の発狂が大音量で聞こえてくる。薄くなった勝ち筋を取り戻すため、スラストはコンマ1秒でも早く帰還しようと速度に全振りして走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る