8.開戦直前

闘技大会当日。


昨日早く寝ようと思いながらも、昼の12時まで革命的敗北主義者とサメと戦うサバイバルゲームで遊んでいたスラストは、徹夜明けの倦怠感とともに起床した。

闘技大会は20時から、そして今起きた時間は19時だ。


Vanguardの集合時間は19時30分。これからOuter Space Fortressを起動し、集合場所まで移動し、バフをかけ、VCに参加し、部隊に入るという作業をしなければならない。

スラストはノロノロとVR機器を装着し、パソコンを再起動させるとゲームにログインした。


「こんばんは」

「スラストさんこんばんは〜」

「こんこん」

VCに入ると様々な人から挨拶が飛んでくる。普通に会話している分にはいいが、戦闘になると指揮がどれなのか分からなくなりそうなのでこちらで音量調整をしておいた。


スラストは、最後にログアウトしたパブに出現したものの、すぐに場所を変える。Vanguardの集合場所はイベント惑星という、闘技大会限定で実装されているイベント会場だ。会場の動物園エリアに集まるようにとユキカゼに言われていたのだった。


イベント惑星はインスタンスなので、わざわざ発着点まで行って宇宙船に乗る必要はない。メニュー画面を開けば「『闘技大会』開催! イベント会場はこちら!」というバナーがでかでかと表示されている。それをタップし「イベント惑星に移動します。よろしいですか?」と出てきたのをもう一度タップする。


読み込みが長い。

ローディング16%と表示されていたのに何故か14%に下がった。伸びたり縮んだりを繰り返す読み込みバーを見て、スラストは自身のマシンスペックと回線が保ってくれることを祈りながら、あまりの読み込みの長さに苛ついてきた。

やっと終わっても、読み込み完了マークがいつまでも表示されている。


画面が暗転し、再び明るくなる。

温室の中のようなここは動物園だ。

Vanguardのギルメンがちらほら見える。

しかし、右上のミニマップに表示されている仲間の人数はもっと多い。描画されていないのだ。


「クッソ重いな……耐えられんのか」

ぼそっと呟くと、洛叉が個人チャットで同調した。


「マジで重い。お前の環境だけじゃなく、運営のサーバーが弱いらしい。会場の作り込みも弱いし。あいつサル山に引っ掛かかってる」

洛叉の指差した先には、メンバーの1人がサル山コーナーの中腹でめり込みバグを起こして上下に小刻みに振動している姿があった。


そういえば動物園とか言う割には動物がいないようだが。サル山にも1匹も居ない。強いて言うならプレイヤーはチンパンばっかりだとスラストは思った。不具合かと洛叉に聞くと、イメージイラスト以来、開発の公式案内にも一匹も描かれていないことから恐らくそもそも居ないそうだ。

容量の問題か、それとも手抜きか。


長すぎた読み込みと、重すぎたイベント会場の件で半ば忘れかけていたが、そろそろバフを掛ける時間である。遅刻気味のメンバーもほぼ出揃い、ユキカゼ達はログインリストを見て出欠を確認している状況だ。確認が終わったら部隊を集めて初動の説明を始めるだろうから、今のうちにバフを掛けておくといいだろう。


まずは料理を食べる。職によって適切なものがあり、ロイヤルナイトの推奨はブロック力が上昇する「ジェリーフィッシュ・ゼリー」だった……のはこれまでの話で、ブロック力の大幅低下と防御力の向上がなされた今の仕様では、バーサーカー推奨の「素揚げ培養肉」が防御力上昇効果とノックダウン抵抗があるのでこちらを食べる。食事コマンドをタップすると食事モーションとともにバフ欄に防御力上昇のアイコンが浮かんだ。効果時間は3時間だ。


次に「エキサイト・ドラッグ」という名前からしてゲームに出して大丈夫なのかどうか怪しいアイテムを使う。これは基本2種類しかなく、物理職と魔法職用だ。どぎついピンク色の液体が入った注射器は、使用コマンドをタップすると注射モーションを行い、使用が完了する。効果は命中力上昇。20分で効果が切れるので、戦っている間にもこまめにバフのかけ直しをしないといけない。


ここまでが重要なバフ。ここからは掛けていないプレイヤーも多いが、バフ欄の長さが強さに繋がると固く信じるスラストは、掛けられるだけ全て掛ける。

移動速度上昇の丸薬、回避率上昇の巻物、HP回復速度プラス5%のお香、状態異常抵抗プラス10%の茶。忙しなくモーションを取り続ける姿は側から見ると滑稽だが、戦闘への真摯な姿勢をアピールできるし、何より周りもそんな感じだ。

最後にお気持ち程度のクリティカルヒット率プラス3%の「宇宙の加護」を掛けて今のところは完了だ。

10分しか効果時間がない割に単価の高く、複数重ね掛けできるエリクサーは出費が馬鹿にならないので開始直前にかけることにしている。


「そろそろ皆さん揃ったことですし、初動から説明します。20時に集団戦が開始するので、イベント会場内にいれば自動的に自陣ジェネレーターのところに飛びます。攻撃部隊の人は速攻で前に出てください。最初攻めるのは一番近い「アルストロメリア」です。向こうもそれを予想して守りが厚いと思うので盾の方、遠隔アタッカーの方よろしくお願いします」

いつもの上向き魚頭にパンツ一丁という典型的なネタキャラの格好をしたユキカゼが初動の動きを説明する。


アルストロメリアは動員は良いが、指揮官がやや優柔不断。Vanguardから初動総攻撃が来ると予想がついていても最初から全防衛を取るとは考え辛い。となると、なおさら総攻撃のスピードが大事になってくる。


部隊集めが終わると、スラストはエリクサーを炊いて20時を待ったのだった。

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