5.古巣からの勧誘


正式に仲間となったパインキラーを含めた三人と別れて数日。

スラストはPKする気にもなれず、別のゲームをやったりソロで狩りをしたりして暇を潰していた。

正確には新しい盾を試すために何回か革命的敗北主義者に付き合ってもらったが……それくらいだ。


そんなスラストのもとに、一通の個人チャットが届いた。

送ってきたのは、以前所属していた大規模GvGギルド──「Vanguard」の副マスターだった。

卍闇を渡る終焉の狩人-DragoonKiller-卍が所属しているので今でも交流は僅かながらにあるが、いきなり何の用だろうか。


『久しぶりだな。元気か?』

久しく連絡していなかった同級生から連絡が来た時は、十中八九はマルチ商法か怪しい宗教の誘いだという。同級生ではないが、ゲーム内でもそのようなやり取りがあるとはよく聞く話なので、スラストは『壺は買わないぞ』と返す。


『壺って何のことだ? 何を勘違いしてるんだよ。闘技大会に出るのかどうか聞きたいだけだ』

『なんだ。てっきり変な勧誘かと思ってた。出る。出られる限りは全部出る』

『集団戦のあてはどうだ? スラスト、うち抜けてからずっと路頭に迷ってたけど』

『固定メンバーでよろしくやってるから、ギルドは未所属だ。固定で入れてくれるところは見つかる気がしない。野良で出るつもりだが』

個人チャットを見ながら、スラストは段々相手の狙いを掴んできた。


『特に決まった所属がないなら、うちにまた戻ってこないか?』

予想通り。

ギルド勧誘だ。

盾職は攻撃力が低く、集団戦では裏方のような持ち回りであることから人口が少なかった。

人格を抜きにすれば、スラストは全一といっても差し支えないほどプレイヤースキルが高く、強い。悪名高いが元ギルメンでもあるスラストにVanguardからの勧誘が来るのは不思議なことではない。


『俺はタイマン志向だからいい。縛られたくないんだよ。ギルドとかに」

『それで玉石混交、いや石がほとんどの野良に行くのか? 盾職なら統率の取れたチームじゃないとろくに戦えないって。メンバーに許可はもらってる』

『たしかに野良は質が悪い。勝ち進むのも無理だと思う。でも、やっぱり戻る気はない』

『わかった。じゃ、臨時契約ならどうだ。闘技大会関連だけで、GvGにも演習にも出なくていい。もちろん正式加入したくなったらまた言ってくれ』

『臨時契約? Vanguardそんなことやってたか』

『特別だよ。天下のスラスト様だからな』

勧誘は諦めたようだが、臨時契約を提示してきて迷っていたスラストは、特別という響きにすっかり気分をよくすると、臨時契約に乗り気になった。

ギルド特有の面倒臭い点を取っ払ってくれるのなら、それに越したことはないだろう。




Vanguardの拠点は、鬱蒼と茂る熱帯雨林の惑星に位置していた。スラストがわざわざ星系をまたいでここまで来た理由は、単純に契約のためだ。

宇宙船でヘリポートに降り立つと、既に二人乗りのホバーバイクが横付けしてある。

ホバーバイクから、一人のプレイヤーがスラストに手招きをした。

両眼が隠れた赤髪にレーシングスーツ姿の、スラストより少しだけ小柄な女キャラクター。スラストと同じ種族のサイバネティック・エルフで、個人チャットを送ってきた副マスターの洛叉だ。


「洛叉、わざわざ迎えに来てくれなくてもいいと言っている」

「スラストが暴れ出さないようにするお目付役だから気にすんなって。ほら、あの時からメンバーも変わったから」

スラストはホバーバイクの後部座席に座り、熱帯雨林の木々の間をすり抜けて飛んだ。

しばらくジャングルを進んでいると、突然、浮遊する銀色の直方体が組み合わさったような巨大な建物が現れる。Vanguardの拠点だ。

直方体の中に唯一四角い穴が空いている場所がある。そこが搭乗物の発着点であり、出入り口でもある。ホバーバイクから降りて建物に入ると、見知った内部があった。


「ほら覚えてる? 建物は全然変わってないんだ」

「まあ、な」

黒を基調とした未来的な室内に、装飾のような赤い光が映える。開発が考えた内装ではなく、卍闇を渡る終焉の狩人-DragoonKiller-卍が一週間を費やしてこだわって作ったものだ。


契約を結ぶので、マスターの部屋に向かう。

洛叉と並んで歩き、廊下を進んでしばらく歩くと、洛叉の足が止まった。

改めて言われるまでもなく、マスターの部屋の前だ。


「スラストさん連れてきました。洛叉です」

洛叉がノックして告げると未来的なドアが斜め方向に開き、室内へ通される。

洛叉は横に進むと、まばら(ゲームなんだから当たり前だが)な幹部の列に加わった。前はスラストもここに並んでいたのだった。幹部の顔ぶれの半分以上は知らない人だった。マスターも知らない人かもしれない。

マスターはいかにも悪役といった雰囲気の椅子に座り、こちらに背を向けている。


「スラストです。よろしくお願いします」

礼儀などわからないが、敬語で挨拶してからお辞儀した。

マスター用のいかめしい椅子が回る音がする。


「顔を上げてください。マスターのユキカゼです。こちらこそよろしくお願いします…………って、この会話二度目ですね。スラストさん」

マスターのユキカゼ。

加入した時も、脱退した時も幹部の顔ぶれは変われどマスターは変わっていない。

人付き合いの苦手なスラストは少し安堵した。


「説明は割愛しますけど、闘技大会でVanguardに臨時加入という形で大丈夫ですね?」

「はい」

「じゃあ契約書を送りますね」

スラストの視界に契約書が現れる。

ちゃんと日数も闘技大会まで、給料付き。

サインを書いて送信する。


「闘技大会までよろしくお願いします」

胡散臭くも感じられる、人の良い笑顔を浮かべるユキカゼ。実際いい人だ。

握手をしてマスターの部屋から出ると、洛叉がついて来た。帰って仲間達にVanguardに臨時で入ることを伝えようと思っていたんだが。


「どうした。帰ろうと思ってたんだけど」

「まあ久しぶりなんだし、ちょっと付き合っていけよ」

「何に」

惑星に来た時のように、洛叉が手招きをして帰り道とは違う道へ歩き出す。

無視して帰ろうかとも考えたが、時間に追われているわけでもなし、ついて行くことにした。


広い拠点の廊下を何回か曲がり、エスカレーターに乗り、また扉を抜けると、スラストにとっても馴染み深い空間があった。

だだっ広い円形の広場で、周りには観客席がある。全体的に金のかかった造りの拠点内でも、特に力を入れて作られた場所。


「……決闘場」

「そ。一回手合わせしてくれたらいいなーって」

懐かしい場所だ。

数日間篭りっぱなしだったこともあるくらいに。

ギルドの決闘場はシステム上、ギルドメンバーしか立ち入れない。長い間離れていたここで戦うのも悪くないと思い、スラストは武器を取り出すと洛叉の反対側まで歩き、構えた。


「やる気になったようで何より」

「ノスタルジーを感じたんだよ」

洛叉も武器を取り出す。

大剣だ。

洛叉もスラストと同じロイヤルナイトだった。


決闘にあたり、カウントシステムで5秒間のカウントを行う。

5……4……3……2……1……


「ゼロ」

先に仕掛けたのはスラストだった。

縮地で距離を詰め、移動中に【ランスチャージ】を発動することでその長いモーションを省略する。

突撃槍の勢いは大剣のガードを貫通し、HPが二割程度削れた。が、コンボに繋ごうとする前に今度は洛叉が縮地でスラストの背後に移動し、範囲から逃れる。


背後から飛んできた【剣気飛投】をすばやく盾でガードし、間髪入れずに身体を捻って【シールドバッシュ】を叩き込む。


半分躱して直撃には至らなかった洛叉だったが、硬直は食らっているようだ。スラストは硬直の時間に合わせて短いコンボを撃った。予想通りだがHPは一割残った。


硬直時間が終わり、洛叉の大剣が首に飛んできたのでスラストは大きく飛び退く。コンボを撃ったばかりでCTが心許無い。しかし悠長に待っていても回復されるだけだ。

大剣は、盾職の使う武器の中では攻めに強く守りに弱い。突撃槍と盾の構成に対しては丁度長所を潰し合うような関係にあり、プレイヤーの技量次第といったところだ。


今度は洛叉が先に攻めた。

大剣でガードの姿勢をとったまま突っ込んでくる。こちらが盾でガードをした隙にガード無視の【パニッシュメントソード】を使ってくるつもりだろうと判断したスラストは、その場で縮地を曲げながら避け、キャンセルでランスチャージを決めた。ノックダウンした洛叉に、CTが一部明けていないため更に短くなった短縮コンボを撃ち込んで、ノックダウンから起き上がる前にキャッチで地面に打ち付けた。次は長いコンボを入れ【セイクリッドフラッシュ】で槍先からビームを出してコンボを締めると、洛叉のHPは吹き飛んで倒れる。


決闘場の中では死亡は死亡とはみなされない。その場ですぐに洛叉は復活して起き上がった。


「やっぱ強えなぁ。縮地曲げとランスチャージキャンセルは俺も対策してた筈なんだけど、さすが全一だわ。あ~でも正直言っちゃうと」

前の方が強かった。

スラスト自身よくわかっている。

動体視力が落ちたとかではなく、戦いの感覚が戻るまでに時間がかかっているのだ。


このゲームでPvPの上位勢は、一対一なら軒並み自分のギルド内だけでやっている。

下手に知らないプレイヤーに手を出して掲示板に書かれたら面倒だからだ。

そういうわけで、ギルドに所属していないスラストはフィールド上で延々とPvPを仕掛けていたが、元々芳しくない評判が血の底まで落ちたというわけだった。


「腕、鈍ってるなら拠点にタイマンしに来なよ。おれは大体ここにいるし、いなくても誰かは戦ってくれる。正式加入じゃなくても、来るなら大歓迎だ」

「わかった。また来る」

暫くはいつもの固定メンバーで集まることもないだろうし、ちょうど良いか。

Vanguardは加入基準がゲーム内でも高いこともあって、その副マスターである洛叉とのPvPは、ひとつスキルの発動がズレると命取りになる感覚が常にあった。

同じPvP勢だとはいっても、革命的敗北主義者やパインキラーとは比べ物にならないほどだ。

戻りたい、と一瞬思い浮かんだ考えを、スラストは頭を振って思考から追いやる。


楽しさには代償がある。

ギルドに縛られるという代償が。

もし所属したら、GvGやそれに伴う演習に参加しないといけないし、何より人付き合いが煩わしい。

スラストがVanguardを辞めたのも人間関係のもつれからだった。


SS撮ってばかりのエンジョイ勢ストロベリィ・ピンク、考察や検証が好きな革命的敗北主義者、そしてまだよく知らないが、許容して参加してくれたパインキラー。

PvPだけがゲームじゃない。

スラストは対人をしてばかりだからどうしても判断基準が偏りがちだが、固定メンバーは気の置けない仲間だ。

当たり前だが、ギルドに所属したからといって、他の人との繋がりが途切れるわけではない。スラストも革命的敗北主義者や卍闇を渡る終焉の狩人-DragoonKiller-卍とは途切れていない。

それでも今のスラストは、自分が楽しむことより安心することの方が大事だという考えだ。


ゲームごときに何を必死になるんだとスラスト自身そう思うが、スラストにとってゲームは人生そのものだった。

慎重になるのも仕方のないことなのだ。

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