第25話 なにもの(三人称)

 レイトンは捕縛した襲撃者を斬首するため、捕らえた彼らを連行する部下とともに森のなかへと向かっていた。

 うなだれ引かれていく彼らの背を眺めながら思う。


 自分はなにをしていたのだろう、と。

 自分が憧れたものは、目指したものはなんだったのだろう、と。


 どんな襲撃者や強敵にも臆することなく立ち向かう。

 正義と誇りを胸に剣と魔法で主君を守り抜く白銀の鎧をまとった騎士。


 それが彼の理想としたものだった。

 しかし、傭兵団に囲まれた瞬間その理想は消え失せ、替わりに湧き上がったのは恐怖だった。


 あまりの数の多さに足がすくんだ。

 早く後方の部下に知らせなければと思いながらも、身体は動かず声を発することも出来なかった。


 続く襲撃者たちの統率の取れた動きを目の当たりにし、彼の心を恐怖と絶望が支配する。

 死への恐怖。


 あの瞬間、死ぬことが心底怖いと思った。

 主君を守れるか否かよりも、己に向かってくる死への恐怖が勝った。


 あり得ないほどゆっくりと時間が流れた気がする。

 幾つもの矢が降り注ぎ、街道の左右に広がる森から武装した集団が迫る。


 刹那、聞いたことのない轟音が響き渡り、血しぶきを上げて襲撃者たちの身体がちぎれ飛んだ。

 断末魔の叫び声すら彼の耳は知覚していなかったのかも知れない。


 何が起きたのか理解出来ていなかった。

 大地が三人の襲撃者を殴り倒したところで我に返る。


 初めて死を逃れたのだと理解した。


「無傷だったのは三人だけだった……」


 彼と大地とを結ぶ直線上にいた三人だけが無傷で生き残った。

 それは広範囲の敵を瞬殺できる攻撃魔法にも関わらず、味方を巻き込まないよう精密な操作ができる証左でもある。


 己と同じ状況にあったにも関わらず、恐怖することなく冷静に対処したからこそ出来たことだろうと思う。

 冷静さを裏付ける圧倒的な魔法の力。


「あれこそが俺の理想とした姿ではないだろうか……」


 レイトンが何かをつぶやいたことに気付いた部下の一人が声を掛ける。


「どうかしました?」


「何でもない」


 街道から森にかけて血の臭いが充満していたが、その臭いが戦場を思わせるほどに濃くなった。

「そろそろじゃないのか?」


 レイトンが問いかけると護衛の一人が「直ぐそこです」、と返した。

 目的地は襲撃者たちの死体を埋めるために掘った穴である。


 戦闘後、死体を放置しておくわけにはいかない。

 死体は燃やすのが通例だが、今回のように数が多い場合は土中に埋めることもままある。


 集めた死体をまとめて放り込んだ穴が近付くと、夏の暑さと湿気で辺りに漂う血の臭いがより強烈に鼻腔を刺激する。


「あちらです」


 言われるまでもなくそこが目的地なのだと分かる。

 直径五メートルほどの大穴がぽっかりと姿を現し、穴のなかには人体だったものがうずたかく積まれていた。


 穴のなかの死体はどれも目を背けたくなるような惨状である。

 死体をかき集めた護衛たちがそのときの記憶を蘇らせて嘔吐する。


「ゲェー」


「ウップ」


 これだけの量の細切れとなった死体を集めたのかと思うと、レイトンも部下たちに同情するし、「よくやった」と褒めてもやりたくなった。

 しかし、そういうわけにもいかず叱咤する。


「しっかりしろ」


 この穴を初めて見た護衛たちが呆然とつぶやく。


「凄い数だな……、これを一人でやったのか……」


「数よりも死体の状況だよ。どんな攻撃魔法を使ったらこんな風になるんだ……?」


「魔物にやられた方がまだマシなんじゃないか、これ……」


「でも……、もしあいつがいなかったら、殺されていたのは俺たちだったな……」


 護衛たちの間に恐怖が広がる。

 それは主君であるヴァイオレットとともに、傭兵たちに殺されていたかも知れないという恐怖ではなく、自分たちと一緒にいるたった一人の人間がこれの状態を作りだしたという恐怖であった。


「隊長、一体何があったんですか?」


 一人の護衛が絞り出すように聞いた。

 彼の投げかけた疑問はここにいる者たち全員が抱いた疑問でもある。


「俺にも分からない……。傭兵団に襲いかかられたと思ったら、次の瞬間にはヤツらの――、傭兵団の連中の血しぶきと肉片が飛び散っていた……」


「さっさと終わらせて戻りましょう」


 こんなところは一刻でも早く立ち去りたいと、言葉だけでなく全身で語っていた。

 斬首の準備が手早く進められる。


 たちまち斬首の準備が整った。

 レイトンが傭兵団のボスの首に剣の刃を置くとボスが首だけを巡らせてレイトンの方を見た。


「なあ、最後に教えてくれ」


「何だ?」


「あの小僧はなにものなんだ?」


 その言葉他の護衛たちも息を飲んでレイトンがどう堪えるのかを見守る。


「……Cランクの魔術師だ」


「Cランクね。因みにあんたのランクは?」


「……Bランクだ」


「もう一度聞くが、あいつはなにものなんだ?」


「……」


 レイトンは何も答えなかった。

 首領は答えが得られないと知って諦めたのか話題を変える。


「ありゃあ、とんでもねぇ魔術師だな」


「その意見には同感だ」


「近い将来、あの小僧を巡って争いが起きるぜ」


「バカな……」


「想像してみろよ。あんな凄腕を王家が放っておくか? 自国の貴族があんなのを抱えていたら王家は怖くてしかたがないだろうな」


「もういい、黙れ」


「恐怖の対象を放っておくと思うか? 排除しようと考えるのが権力者だろ?」


「黙れと言っているだろ!」


「巻き込まれるぜ、あんたの可愛い主君がよ」


「それ以上言うな!」


 レイトンの振り上げた長剣がまだ何かを喋ろうとしていた首領の首筋へと振り下ろされた。


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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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