第18話 ニケの鼻

 馬車がドネリー邸のアプローチで停まると、騎乗していた護衛の警備隊員たちは騎馬を下りて周囲を警戒する位置取りをする。

 屋敷の外と変わらない、襲撃に備えたフォーメーションだ。


 俺がリディの町へ行っている期間だけでも、三回の襲撃と二回の毒殺未遂があったという、セシリアおばあさんの言葉が脳裏をよぎる。

 この一年間の襲撃事件と毒殺未遂の手口をまとめた資料を取り寄せているところだが、これは急がせた方が良さそうだな。


 馬車を先に下りた俺はヴァイオレットが下りるのに手を差し伸べた。

 微笑む俺と拗ねたような笑みを浮かべる彼女の視線が交錯する。


 次の瞬間、彼女は軽く手を預けるのではなく、差し出した俺の手に肘を乗せて思い切り体重をかけてきた。

 甘いな、想定内だ。


 俺は体重の乗った肘を涼しい顔で受け止めると、何ごともなかったように彼女を支えて地上へと立たせた。

 思わず口元が綻ぶ。


 再び目が合った。

 悔しそうな顔をする彼女にささやく。


「疲れているようだな、部屋まで抱いて運ぼうか?」


「歩けるわよ」


 家臣たちの目があるにも関わらず、馬車を降りてもなおヴァイオレットはわざとらしいほどに不機嫌な顔を作っていた。

 彼女の後ろを歩きながら、人気がなくなったところで話しかける。


「まだ拗ねているのか?」


「ふーんだ、拗ねてなんていなわよー」


 ニケを抱きかかえたまま口を尖らせる。

 拗ねてるじゃないか。


 こういうところは子どもらしいよなあ。

 俺は内心で微笑みながら聞く。


「頼んでおいた襲撃事件と毒殺未遂の手口をまとめた資料を早めに欲しいんだが、急がせて貰えないか?」


「後でクライドに急ぐよう言っておくわ」


 家令のクライド・ヘストンか……。

 ヴァイオレットから渡された家臣一覧に書かれていた内容を思いだす。


 先代ドネリー子爵が他界する半年前に父親の後を継いで家令となった、三代続けてドネリー家の家令をしている家系だ。

 気位が高そうなので俺の頼みを素直に聞いてくれるか不安はあるが、ヴァイオレットが頼りとする数少ない家臣の一人なのでここは黙って待つとしよう。


 ヴァイオレットが帰宅して真っ先に向かったのは執務室だった。

 彼女が執務室の前にまで来ると、扉の外で待っていた家令のクライドがお辞儀をして迎える。


「お帰りなさいませ」


「ちょうど良かったわ。頼んでおいた例の資料、どうなっているかしら?」


「ご当主様の執務机の上にございます」


「ありがとう」


 お礼を言うヴァイオレットの後ろで俺も「ありがとうございます。助かります」とお辞儀をする。

 しかし、俺とは目を合わせようともしなかった。


 態度は相変わらずだが、キチンと仕事をしてくれることには感謝している。

 それ以上は何も言わずに俺はヴァイオレットに続いて彼女の執務室へと入った。


 室内にはヴァイオレットと俺、そして侍女のコニーの三人だけとなる。


「ご要望の書類よ」


 机の上に置かれていた書類にさっと目を通したヴァイオレットが書類を差し出した。


「ありがとう、助かるよ」


 予想していたよりも書類の枚数が多い。

 書類をパラパラと捲ってざっと目を通すと、襲撃の手口がかなり細かく書かれているのが分かった。


 この一年間にあった襲撃は十二回に、毒殺未遂が五回か……。

 改めてその数の多さにぞっとしたが、十二歳の女の子がこれだけの回数命を狙われているのに平静を保っていることにも感心する。


 そして、この一ヶ月の間に急増している……。

 敵が焦っている証拠でもあるが、形振り構わず手段を選ばなくなる可能性も高くなっていると言うことだ。


 再び書類に目を通していると執務室の扉をノックする音が響く。


「召喚状を手にした者が参っております」


 続くヘストンの声にヴァイオレットが短く返す。


「誰?」


「スハルのえいとかいう冒険者の四人組です」


「随分と早いわね」


「日を改めさせましょうか?」


 驚くヴァイオレットにヘストンが抑揚のない声で聞き返した。


「いいえ、会うわ。反応の早いのが嫌いじゃないって知っているでしょ?」


「畏まりました。では、応接室へお通しいたします」


 ヘストンの足音が遠ざかると、


「ダイチは同席して頂戴。書類は応接室で目を通しても構わないわ。コニーはレイトンのとこへ行って、身辺警護の件の連絡が途絶えた理由の調査状況を報告しに来るように伝えて頂戴」


 俺と侍女に素早く指示を出した。

 応接室に入るとスハルの裔が既に待っていた。


 四人とも椅子に座らずに立ったままである。

 テーブルの上には手つかずのティーカップが四つ並んでいる。


 それを見たヴァイオレットがメイドに言う。


「お客様にお茶を出し直しなさい」


「畏まりました」


 メイドがお茶を入れ直すために下がると、今度はスハルの裔に向けて言う。


「座って頂戴。立ったままじゃ、あたしの首の方が疲れちゃうわ」


 ヴァイオレットの口調に面食らいながらも四人が口々にお礼の言葉を述べて腰を下ろした。

 上座にヴァイオレットが座りその膝の上にはニケ、俺は彼女の背後に控える。


 四人は俺の姿を見て幾分か安心したようで、わずかだが表情から固さが取れていた。


「今回はどのような理由で我々を召喚されたのでしょうか?」


「女性の身辺警護を探していると言ったら、ダイチがあなた方を紹介してくれたの」


「身辺警護ですか?」


「探しているのは信用のおける腕の立つ魔装が使える護衛よ」


 ヴァイオレットの視線がレイチェルとノエルを捉えた。

 緊張する彼女たちの傍らで、あからさまに安堵するガイとロドニー。


 二人とも自分たちは関係ないと思って安心しているな。


「失礼いたします」


 声に続いてお茶のセットが乗ったワゴンを押して先ほどのメイドが入ってきた。


「ゆっくりお茶でも飲みながら詳しいお話をしましょうか」


「ミャー」


「どうしたの、ニケちゃん」


 鳴き声を上げたニケにヴァイオレットが嬉しそうに話しかけた。


「フー!」


 メイドがティーカップにお茶を注いだ瞬間、テーブルに飛び乗ったニケがメイドに向かって威嚇をした。


「え? な、なんですか、このネコは……」


「ダイチ、どういうこと?」


 怯えるメイドと混乱するヴァイオレット。

 ニケの視線はヴァイオレットの前に置かれたティーカップとメイドが抱えているティーポットとを行き来していた。


 まさか!

 俺はメイドに向かって言う。


「ティーポットをゆっくり置いてその場を離れてください」


「え?」


「ちょっと、ダイチ……」


「ヴィオレットもそのまま動くな。テーブルに置いてあるティーカップにも触れるんじゃないぞ」


「分かったわ」


 彼女の顔が青ざめた。

 しかし、行動は迅速だ。


「誰か! 直ぐにディールズ医師を呼んで頂戴!」


「畏まりました」


 外に控えていたヘストンの声が響き、続いて廊下を走る革靴の音が響く。

 ヴァイオレットの命令からものの数分で五十代後半と思しき女性が息を切らせて駆けつけた。


 その顔は青ざめている。

 彼女を見た瞬間、ヴァイオレットが言う。


「ディールズ、このティーカップのお茶とティーポットのお茶を直ぐに調べて頂戴」


「畏まりました」


 女性医師が抱えた木箱から試験管やスポイトのようなものを取り出す。


 毒物の検査キットか?

 俺はヴァイオレットとともに女性医師が検査をするのを見守った。


 スハルの裔は何が起きたのかも理解出来ずに無言でただただ青ざめている。

 しかし、一番青ざめていたのはお茶を用意したメイドだ。


 その場に座り込んで震えている。

 彼女の見つめる先はディールズ医師の手にした試薬の入った試験管。


 試験管のなかのお茶の色が変わった。

 その瞬間、足元のふらついたヴァイオレットを抱きかかえる。


「毒です、間違いありません」


 ディールズ医師の声が静まりかえった部屋に静かに響いた。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

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