第16話 ドネリー子爵、冒険者ギルドへ

 冒険者ギルドに到着しても直ぐに馬車を降りることは出来ない。

 まずは警備隊員四人が冒険者ギルドに入り屋内の安全を確かめてから、ヴァイオレットが馬車を降りる。


 その間、馬車のなかには俺と侍女。

 周囲を四人の警備隊員が警護するというものものしさである。


 馬車の扉がノックされて男性の声が聞こえる。


「準備が整いました」


「ご苦労様」


 ヴァイオレットの声に応えるように馬車の扉が開かれた。

 まずは俺が下り、ヴァイオレットが続く。


 最後が侍女である。

 冒険者ギルドの建屋に入ると不正の捜査を担当している騎士団員数人が敬礼で迎えた。


 騎士に向けてヴァイオレットが言う


「あたしのことは構わないでいいわ。あなたたちは自分の仕事を進めて頂戴」


「畏まりました!」


 体育会系を思わせる大きな声が返ってきた。


「どこか適当な部屋を一つ使いたいのだけれど、どこを使ったらいいかしら」


「至急用意をさせます」


 たったそれだけのやり取りで若い騎士が建屋の奥へと消えていった。

 部屋を用意しに行ったんだろうな。


 騎士団だけあってよく訓練されている。


「明日と明後日もここへ顔を出すつもりだから部屋はそのまま使えるようにしておいて頂戴」


「閣下のご利用される部屋を明日と明後日の二日間、確保させて頂きます」


「捜査の進捗はどう?」


 騎士が俺のことをチラリと見た。


「彼はあたしの身辺警護よ。それに今回の不正を暴いた一人でもあるわ」


 捜査状況が俺に伝わることを気にしないでいいと言った。


「先日発覚した不正は氷山の一角でした。大小様々な商会と、その……」


「貴族が関与していたのね」


 言葉を濁した騎士に向けてヴァイオレットがハッキリと言った。


「はい」


 ヴァイオレットの口元がわずかに緩んだ。


「貴族が関与した資料だけでも先に目を通しておきたいから、今夜にも届けてくれる?」


「畏まりました」


 騎士も彼女の口元が緩むのを見たのだろう。

 何とも名状しがたい表情で答えていた。


 そこへ先ほど建屋の奥へと消えていった若い騎士が帰ってきた。


「応接室をご用意させて頂きました!」


「ありがとう」


「ご案内いたします!」


 若い騎士が踵を返して歩き出した。


 ◇


 応接室にある中央の長椅子にはヴァイオレットが腰を下ろし、彼女の背後に俺が立つ。

 侍女は部屋の隅で直立不動。


 そしてヴァイオレットの正面に座るのは商業ギルドのリチャード氏。

 先ほどから何度も額の脂汗を拭っている。


 書類を片手にヴァイオレットが言う。


「これまでの実績も申し分ないし、リディの町での調査も評価は高いわね」


「ありがとうございます」


 ビクビクしながらお礼を述べるリチャード氏に言う。


「これまで起こした大きな失態は部下のエドワードの不正を見抜けなかったことくらいじゃないの」


 大したものよ、と彼女は笑顔で褒めるが、当のリチャード氏は顔を青くしている。

 エドワードは先の誘拐事件で明るみに出た犯罪――、ゴダート商会との癒着と誘拐した人をタルナート王国へ秘密裏に連れ出すことへ加担していた。さらに、俺が買った家の地下室で人体実験をしていたモーガン・ファレルやジレッティファミリーとの繋がりが疑われている。


「恐れ入ります……」


 そう答えるのが精一杯といった様子だ。


「それで、返事を聞かせて貰えるかしら」


「恐れながら、私は商業ギルドの職員です」


 ドネリー子爵の領地の領民であると同時に、国の管轄下にある組織の一員であるのだと念を押した。


「知っているわ。だから商業ギルドまで使いをだしたんじゃないの」


 会話が噛み合っていない。

 いや、わざとだろうな……。


「これまで頑張ってきたのに、たった一度の失態であなたの出世の道が閉ざされるなんてもったいないと思うの」


「過分な評価を頂き恐縮ですが」


「だから、商業ギルドを辞めて冒険者ギルドでギルドマスターをして頂戴」


 リチャード氏の言葉を遮ってヴァイオレットが愛らしい笑みを浮かべた。

 次の冒険者ギルドのギルドマスターにと彼女が白羽の矢を立てたのは、商業ギルドで大きな失態をして出世の道を半ば閉ざされたリチャード氏だった。


 冒険者ギルドのギルドマスターが冒険者ギルド出身である必要はない。

 むしろ魔術師ギルドや商業ギルドとの調整があるのだから、そちらから引き抜くのは合理的な発想だ。


「……ですが、あちらの捜査もまだ途中です」


「じゃあ、捜査が終わったら問題ないのよね?」


「捜査はしばらくかかりますし……」


「大丈夫よ! あたしに任せなさい! あなたが関わらないとならない部分だけでもさっさと終わらせちゃうから」


 話が噛み合わないどころか耳すら貸さなくなった。

 わずかな時間しか接触していないが何となく彼女のことが分かってきた気がする。


 ヴァイオレットの本領発揮である。


「いえ、まだ……」


「心配しないで、よけいな手間はかけさせないから」


 手続きは全てこちらでやると笑顔で言い切った。


「え……」


「冒険者ギルドは上層部が軒並み不正で更迭されているからこのままじゃ機能しないのではないかしら」


 このままだと各方面に迷惑がかかるので心苦しい、と胸を押さえる演技までする始末である。


「閣下、お手伝いなら幾らでも」


「ありがとう! そう言ってくれると信じていたわ! 今日、このときからあなたは冒険者ギルドのギルドマスターよ!」


「え!」


 ヴァイオレットとリチャード氏、勝負は端から見えていた。

 役者が違う。


「コニー」


 彼女が侍女を呼ぶと一通の書面をヴァイオレットに差し出した。

 書類を受け取ると満面の笑みで言う。


「はい、ギルドマスターの任命書よ。大丈夫、サインをする必要なんてないわ」


 領主の任命書だ。

 そりゃあ、受ける受けないじゃなく強制だよな。


「商業ギルドの捜査への協力は冒険者ギルドの仕事の傍らで熟せばいいわ」


 誰にも文句は言わせないから、と豪語した。


「……はい」


 観念したようだ。


 心ここにあらず、といった様子なのは少し気になるがいまさら覆ることはないだろう。

 ここまで全てヴァイオレットの思惑通り進んでいる。


「午後からはギルドマスター室を使えるようにしておくから、お昼を食べたら私物を持って直ぐにこちらへ来て頂戴ね」


「……」


 声にはならなかったが、「はい」とリチャード氏の口だけが動いた。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

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