第15話 早々のお出かけ

「明日にでも屋敷に来るよう伝えて頂戴」


「畏まりました」


 ヴァイオレットの指示に侍女がメモ書きを持って退室した。


「ありがとう。助かったよ」


「こちらの都合で身辺警護に張り付いて貰っているんだもの、これくらのことはするわ」


 俺が購入した家の改装工事を依頼する業者をヴァイオレットの伝手で紹介して貰った。

 しかもその打ち合わせのために明日ここへ訪ねてくる。


 正確には、明日の早朝に屋敷まで来て欲しい、とのヴァイオレットからのお願いなのだが間違いなく訪ねてくるだろう。

 早朝としたのは通常の仕事に支障を来さないための彼女なりの配慮なのだが……、改装業者には何とも申し訳ないことをしたと個人的には反省している。


「打ち合わせが終わったら現場を見に行きましょう」


「一緒に来るのか? 荒れ果てたままだぞ」


「いいの、いいの。ダイチがどんなところに住むのか見ておきたいだけだから。それに例の監禁と人体実験の現場なんでしょう? 後学のために噂の地下室も見せて頂戴」


「別に構わないが、気分のいいものじゃないからな」


「大丈夫よ」


 明日の午前中の予定が決まったところに扉をノックする音が響く。

 続いて青年の声が二つ。


「ブラッドリーです」


「フレミングです」


「入りなさい」


 ヴァイオレットの許可の声に応えるように扉が開かれると二人の青年騎士が姿を現す。

 一人はブラッドリー小隊長で、もう一人は三十歳前後で柔和な雰囲気が漂う。


 二人はヴァイオレットの前まで進み出て片膝を突いた。


「ブラッドリー小隊、これより王都へ向かいます」


「フレミング小隊、ブラッドリー小隊長の指揮の下、王都へと向かいます」


 逃走したモーガン・ファレルを捕縛するためか。


「キモブタを生きたまま捕獲することが最善だけど、タルナート王国がヤツの後ろにいる可能性がある以上、無茶はしないこと」


 いいわね! とヴァイオレットが念を押す。


「承知しております」


「畏まりました」


 膝を突くブラッドリー小隊長にヴァイオレットが短剣を直接渡した。


「役人や国王派の貴族が協力を渋ったときはそれを見せて、来年のドネリー領の税収が減るかも知れない、とささやきなさい。貴族派のバカどもが邪魔をしたときは、東の諸外国からの輸入品を諦めるように、とささやきなさい」


「心得ております」


 経済制裁をするとの脅迫をブラッドリー小隊長が顔色一つ変えずに承諾した。

 ブラッドリー小隊長のひととなりを考えれば、ヴァイオレット――、雇用主の命令だからといって無体なことはしないだろう。


「では、吉報を期待している」


 ヴァイオレットの言葉に敬礼で応えると、二人は足早に退室をした。

 国内随一の商業都市であるバイレン市を治めるとはいえ、公然と経済制裁を加えると脅せるだけの力があるのか……。


 セシリアおばあさんが俺のことを彼女に任せた理由の一端を垣間見た気がする。

 ヴァイオレットの構想通り、彼女の領地で古代ノルト語の解読を一気に進めて大陸随一の学術都市としての地位を確立するのはアリかも知れない。


 古代ノルト語の解読が進めば魔法においても頭一つ抜きん出る可能性は十分になるだろう。

 まだある。


 俺の持っている様々な知識……、そう、まだ知識にしか過ぎないが現代日本の製造に関する知識やサンプルは幾らでも取り寄せられる。

 限度を見極める必要はあるがヴァイオレットに協力する見返りは大きい。


 魔法を必要としない道具の普及。

 それを彼女の領地から始めるのはアリだろ!


「どうしたの? 黙り込んじゃって?」


「いや、ちょっと考えごとをしていただけだ」


 自分一人で判断をするのは危険だ。

 ここはセシリアおばあさんとアリシアに相談しよう。


「それじゃあ、出かける準備をしましょうか」


「どこへ行くんだ?」


 出かけるなんて初耳だ。


「冒険者ギルドよ」


「まさか、身辺警護の増員の件で直接面接をするつもりなのか?」


「身辺警護の増員のために何であたしがわざわざ出向かなきゃならないのよ。そんなのは呼びつければ済むことじゃないの」


 呆れたような口調で言われた。


「じゃあ、どんな理由で?」


「冒険者ギルドの不正調査を騎士団に任せているから、直接あたしが赴いてハッパをかけようと思っただけよ」


「それこそ小隊長あたりを呼び寄せてハッパをかければいいんじゃないのか?」


「まだあるわ」


 そう言うと執務机の上にあった書類の束を手にした口元を綻ばせた。


「ギルドマスターを筆頭に現時点で問題がありと分かっている連中に解雇と更迭を直接言い渡すのはついでよ。主目的は新たなギルドマスターの任命ね」


 組織のトップを早く決めないと職員が不安がるでしょ、と。

 それにしても、もう後任を決めたのか。


「サブマスターが繰り上がるのか?」


 今回の不正に関与はしていなかったが、登録のときに一悶着あったことを思いだしながら聞いた。


「サブマスターもひととなりに問題があるからだめね」


 ニヤリと笑って、気になる? と上目遣いでのぞき込んだ。


「付いていけば分かるんだろ? 発表を楽しみにしているよ」


「なあんだ、つまんないの」


 口を尖らせてブツブツと不満を口にする。

 そんな彼女を外出着へ着替えて貰うために侍女へと引き渡した。


 ◇


 馬車の準備はヴァイオレットの着替えよりも早かった。

 玄関前で馬車と護衛の警備兵を待たせること二十分余、俺はヴァイオレットとともに玄関へと到着した。


 玄関前のアプローチに豪奢な馬車と警備隊の隊員が騎乗するための馬が八頭並ぶ。

 それを見たヴァイオレットが開口一番。


「護衛が多すぎるわ。半分に減らしてなさい」


「先代様も外出の際はこの数の護衛を揃えておいででした」


 レイトン警備隊長が説得にかかるが、ヴァイオレットの考えは変わらない。


「馬車で二十分ほどの距離でそんなものものしい護衛は不要よ」


「ですが」


「半分が嫌なら付いてこないで」


「護衛を半分に減らせ」


 警備隊長が折れた。


「ダイチはあたしと一緒に馬車のなかへ」


 その言葉に従ってヴィオレットと侍女、そして俺の三人が馬車へと乗り込んだ。


 ヴァイオレットの膝の上にはニケ。

 その隣に侍女。


 そして俺は彼女の正面に座った。

 馬車が走り出して直ぐに聞く。


「状況が状況なんだし、八人くらいの護衛は多すぎると言うことはないと思うんだけど?」


「周囲を護衛で固めていたらあたしが怯えているように映るでしょ。そんなの悔しいじゃないの」


 分かっていたが、理屈よりも感情が優先するタイプだったか。

 説得は無理だと直感で理解したがそれでも言ってしまう。


「自分の命だろ……?」


「こうしてあたしが余裕を見せていれば、向こうも感情的になるからきっとボロを出すと思うの」


 彼女が愛らしい笑みを浮かべる隣で侍女は緊張しまくっている。


 さて、主人であるヴァイオレットを心配してなのか、襲撃があれば自分も巻き添えになる可能性を心配してなのか。

 そのあたりは追い追い見極めるとしよう。


 冒険者ギルドまでの短い道中、俺は外を護衛する警備隊の動きを観察することにした。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る