第4話 ドネリー子爵(1)
ドネリー子爵家の応接間に通されて一分ほどで当主であるヴァイオレット・ドネリー子爵が訪れた。
淡い紫色の髪をした少女が足早に進み、中年の執事が巨躯を揺らして後を追う。
ヴァイオレット・ドネリー子爵が十二歳の少女であることは聞かされていたが、目の当たりにして改めてそれを実感する。
子爵は俺の正面に座ると、
「お待たせしちゃったかしら。どうしても手が離せない用事があったの」
許してね、とチラチラこちらに視線を向ける。
「それで、用件はなにかしら?」
「実はおぬしにこの男を
セシリアおばあさんが一通の書状を差しだした。
それはクラウス商会長が俺のために書いてくれたドネリー子爵への紹介状である。
「ベルトラムから手紙を貰っているからおおよその事情は知っているつもりよ」
紹介状に目を通しながら、
「ふーん、あなたが噂になっている異国の商人なのね」
少し拗ねたように言った。
ヴァイオレット・ドネリー子爵。
一年前に父親と兄を事故で亡くし、子爵位を継いだばかりの十二歳の少女である。
子どもだからといって侮っていい相手ではない。
「ダイチ・アサクラと申します。ご挨拶が遅れましたことは深くお詫びいたします」
「紹介状を貰っておきながらいつまでたっても訪ねてこなかったことなんか、これっぽっちも根に持っていないわよ」
完全に拗ねている。
もの凄く分かり易い。
「拗ねるんじゃないよ」
「別に拗ねてなんていないわよ」
セシリアおばあさんに指摘されたドネリー子爵が唇を尖らせてそっぽを向いた。
孤児院への寄付やこの地方最大の商業都市バイレン市を中核に据えて経済の活性化政策を施行しているので、十二歳の少女とは聞いていたが帝王学を叩き込まれた大人びた少女を想像していた。
しかし……、子どもだ……。
見た目通りの十二歳の子どもだ。
「少々やっかいな事件に巻き込まれまして、それが未解決のうちにご挨拶にうかがってはご迷惑になると思い先延ばしにしておりました」
俺は判断ミスであったと頭を下げた。
「気にしてないって言ったでしょ」
「ありがとうございます」
「それよりも、ガラスを見せて! ね、いいでしょ」
愛らしい笑顔を輝かせた。
「相談ごとがあるんじゃがのう」
「ガラスが先よ」
セシリアおばあさんがため息交じりに「見せてやっておくれ」と言った。
「それでは、お目汚しですが」
俺は
女の子だし、花や動物がいいかな。
これまでも何度か人目に触れさせたガラス細工――、ユリやバラ、チューリップ、なんだかよく知らない小鳥、クジャク、リスなどの小動物の置物をテーブルの上に並べる。
「素敵……」
ドネリー子爵が感嘆のため息を漏らす。
「こちらは、この国では初めてお目にかける商品となります」
台座にLEDライトが組み込まれた光るガラス細工――、戯れる二頭のイルカを模した置物を置いた。
「まあ!」
「綺麗……」
「見事なものじゃな」
ブラッドリー小隊長と執事が息を飲むなか、ドネリー子爵とアリシア、セシリアおばあさんが感嘆の声を上げた。
「ご挨拶が遅れたお詫びです」
テーブルに並べた商品を全て差し上げると言うと、ドネリー子爵がポカンとした顔で俺を見た。
「え……」
「差し上げます」
「いいの?」
俺は無言でうなずく。
「ありがとう! あなたいい人ね」
相好を崩してイルカの置物を抱きかかえるドネリー子爵にセシリアおばあさんが言う。
「そろそろ本題に入ってもいいかのう?」
「あら、ごめんなさい」
恥ずかしそうにそう言うと、居住まいを正してすました顔に戻る。
「先ほども言ったけど、大体のところはベルトラムからの手紙で把握しているつもりよ」
「ベルトラムが手紙を書いたときとは大分事情が違っておってな」
「タルナート王国の不穏分子が裏で糸を引いている誘拐事件のことなら知っているわよ。もちろん、ジレッティファミリーが手先になって動いていたこともね」
さらに商業ギルドの一部の人間が協力者であったことと、衛兵の一部がジレッティファミリーから賄賂を受け取って誘拐の調査に手心を加えたことも知っていた。
「ああ、あとアサクラ殿の屋敷が騎士団に差し押さえられていたことも知っているし、王都へ向かった騎士団がモーガン・ファレルを取り逃がしたことも知っているわよ」
「え!」
俺の斜め後ろ控えていたブラッドリー小隊長が、思わず、と言った様子で声を上げた。
「一時間前に手紙が届いたわ」
彼女の背後に控えていた執事から一通の手紙を受け取ると、内容が分かるように広げてテーブルの上に置く。
「騎士団が到着したときには屋敷も大学の研究室も、もぬけの殻とはのう。あの坊や、思ったよりもやりおるわい」
「どこからか情報が漏れたのか、危機察知能力が異常に優れているのか知らないけど、あのキモデブに出し抜かれたわ」
楽しそうに笑うセシリアおばあさんと、悔しそうに拳を握りしめるドネリー子爵。
責任の所在が顕わとなる、なんとも対照的な図だ。
「面目ございません」
「別にブラッドリーに落ち度はないわ。落ち度があるとすれば、あのキモデブを侮っていたあたしね」
悔しそうに爪を噛んだ。
「ファレル家の坊やが逃げおおせたのは初耳だったが、おぬしがまだ掴んでいない情報もある」
「へー」
ドネリー子爵が身を乗りだした。
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あとがき
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2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします
漫画:隆原ヒロタ 先生
キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生
原作ともどもよろしくお願いいたします
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