第3話 古代ノルト語だけじゃなかった
俺はアリシアに言われるがまま、二人の前で古代ノルト王国の写本を現在この国で使われている大陸公用語ですらすらと読み上げた。
翻訳に戸惑う場面などない。
そもそもこの本を読むのも三巡目である。
内容も大まかなところは記憶していた。
「ね、凄いでしょ?」
古代ノルト語の他にも二十カ国語くらいの言葉は理解できるそうですよ、と得意げに言う。
「確かに凄いのう……」
「まったくです……」
はしゃぐアリシアの目の前で二人が深いため息を吐いた。
「アリシア、お前は小僧のこの能力をどう思った?」
「素晴らしいことです!」
即答したアリシアが、大きな目を輝かせてさらに言う。
「いままで謎に包まれていた古代ノルト王国の魔法や魔道具、魔法文明を現代に蘇らせることができるかも知れないと思うと胸のときめきが止まりません」
うん、ダメだ。
セシリアおばあさんが聞きたかったのはそんなことじゃないのは俺でも分かる。
「そうかい、それは良かったね」
セシリアおばあさんが、何かを諦めたように言った。
しかし、アリシアには伝わらない。
「あたしにとっても、とても魅力的です。いままで錬金術に関しては宝の持ち腐れだと思っていた精霊魔法がこれで利用できるかもしれないのです!」
「まあ、確かに精霊魔法が使えるお前にとってはこの上なく魅力的じゃろう」
「あたし、曾お祖母ちゃん以上の錬金術師になってみせます!」
「まだひよっこのくせに大口を叩きおって」
セシリアおばあさんが愛おしげな眼差しをアリシアに向ける。
「ごめんなさい……」
「しょげるな、お前にはいずれ追い抜いて貰わないとこっちが困るわ」
「はい、頑張ります」
二人の心温まるやり取りを横目にブラッドリー小隊長が言う。
「君を見直すと同時に呆れたよ……」
「見直してはくれたんですね。ありがとうございます」
やけくそだ、前向きに対応しよう。
「古代ノルト王国の言語を読めるならもっと早くに教えて欲しかったし、隠すなら隠し通して欲しかったよ……」
笑顔で反応する俺を前に再び深いため息を吐いた。
「小僧がこのことをどの程度理解しているかは追い追い説明するとして、まずは考えられるリスクを共有しておくかのう」
「どう扱いましょう……?」
ブラッドリー小隊長がセシリアおばあさんを見る。
「秘密に出来るなら秘密にしたいが……、このことを知っているのは誰と誰じゃ?」
「街道で盗賊に襲われているところを救出した隊商の人たちは概ね知っていると思います」
酒が入っているところで知れ渡った事を告げた。
「酒が入っていても無理じゃろうな」
「私もそう思います」
とブラッドリー小隊長が頭を抱えた。
そして俺を睨み付けて話を続ける。
「まず、君はこの大陸において古代ノルト語の第一人者とだと認識してくれ」
「第一人者もなにも、古代ノルト語を読める者など小僧しかおらんからな。近い将来、間違いなく王都の研究所に招聘されるじゃろうて」
王都の研究所ねえ。
軟禁状態で毎日古代ノルト語漬けにされそうだな。
「
「あるわけないだろ」
呆れるブラッドリー小隊長の隣でセシリアおばあさんが言う。
「いや、可能かもしれんぞ」
「勅命ですよ」
「無理強いして他国に逃げられるくらいなら懐柔策にでると思うがのう?」
セシリアおばあさんがブラッドリー小隊長に、お前さんはどう思う、と問いかけた。
「誘拐して監禁できる相手ならともかく、彼に付いて調べれば、おっしゃる通り懐柔策に出る可能性は高くなるでしょう」
「先手を打って小僧の有用性と手強さをそれとなく知らせておく方がお互いに取ってメリットが大きいじゃろうな」
「こんな美味しいお菓子もたくさん持っていますしね」
深刻な表情で俺のことを心配する二人の前で、アリシアが幸せそうな顔でチョコレートを口に運ぶ。
「これもじゃった」
「ええ、そうですね。これもありましたね」
「小僧、クラウスに渡した品物について詳しく話せ。いや、実物があるならここに出すんじゃ」
「ベルトラム商会か!」
二人の表情が強ばる。
「えーと、それじゃあ一つずつ……」
俺はクラウス商会長との商談でみせた地球の道具類を一つずつテーブルの上に並べて行く。
まずはプラスチック製の使い捨てライターを色違いで五つほど置き、一つを手に取って火を点した。
「魔道具としてはありきたりだが、素材が問題だな……」
「魔道具じゃありません」
たったいま火を点した使い捨てライターをブラッドリー小隊長に渡す。
受け取ると俺の真似をして使い捨てライターに火を点した。
「本当だ……!」
隣で事の成り行きを黙って見ていたセシリアおばあさんに、ブラッドリー小隊長が「ご存じだったんですか?」と聞いた。
「知っとったよ」
「えーと、次は防水マッチです」
同じように二人の目の前で火を付けたが、こちらの反応は薄かった。
さらに、LED懐中電灯、LEDランタン、この世界では高額となる白磁の食器類を並べる。
「この大きさでここまでの明るさとなると、魔道具でも相当な価値になるのではありませんか?」
LED懐中電灯とLEDランタンを手にしたブラッドリー小隊長がセシリアおばあさんに聞いた。
「そもそも、こんな代物を作れる魔道具職人など大陸じゅう探しても五人とおらんじゃろうな」
「もしかして、この道具のこともご存じでしたか?」
セシリアおばあさんの反応にブラッドリー小隊長が恐る恐る聞いた。
「さあ、どうじゃったかなあ。最近、物忘れが激しくてのう」
「お忘れになられたのでしたらしかたがありません。悪いのは全て彼ということで話を進めましょう」
ひでーな。
「ブラッドリー小隊長、それはあんまりです! ダイチさんは自国の商品を売りにこの国へ来ただけのただの商人ですよ。何も悪くありません」
「そう、ですね……。これは失言でした」
何だかんだ言っても貴族社会。
騎士団に所属する貴族家の次男と言っても、影響力の強い者には勝てないと言うことか。
アリシアの勢いにたじろぎなら俺に向かって謝罪をする。
「済まなかった」
「いいえ、俺も迂闊なところがあったのは認めます」
落ち着いたところで、もうワンクッション置いてからガラスの置物を出そうと考えていたところにアリシアの不意打ちが炸裂する。
「ダイチさん、ガラスの置物も見せてあげましょう」
「ガラス?」
「ガラスもクラウスに渡しとったのか」
はははは……。
諦めよう。
「こちらがクラウスさんにお願いして、王都の貴族や富裕層向けに販売して貰おうと思っていた商品です」
動植物を象った色の付いたガラス細工をテーブルの上に置く。
二人から息を飲む音が微かに聞こえた。
「とっても綺麗ですよね」
貴族の間でもきっと高値で取り引きされると思うんですよ、とアリシアが無邪気に微笑む。
「確かに綺麗ですね……」
「ここまで透明度の高いガラスを見るのも初めてじゃが、驚くべきはこの精巧さじゃな……」
「ええ、見事な技です。これなら高額どころか、陛下への献上品としても申し分のないものでしょう」
二人の驚きようは予想以上だった。
使い捨てライターや防水マッチの価格を伝えるのが怖くなってきた。
「えーと、もう一つあります」
俺はガラス細工の前のワンクッションとしようと思っていたレシピ本をテーブルの上に置いた。
もちろん、写真付きのレシピ本などは出さない。
テーブルの上に置いたのは文字だけのレシピ本である。
「これはお菓子のレシピ本です。言語は俺の国の言葉で書かれているので、出版するには翻訳が必要ですが」
お菓子はアリシアやカリーナを筆頭に何人もの人たちの目に触れている。
世間にお菓子の存在がしられれば、レシピを要求されるのは目に見えていた。
「これは!」
「まあ、綺麗!」
ブラッドリー小隊長が驚きの声を上げ、アリシアが感嘆の声を上げた。
そして、セシリアおばあさんが絞り出すように言葉を発する。
「これが……、本……なのかい……?」
装丁で驚かれるのは織り込み済みだ。
「ええ、本です。ただし、一般に出回るような本ではありません。世界にたった一冊だけの本というこだわりで財力のものを言わせて作らせた逸品です」
「それを聞いて安心したぞ」
「頼むからこの本を気軽に人目に触れさせないでくれよ」
「ええ、弁えています」
俺はこれが表に出した商品の全てだと二人に告げた。
「予想以上じゃよ……」
「これを全部伝えたら国を挙げて彼を拘束しに動くんじゃありませんか?」
ブラッドリー小隊長が不穏なことを口にした。
正直、俺も迂闊だったと反省しているし、調子に乗りすぎたとも思っている。
「これだけの価値のある商品に未知の道具と知識。加えて古代ノルト語を読める知識。彼を巡って国家間で争いが起きても不思議ではありません」
しかも、ベルトラム商会や先の行商の人たちを通じて情報が拡散しているのは間違いなかった。
ここに来てこれまでに知らず知らずに撒いていた火種が一気に発火しそうな気配が漂っている気がする。
「少々、根回しが必要じゃな」
「タルナート王国が裏で糸を引く誘拐事件や人体実験事件よりもこっちの方がよほど難題ですよ」
ブラッドリー小隊長は、商品と知識目当てで俺を誘拐しようとする国や貴族がいてもおかしくないと。
「小僧を誘拐するのは一筋縄ではいかんじゃろうが、狙われることは間違いないのう」
「十分に気を付けます」
セシリアおばあさんは小さくうなずくと、
「ところで、ドネリー子爵のところへは顔をだしたのかい?」
「まだですが?」
「まずはドネリー子爵を味方に付けるところから始めようかね」
「これからうかがうのですか?」
ブラッドリー小隊長の問いにセシリアおばあさんが即答する。
「急いだ方がいいじゃろ」
「仕度をしてきますね」
アリシアが手早くテーブルの上を片付け出す。
「では、私は一足先に先触れとして先方に向かいます」
ブラッドリー小隊長に「すまないね」と言って俺に向き直る。
「小僧、アリシアの仕度が終わったらドネリー子爵のところへ出かけるよ」
「はい」
これは素直に従った方が良い流れだ。
ブラッドリー小隊長が出発してから三十分後に俺たち三人は家をでてドネリー子爵邸へと向かった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします
漫画:隆原ヒロタ 先生
キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生
原作ともどもよろしくお願いいたします
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます