第38話 ギルバート・グレアム

 俺が接触した男はスラム街にある裏組織のうちの一つ、中堅に位置するファミリーのボスで名前をギルバート・グレアムと言った。

 彼らは五十人ほどの組織でスラム街の南西の一角を縄張りとしているそうだ。


「座ってくれ」


 通された部屋は建物の外観からは想像もできないほど手入れが行き届いていた。

 ボスであるギルバートが綺麗好きなのだろう。併せて部下への指導が徹底されているのが想像できる。少なくとも家の管理をしている者は有能だ。


 俺とアリシアは勧められるままに革張りの長椅子へと並んで腰掛けた。

 部屋のなかには六人。


 椅子に腰掛けているのは俺とアリシアとギルバート。

 俺とアリシアの背後に二人、ギルバートの背後に一人。それぞれ彼の部下が直立不動で立っていた。


 特に威圧をするでもなく立っているのだが、無言で背後に立たれるというのは気分のいいものじゃない。

 内心の緊張が顔にでないようにするのが精一杯だった。


 まして、人見知りの激しいアリシアはなおさらだ。

 隣に座っているだけで彼女の不安と恐怖が伝わってくる。彼女の胸のなかに潜んでいるピーちゃんはもっと敏感にアリシアの感情を感じ取っているはずだ。


 ピーちゃんの心境を想像するだけで恐ろしくなる。


「俺が隣にいるんだから何も心配はいらないよ」


 アリシアの左手を包み込むように右手を添える。すると、驚いたように俺のことを見る彼女と目が合った。

 瞬く間に彼女の顔から不安と恐怖が消え去り、いつもの穏やかな笑顔が戻る。


「ありがとうございます。頼りにしていますね」


「アリシアに頼りにされると俺も俄然がぜんやる気がでるよ」


 内心で胸をなでおろした。

 そんな俺たちを見ていたギルバートが言う。


「兄さんは顔色一つ変えないんだな」


「あまり顔にでないだけですよ」


「改めて自己紹介をしよう。俺はギルバー・グレアム。スラムの南西を縄張りにしているグレアム・ファミリーの代表だ」


「ダイチ・アサクラ。アサクラ商会の代表です。隣の女性はアリシア・ハートランド。見習い錬金術師です」


「本日はお招き頂きありがとうございます」


 俺が紹介をするとアリシアは立ち上がってお辞儀をした。


「錬金術師でハートランド、だと?」


 これまで冷静だったギルバートが目をいた。

 アリシアおばあさん、まさか、スラム街まで名前が轟いているのか?


「ご存じですか」


「この国で錬金術師一族のハートランドを知らないヤツの方が少ないぜ。だが、孫娘がこの町に来ているという話は聞いていないなあ」


 疑うように俺たち二人を交互に見る。

 ハートランドの名をかたるヤツラもいるということか。


「彼女はセシリア・ハートランドの曽孫ひまごで、この町に到着したのは一昨日のことですから、知らなくても不思議はないでしょう」


 俺の説明に合わせてアリシアがギルバートに向けてゆっくりと右手を突きだした。

 そこにはアリシア・ハートランドの名前と持ち主がBランク魔術師であることを証明する、魔術師ギルドの認識票があった。


 ギルバートは認識票から視線を逸らさずに聞く。


「で、兄さんの認識票も見せてもらえるか?」


 ポーカーフェイスを装っているが声がわずかに震えていた。

 ギルバートの背後の男に至っては血の気の失せた顔で目を見開いている。視線はアリシアが持つ魔術師ギルドの認識票に注がれていた。


 彼らの心情を探るならギルバート本人よりも後ろの護衛の反応を見る方が容易そうだな。

 彼の言葉に従って、魔術師ギルドと商業ギルドの認識票をテーブルの上に置いた。


 それを確認したギルバートが長椅子の背もたれに体重をあずけて深いため息を吐く。


「これで信用してもらえましたか?」


「ああ」


「それでは、取り引きを始めましょうか」


 そう口にすると、すぐに目的の話へ移ることにした。


 ◇


 ギルバートは確認した手配書をテーブルの上に投げ出して言う。


「こいつらがこの町に来たのは半年ほど前だ。兄さんが想像した通りタルナートの元軍人と繫がりがある」


 この六人に留まらずここ一年くらいの間に相当数のタルナート王国の者がこの町に流れ込んできてる。

 そのうちの何割かはタルナートの元軍人とつながりがあるようだ、とギルバートが言った。


「その元軍人の名前と居場所は分かりますか?」


「危険な連中だ。それこそ俺たちなんか比べものにもならねえ」


 なんだ、知っているじゃないか。


「危険なのは承知の上です」


「少しも迷わないんだな? これでも取引相手のことを心配して言ってるんだぜ」


「お気持ちには感謝します」


「ジレッティ・ファミリーのところにいる」


 ジレッティ・ファミリーそのものがタルナート王国からの移民で構成された組織で、この国にあてもなくやってきたタルナート人はほぼすべが彼らを頼るのだという。

 元軍人がいるからといって即座に行方不明事件と関わりがあると考えるのは早計か……。


「その元軍人の名前は分かりますか?」


 元軍人と思しき者は五人。

 彼らの名前と人相を風体がギルバートの口から語られる。


 同時に元軍人以外にもタルナート王国から流れてきたCランク、Bランクの魔術師が十人以上いると付け加えた。


「あんたがどれほど腕に自信があるのかは知らねえが、長生きしたかったら自分の力を過信しないことだ」


「ご忠告ありがとうございます」


「あんたに死なれたら、せっかくのチャンスがフイになっちまうからな」


 理由はどうあれ本気で心配してくれているようだ。

 今後も情報を定期的に入手したいとの俺の希望に対してギルバートは対価として金銭ではなく、俺が持つこの国にはない商品とそれを販売する権利を要求した。


 もともと、商人として表の世界へでようと画策していたところに俺が現れたわけだから彼らとしても願ったり叶ったりだったのだという。

 ギルバート曰く、


「裏の世界でのし上がったところで限界がある。それならいっそのこと戦う場所を変えた方が賢いだろ?」


 だそうだ。

 まったくもってその通りだ。


「あなたのファミリーが真っ当な商会を立ち上げるなら俺としても大歓迎です」


「話が早いな」


 笑顔を浮かべたギルバートにクギを刺す。


「ただし、俺の商品はこの国ではとんでもない価値になります。それは金額だけの話ではありません。場合に寄っては命のやり取りすらあり得る商品だと肝に銘じてもらいます」


「十分理解しているつもりだったが、もしかしたら俺が考えている以上にヤバい商品を扱っているのか?」


 俺はその質問には答えずに話を続ける。


「既に取り引きをしているベルトラム商会を含めて他の商会とも取り引きはするつもりです」


「当然だ」


 ギルバートが即座に承諾した。


「では、次の話題に移りましょう」


 次に彼らから引きだした情報は商会や商人に関するものだった。


「もともとタルナート王国との取り引きが多かったのはゴダート商会だ。しかし、兄さんの言うような動きはしていない」


 この一年以上はタルナート王国との取り引きをへらしてミストラル王国、デルビア王国、シトミル王国といった他の隣国との取り引きを増やしているという。


 理由はこのノイエンドルフ王国とタルナート王国との間がキナ臭いからだとゴダート商会の代表が公言していた。


 敏感だな。

 或いはカモフラージュか……。


「他の商会は?」


 俺は思案しながら先をうながす。


「タルナート王国との取り引きが急増しているのはキャロウ商会だ。こちらの動きは兄さんが言っていた動きに合致するぜ」


 俺がギルバートにだした条件は、「この一年ほどでタルナート王国との取り引きが急増している。或いは、他国との取り引きが急増している商会と行商人」だった。


「ゴダート商会とキャロウ商会、同じ商人なのに判断が随分と違うんですね」


「ゴダート商会が突然手を引けばタルナート側の商会も困るだろ。その困っているところにキャロウ商会が笑顔を貼り付かせて現れたってだけのことだよ」


 キャロウ商会は少々危険だが目の前にぶらさがった美味しい果実に飛びついたってことか。

 何とも単純な話だ。


 ギルバートが得意げな笑みを浮かべて言う。


「タルナート王国と取り引きを増やすにあたって、二年ほどまえにカイルという男を雇った。そいつが、こいつらと何度もあっているのは確かだ」


 テーブルに投げ出された六人の手配書をあごで指した。

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