第34話 冒険者ギルド(4)

「あのう……、模擬戦になりそうなんですけど、どうしましょう」


 何が起きるのか概ね想像できているようで受付嬢が涙目で相談してきた。そんな、いまにも泣きだしそうな彼女にメリッサちゃんがピシャリと返す。


「諦めてください」


 このままだと冒険者側に怪我人がでるのはほぼ確実なので、メリッサちゃんの対応もなかなかに冷たい。


 俺としてもあの嫌味な男性職員に一泡吹かせられるなら模擬戦は大歓迎だ。

 しかし、それにアリシアを巻き込むのは本意じゃない。


「あたし、本当に戦闘はだめなんです。模擬戦とはいえ対人となると不安しかありません」


 アリシアも別の意味で泣きだしそうだった。

 対策といっても思い浮かぶのは脳筋な手段。


 俺が最初に試験を受けてロディの用意した試験官をボコボコにする。

 相手がビビっているところにCランク魔術師であることを明かし、さらにアリシアがBランク魔術師であることを明かして戦意を喪失させる。


 よし、取り敢えずはこれで行こう。

 そうと決まればアリシアの不安を取り除くのが最優先だ。


 俺はキャンキャンと言い合っている受付嬢とメリッサちゃんをそのままに、アリシアに話しかける。


「俺が先に模擬戦をして冒険者を徹底的に叩く。アリシアと戦う前に対戦相手の戦意なんて消し飛ばしてやるよ」


 相手に怪我を負わせても俺なら事故で押し通せる。

 人脈って大切だよな。


「でも、万が一と言うこともあります。やはり模擬戦は避けましょう」


「あのロディとかいう職員はアサクラ様に含むところがあったようですから、卑怯な手を使ってくるかも知れません。気を付けてくださいね」


 俺の身を案じるアリシアとメリッサちゃんとは対照的に、


「ちょ、ちょっと待ってください。模擬戦をやる気なんですか? しかもいま、徹底的に、とか不穏なセリフが聞こえた気がするんですけどー!」


 冒険者側の身を案じたのは受付嬢。


「模擬戦をやる気なのはそちらですよね?」


「そんなー! 普通の冒険者相手に魔術師が本気になるとか格好悪いですよー。それに悪いのはロディさんで冒険者さんたちじゃありませんー」


 確かに、模擬戦をする冒険者に罪はないか。

 若干の同情心が湧く。


「遠慮はいりませんよ、アサクラ様! 存分にやっちゃってください」


 メリッサちゃんはあの男性職員の態度がよほど腹に据えかねているようで、「魔術師の恐ろしさを思い知らせてやりましょう」、などと息巻いている。


「いやー、やめてください! 怪我人がでたらギルドは大損害ですー」


「あのー、ダイチさんとあたしの魔術師ランクを明かせば模擬戦は回避できるのではないでしょうか?」


 半ばパニック状態の受付嬢を前にアリシアが言った。


 その手があったか。

 目からうろこだ。


「気付いてしまいましたか……」


 メリッサちゃんが残念そうに肩を落とした。

 すると、受付嬢が目を輝かせてアリシアの言葉に同意する。


「そ、それです! そうしましょう!」


 気付いていなかったのは俺とこの受付嬢だけか……。

 冷静でいるつもりだったが、どうやら俺も頭に血が上っていたようだ。


 嫌味なロディに一泡吹かせられないのは残念だが、それでも、勢い込んで模擬戦の相手を連れてきたところで魔術師のランクを明かせば大恥くらいはかかせられるだろう。


「魔術師のランクを明かすのは模擬戦の直前でいいかな?」


 練習場に到着してすぐにでも構わないが、対峙したところで明かした方が効果的だと思いそう提案した。

 すると勘ぐるように受付嬢が聞く。


「どうしてですか?」


「ロディに恥をかかせたいだけだ」


「気持ちは分かりますが、あまり良い趣味とは言えませんよ」


「君は見たくないのか?」


「あんな人ですが上司ですから」


 瞳が悪戯っぽく光った。


「じゃあ、魔術師のランクを明かすタイミングは俺に任せてもらえるってことで良いんだな?」


 念を押す俺に受付嬢が力強く首肯して言う。


「模擬戦を回避して頂けるならお任せいたします。ついでにロディさんが立場を失うようならなお良いです」


「おい、本音が漏れてるぞ」


「あ……」


 失言を指摘されて動揺する彼女の肩をメリッサちゃんが優しく叩いた。


「なんだー、気持ちは一緒じゃないですか」


 ◇


 模擬戦の相手として訓練場に現れたのは三人。何れも三十代半ばの心身ともに充実した現役の冒険者だった。


 模擬戦をするのは俺とアリシアの二人だけなので、当然、試験官も二人だと思っていた。

 不思議に思って彼らを連れてきたロディに聞く。


「なぜ三人なんですか?」


「二対一で試験を行うからに決まっているだろ」


 そんなことも分からないのか? とでも言いたげな口調と表情である。

 俺だけ二人相手なのかよ……。


「ロディさん! 二対一の試験なんて聞いたことありません!」


「お前は黙ってろ!」


 抗議する受付嬢を怒鳴りつけて黙らせた。

 もう、約束破ってボコボコにしても良いんじゃないか、これ。


「兄ちゃん、戦闘の経験はあるのか?」


 模擬戦の相手となる冒険者の一人が聞いてきた。


「対人戦は盗賊の捕縛に一度参加しただけです」


「ほう、そいつは大したものだ」


「盗賊相手だと乱戦になるからな、ボウッとしたヤツはすぐに死んじまうんだ」


 隣にいた冒険者も感心したように俺を見る。


 しかし、ロディだけは反応が違った。

 俺を睨み付けて吐き捨てるように言う。


「ふん、どうせ参加しただけで遠くから見ていた口だろ」


「何も知らないのに随分と酷いことを言いますね」


「こそこそと魔石や素材を売るようなヤツのすることだ、大体想像がつく」


 よほど俺のことが気に入らないようだな。


「メリッサちゃん、魔石や素材を知らずに売ったくらいで、いい年した大人があそこまで怒るものなのか?」


「普通はあり得ませんね」


「規則を破っておいてその言い草は何だ!」


 こちらの煽りに簡単にん乗ってきた。

 なんとも沸点の低い男だ。


「まあまあ、ロディさん、落ち着きましょうよ」


 冒険者の一人がロディをなだめている間に別の冒険者が再び質問をしてきた。


「対人戦は盗賊捕縛の一度だけとして、魔物相手の戦闘はどのくらい経験があるんだ?」


 模擬戦をするにしても相手の力量が分からないと手加減のしようもないからな、と付け加えた。


「キングエイプを二匹倒しました。あとは近くの森で魔術の練習をしていたときに、ゴブリンとオークを何匹か倒したくらいですね」


「キングエイプですって!」


 真っ先に声を上げたのは受付嬢。

 目の前の冒険者たちは一言も発せず、目を見開いて俺のことを見ていた。


「ええ、初めて戦った相手がキングエイプだったので多少手こずりましたが、なんとか勝てました」


 黒い虎は直接戦った訳じゃないからノーカウントでいいだろう。


「どこでですか?」


 俺はベルトラム商会の馬車隊で起きたキングエイプとの遭遇戦について掻い摘まんで話をした。

 その間も三人の冒険者は黙ったままである。


 因みに、ロディは冒険者三人に口を塞がれた状態で押さえつけられていたので呻き声を上げるのが精一杯だった。

 話を聞き終えた受付嬢がしみじみと言う。


「キングエイプの赤ん坊を捕獲しようとして返り討ちにった間抜けのとばっちりですか……」


「何人で挑んだか知りませんが、バカですね」


 とメリッサちゃん。


「三十人で挑んで生き残ったのが五人だったはずです」


 その生き残った五人も借金奴隷になったはずだ。


「三十人ですか……。それだけの人数を揃えて失敗したとなると、大きな群れだったかドジを踏んだかですね」


 この受付嬢も大概辛辣しんらつだ。


「キングエイプって危険な魔物なんですか?」


「単体でもかなり危険ですが、群れで行動するので遭遇したら逃げるように指導をしています」


 冒険者は四人から六人のパーティーで行動することが多い。

 なので、キングエイプのように個体の戦闘力が高く、且つ、群れで行動するような魔物と遭遇した場合は逃げるように指導しているのだという。


 受付嬢の説明をメリッサちゃんが補足する。


「キングエイプの赤ん坊は高額で取り引きされるので捕獲をしようとする冒険者たちは定期的に現れます。ですが、三十人以上で挑むことがほとんどです」


「ダイチさんはそんな危険な魔物を倒したんですね」


「アサクラ様なら倒しちゃいそうですけどね」


 驚きの声を上げるアリシアを横目に見ながら、メリッサちゃんが乾いた笑いを漏らした。

 その様子を見ていた受付嬢が聞く。


「参考までにお伺いいたしますが、キングエイプはどのようにして倒されたのでしょうか?」


「剣で両断しました」


 蹴り飛ばして胸を陥没させたことや噛み付かれたけど無傷だったことは伏せた。


「剣で……? あのー、魔法はお使いにならなかったのでしょうか?」


「無属性魔法を使うので、身体強化と魔装を使って斬りました」


「Cランクなんですよね?」


「Cランク魔術師ですよ」


 そこへメリッサちゃんが割って入る。


「アサクラ様は魔術師ギルドのアランさんを一蹴したんですよ」


 なぜかドヤ顔だ。

 うんざりしながら聞き流す。


「そ、そう、ですか。は、はは、ははは。アランさんを一蹴……」


 一蹴はしていない。

 戦わずに合格しただけだ。


 だが、それを説明するのすら面倒くさい。


「試験をさっさと済ませたいんですけど」


 図らずも魔術師のランクを明かしてしまった。

 さて、どうやってロディに赤っ恥をかかせるか……。


 思案しながら振り向くと、三人の冒険者がロディを押さえつけたまま固まっていた。


 一人の冒険者が震える声で聞いてきた。


「なあ、兄ちゃ、兄さん。いまの話は冗談だよな?」


「いえ、本当のことです」


「Cランクの魔術師だって?」


「あのアランさんを一蹴したって?」


「キングエイプを剣で両断したって?」


 三人が抑揚のない声で聞き返した。

 組み伏せるようにロディを取り押さえている彼ら三人の腕の筋肉が盛り上がるのが分かる。


 あらぬ方向にロディの腕がじり上げられ、身体がぞうきんのようにひねられる。

 抑えられた口から苦痛の呻き声が漏れる。


「どれも本当のことです」


 俺の一言で三人の腕にさらに力が入った。

 俺はアリシアを視線で示して言う。


「彼女は戦闘経験こそとぼしいですがBランクの魔術師なんです」


 俺と同様、アリシアも模擬戦が必要なのかを聞くと、捻じり上げられたロディの身体から何かが折れるような鈍い音が響き、大きく見開かれたその目から涙が流れ落ちる。

 そして何事もなかったように冒険者三人が言う。


「いや、模擬戦はない」


「二人とも免除だ」


「そうだな、魔術師相手に模擬戦をするようなバカはいないよ」


 とうとうロディが声にならない悲鳴を上げて抵抗する力を失った。

 捻じ上げられた身体の各部位が一斉に勢いよく形を変える。


 ロディが生きているかも気になったがが、それ以上にきになったのが三人の対応だ。

 部外者が試験を免除しても良いのか?


 受付嬢に視線で問い掛けると、ロディに確認することなく彼女が即答する。


「問題ありません! そもそも魔術師相手に模擬戦なんてあり得ませんから! ということで、攻撃魔法の試し撃ちだけして終わりにしましょうか」


 部外者三人も彼女の言葉に賛同した。

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