第32話 冒険者ギルド(2)
受付に向かって歩きだすと値踏みをするような無遠慮な視線が幾つも投げかけられる。
「大丈夫です、気にしないでください」
視線に気付いてそちらを見ようとした矢先、メリッサちゃんがそれを制して言葉を続ける。
「お二人とも冒険者ギルドには不釣り合いな格好なのであちらも気になっているだけですよ」
特に俺は一目で外国人と分かる容貌なので物珍しさもあるのだろう、と言った。
異分子を警戒するのはどこの世界も一緒ということか。
「例の方をお連れしました」
メリッサちゃんが受付嬢にそう言って声を掛けた?
「ああ! 少々お待ちください」
「例の方って、もしかして俺のことですか?」
「他に誰がいるんですか」
商業ギルド経由で冒険者ギルドに事前連絡を入れる必要があるとなると……、クラウス商会長からの紹介とかカリーナからの紹介というところかな?
あれこれと考えていたが、その疑問は飛んできた男性職員によって解消された。
「無断で魔石と素材を販売していた方ですね! どなたですか?」
受付カウンターに到着するなり男性職員がメリッサちゃんにそう尋ねた。
そっちか。
すっかり忘れていた。
「こちらのダイチ・アサクラ様です」
「冒険者ギルドが幾ら規則に緩いと言っても譲れない部分もあるのです」
「はあ」
いきなりお説教モードか。
「ここで
「助かります」
「正式に登録が済んだら別室でじっくりと話があります」
小言を聞かずに済んだと思ったが勘違いだったようだ。
「彼の登録が済んだら私に教えてください」
男性職員は受付嬢にそう言うと自分の執務机に向かった立ち去った。
「メリッサちゃん?」
「何でしょうか?」
「冒険者ギルドで説教されるなんて聞いてませんよ」
「言いましたよ」
「聞いたのは、冒険者ギルドからクレームが入っているってことでしたよね」
「それで謝罪も訓戒もないと思っていたんですか?」
さっきまで、冒険者ギルドからクレームが入っていたことを忘れていた、とは言えないよなー。
「軽く謝る程度だと思っていたから……」
濁った語尾にメリッサちゃんが何かを察したのか、クリッとした目が細められた。
「ははーん。さては忘れていましたね」
「そんなことは、ないよ」
「その反応! 絶対に忘れてましたね!」
あ、やばい。
メリッサちゃんの目が潤んでいる。
「申し訳ありません、忘れていました。反省しています。登録が終わったらきっちりと話をうかがってきます」
「本当にお願いしますよ、約束ですからね」
「約束します」
なおも「うー」と
「登録手続きに入ってもよろしいでしょうか?」
「そうでした! よろしくお願いします」
メリッサちゃんが俺を受付カウンターへと押しやった。
◇
「ご登録はお一人ですね」
「いいえ、二人でお願いします」
「え?」
「え?」
「うそお?」
受付嬢と俺、メリッサちゃんの驚く声が重なった。
「アリシアも登録するの?」
隣で微笑んでいる彼女に聞き返した。
「はい。以前から登録しようかどうしようか迷っていたのですが、好い機会なのでダイチさんと一緒に登録しようかと」
ご迷惑でしたでしょうか? と少し困ったように視線を泳がせる。
「迷惑だなんてとんでもない。大歓迎だよ」
「ミャー」
突然、ニケが俺の胸元から顔をだした。
「ニケも歓迎するってさ」
「まあ、嬉しい」
微笑みながら遠慮がちにニケの頭をなでる。
「もしかして、魔獣ですか?」
受付嬢がカウンター越しにニケをマジマジと見ながら言った。
「普通の子ネコです」
「可愛いですねー。こんなにふわふわしたネコは初めて見ました」
俺の胸元に視線を釘付けにしながら、だらしのない笑みを浮かべる受付嬢に、自分が外国人であり、このネコも外国産のネコだと伝えた。
「俺も知りませんでしたが、この国ではこんな風に毛の長いネコはいないようですね」
「本当、小さくてふわふわですねー」
「あのー、登録をお願いできますか?」
「そうでした!」
メリッサちゃんの言葉に受付嬢が慌てて二人分の登録申請書を用意した。
◇
申請書の空欄を一通り埋める。
爵位、名前、年齢、国籍、出身地、他国で登録しているギルドの列記。ここまでは商業ギルドや魔術師ギルドと同じだった。
違うのはここから先だ。
国内で他に登録しているギルドの有無とランク。
魔獣を使役していれば、その魔獣の種類と性別。
特筆する能力や分野。例として、魔法が使えるならばその属性、薬草や鉱物を見分ける能力、索敵、遠見などが上げられていた。
「書き終わりました」
「お願いします」
俺とアリシアが書き終えた申請書を受付嬢へ差しだした申請書を受付嬢が独り言を口にしながら確認する。
「先ずは、アサクラ様、と」
魔術師ギルドに所属している箇所で、「え? Cランク魔術師! うそ! 無属性魔法だけでCランクなの? 凄い!」と小さく驚きの声を上げた。
その理由をメリッサちゃんがささやく。
「冒険者ギルドとしても高ランクの魔術師や特殊な技能を持った人材は喉から手が出るほどほしいんです。優秀な冒険者は例外なく魔術師だったり、何らかの特殊技能を持っていたりしますからね」
ベルトラム商会の護衛もそのほとんどが魔術師ギルドにも登録をしていた。
「次はアリシア・ハートランド様、二十歳と……」
そこで手を止めた受付嬢がアリシアに聞く。
「アリシア・ハートランド様は、もしかしてセシリア・ハートランド子爵の血縁でいらっしゃいますか?」
「はい、曾祖母です」
「ありがとうございます!」
そう口にするとアリシアの提出した申請書に何か書き加えながら、「まさか、セシリア様の
曽孫娘なんて単語あるのか?
そんな、どうでもいい疑問が脳裏をよぎる。
「やっぱり有名なんだな、セシリアおばあさん」
「そんな呼び方をするのはアサクラ様だけですよ」
とメリッサちゃん。
だが、俺が気になったのアリシアの二十歳という年齢だ。
内心の驚きを気取られないようにアリシアを見る。
やっぱり、どうみても十五、六歳にしかみえなかった。妙に大人びたことを言うときがあると思っていたが二十歳とは……。
見た目の幼さからメリッサちゃんやシスター・フィオナと同い年くらいだと思い込んでいたことは悟られないようにしよう。
「Bランク魔術師! え? ええ!」
そこでまた受付嬢の手を止めてアリシアに聞く。
「あの、失礼ですがこちらの記載に間違いはございませんよね? いえ、念のためです!」
「はい、間違いありません」
「あ、ありがとうございます! では早速、お二人の登録をしてきます! 少しこちらで、いいえ、別室をご用意しますのでそちらでお
転びそうになりながらアタフタと走る受付嬢。
その後ろ姿を見ながら、俺たち三人は別室とやらがどこなのか知らされることなくカウンターの側で待つのだった。
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