第2部 異世界のまち

第1話 別れと出会いの予感

「色々とお世話になりました。そして、これからもよろしくお願いいたします」


 右手を差しだすとクラウス商会長が満面の笑みで右手を握り返す。


「アサクラ殿から預かった商品は王都で評判となることは間違いない。こちらこそ末永くお付き合いを頼むよ」


 ベルトラム商会の馬車隊は予定通りカラムの町で十日間の滞在を終え、これから王都へと向かうところだった。


「寂しくなるな」


「この町でお店をだすんですって? 頑張ってね」


 少し涙ぐむデニスのおっさんと相変わらずつやっぽい笑みのフリーダさん。


「ありがとうございます。しばらくこの町で商売をして、王都でもやっていける自信が付いたら王都へも店をだそうと思っています」


「商売なら王都よりもバイレン市の方が面白そうだがな」


「余計なことを言わないの!」


 デニスのおっさんの脇腹にフリーダさんの肘が見事に入った。

 国境最大の商業都市であるバイレン市は四つの国へと続く四本の交易路を統治下に置く大都市でこのノイエンドルフ王国第二の都市でもある。


 確かに王都よりも面白そうではあるな。

 だが、まだ先の話だ。


「カリーナ、少しの間寂しくなるけど元気でな」


「迂闊なことをしでかしても助けてあげられないから心配だわ」


 しんみりしないよう軽い挨拶をしたが、彼女はその上を行く明るさでからかうように笑う。


「酷いな」


「だってそうでしょ?」


 そう言うと、カリーナは俺がしでかした細々としたことを指折り数えて上げていく。

 よく覚えているなー。


 半ば感心しながら俺は両手を挙げて降参した。


「分かった、分かったからそれくらいで許してくれ」


「嬢ちゃん、それくらいにしてやろうぜ」


 笑いを堪えたデニスのおっさんが止めに入ってくれた。


「でも、本当に慎重になってね」


「トラブルがあっても切り抜けられるだけの器量はあるつもりなんだけどな」


「腕が立つのは認めるわ。でも、ここは不慣れな外国よ」


 心配そうに上目遣いで見上げる。

 可愛いのだが、少し引っかかるな。


 どちらかというと対処するだけの知恵があると言いたかったのだが、彼女には上手く伝わらなかったようだ。

「次にカリーナたちがここへ来る頃には別人のように頼りになる俺を見せてやるよ」


「ミャー、ミャー」


 ニケが同意するように鳴いた。


 ベルトラム商会に預けた商品が順調には売れれば、すぐにでも残金を俺に支払うためと追加の仕入れのために馬車隊がくることになっている。

 カリーナはその護衛となるはずだ。


「そうね、安心してみていられるくらいになっているよう期待しているわ」


 微妙に食い違いがあるが、ここは流そう。

 俺はカリーナに厚紙でできた箱を渡す。


「なかにケーキが入っている。時間がたつと腐ってしまうから早めに食べてくれ」


「ケーキ!」


 カリーナの目の色が変わった。

 相変わらずお菓子に弱い。


「ダイチ殿、ケーキだって?」


「アサクラ殿、その……」


 デニスのおっさんとフリーダさんの二人が即座に反応した。

 まあ、予想してたけどね。


「お二人の分もあります」


 カリーナに渡した箱よりも少し小さめの箱を二人に渡すと、二人ともお礼の言葉とともに箱を開けて中身を確かめだす。

 傍らを見ると、カリーナは既に箱のなかをのぞき込んでいた。


 何とも幸せそうな顔だ。

 この人たち、本当に生クリームに弱いな。


「ダイチ殿が以前話していた一般層向けの商品にケーキを売ったらどうだ? 絶対にもうかるぞ」


 デニスのおっさんの言葉にフリーダさんとカリーナも賛同する。


「そうね、これが王都でも食べられると嬉しいわ」


「毎日食べられるなんて夢のようだわ」


「ケーキは腐るのが早いから難しいですね。時間が経ったケーキを食べてお腹を壊されて悪評が立つのは願い下げです」


 貴族が食中毒になって毒殺を疑われたら堪ったものじゃない。


「そうね、そういう問題もあるわね」


「残念ねー」


「嬢ちゃん、これでダイチ殿に会いにくる理由が増えたな」


 デニスのおっさんにカリーナが反論しようとする矢先、クラウス商会長の側近であるロイドさんが出発の号令をかけた。

 馬車隊が一斉に動きだす。


「じゃあ、早ければ二ヶ月後くらいね」


 カリーナが優しげな笑みを浮かべて手を振る。


「見違えるようになっているからな」


「期待しているわ」


 こうして俺はカリーナたちと別れた。


 ◇


 ベルトラム商会の馬車隊の出発を見送った後、俺はその脚で商業ギルドへと向かうことにした。

 ベルトラム商会がカラムの町に滞在したのは十日間。


 その間、露天商をだすかたわら店舗兼住居となる物件を探していたのだが、目星を付けた物件の引き渡し準備が整ったと、昨日、商業ギルドから連絡が入ったからである。


「ニケ、キャトタワーもちゃんと作ってやるからなー」


「ミャー」


 物件購入の資金はベルトラム商会に預けた商品の手付金だけで十分だった。

 手付金といっても大半が証文なのだが、このノイエンドルフ王国でも指折りの大商会であるベルトラム商会が発行する証文だ。


 仲介した商業ギルドに否はなかった。

 さらに現金として盗賊たちを捕らえた報奨金もあるので、数ヶ月は暮らせるだけの現金が手元にある。


 一ヶ月前の就職浪人がほぼ決定していたときとは天と地ほどの差だ。

 なんというか、異世界最高!


 一人、浮かれながら商業ギルドへと向かっていると、一つ向こうの大通りから悲鳴と怒声が聞こえてきた。

 昨日まで俺が露天商をだしていた通りだ。


 通称『露天商通り』と呼ばれる大通りで五百メートルほどの区画に幾つもの露天商が並び、この町の住人たちの生活を支えていた。

 さらに交易で行き交う人々のちょっとした商売や情報源としても機能している。


「行ってみるか」


 昨日まで俺も露天商をだしていた。

 もしかしたら知り合いが被害に遭っている可能性もある。


 しかも聞こえてくる悲鳴や怒声の様子から、乱暴者が暴れて罪のない住人たちが被害に遭っているようだ。

 俺はニケを懐に忍ばせ、『露天商通り』へと走りだした。







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      あとがき

■■■■■■■■■■■■青山 有


本話から第二部のスターとなります

第一部よりも少しペースダウンするかも知れませんが、どうぞよろしくお願いいたします


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