第44話 約束の地

 カリーナたち三人が次々と盗賊たちを拘束する。

 何とも手際がいい。


 不慣れだろうから、と休んでいるように言われたがそれも当然だとうなずける。


 俺はその様子をながめながら一人落ち込んでいた。

 いや、反省をしていた。


『彼を知り己を知れば百戦危うからず』とはどの口で言ったのか……。


 敵のことなんて何も分かっていなかった……、調子に乗って分かっている気になっていただけだった。

 Bランク魔術師の力をめきっていた。


 勝利した気になって悠然ゆうぜんと歩み寄る、という愚行をおかした。

 火球が脇腹を掠めた瞬間、頭のなかが真っ白になった。


 あの瞬間を思いだすだけで背筋に冷たいものが走り、全身に嫌な汗が噴き出す。

 六十人余りの盗賊たちの拘束を終えるとデニスのおっさんとフリーダさんが口を揃えて俺のことをこれでもかとめる。


「盗賊を無力化するとは言っていたが、まさかBランク魔術師以外のヤツら全員を無力化するとは思わなかった」


「そのBランク魔術師も苦し紛れの攻撃魔法しか使えなかったのよ」


 褒められても嬉しくない。

 まるで褒め殺されている気分だ。


 Bランク魔術師まで含めて無力化するつもり、いや、無力化したつもりになっていました。


 ごめんなさい。

 あまりにも迂闊うかつでした。


「半数の動きを短い時間封じ込めるくらいのつもりでいたから驚きましたよ」


 フリーダさんが興奮気味に俺に言った。


 期待していなかったんですね。

 正解です。



「その残ったBランク魔術師も瞬く間に制圧してしまうんだから驚きだよな」


「本当よねー。デニスさんとカリーナが攻めあぐねていたところに颯爽さっそうと舞い戻って瞬時に制圧。格好良かったわよ」


 お願いします、それ以上褒めないでください。

 穴があったら入りたい心境だ。


「俺が女だったら惚れてるぞ」


 なあ、嬢ちゃん。とデニスさんがカリーナに話を振るが、彼女はデニスのおっさんのからかう言葉を聞き流す。


「確かに素晴らしい手際だったけど油断したのは確かよね?」


「なあに。ダイチ殿にとっちゃあの程度の傷はものの数じゃないんだ。油断したうちには入らないさ」


 すみません。

 言い訳できないほどに油断していました。


 ニケがいなかったら今頃は死んでいたかも知れません。

 俺は腕のなかでくつろぐニケを抱きしめた。


「そう、それよ! あんな高位の水魔法が使えるのを最後まで隠しておくなんてあんまりじゃないの?」


 うらめしそうに言うカリーナをデニスさんがなだめる。


「嬢ちゃん、そう言うなよ。冒険者や魔術師が手の内を明かさないのはこの国でも一緒だろ?」


 この国に限らず、周辺諸国を含めて魔術師や冒険者は手の内を明かさない。

 もちろん、自身の力をある程度知らしめないとあなどられるし、条件のよい仕事にけないので隠すといっても切り札となる能力だけのことが多かった。


 俺の場合、その切り札が高位の水魔法だったのだろう、と言ってデニスのおっさんがニヤリと笑う。


「それはそうなんだけど……」


「その、色々と言えないことが多くてごめん」


 釈然しゃくぜんとしないカリーナに言葉を濁して適当にごまかす。


「まあいいわ」


 カリーナはそう言うと拘束した盗賊たちに向き直る。


「いまからあなたたちを村にある南側の広場へ連行します。連行するのはあたしたち四人だけなので、手向かったり逃走しようとしたりしたら容赦しません」


 今度は命がないぞ、と睨み付けた。

 盗賊たちもすっかり戦意を喪失したようで、手向かうつもりもなければ逃走するつもりもないと口々に言った。


 ◇


 騎士団が到着したのは盗賊たちを捕らえてから四日後のこと。


 その間、自警団が中心となって盗賊たちの尋問じんもんをした。

 予想通り、ゴブリンが異常発生したように見せかけたのは盗賊たちの仕業だった。


 もう一つの予想。

 盗賊たちがあまりに統制がとれているので、どこかの領主軍か他国の軍が盗賊を装っている可能性を疑っていた。


 しかし、こちらについてはまったく掴めなかった。

 それでも五人のBランク魔術師を筆頭に何人かの盗賊が他国からの流れ込んだ者であることは突き止めた。


 クラウス商会長曰く。


『ダメな領主の配下なら尻尾を掴ませただろうが、他国の軍となればそうそう尻尾を掴ませないだろう』


 つまりは、Bランク魔術師以下の何人かは他国の軍人が国境付近の治安を乱すために送り込まれた可能性が高いということである。

 平和な国だと思っていたが国境付近はそれなりにキナ臭そうだ。


 揺れる馬車のなかで物思いにふけっていると、いままで昼寝をしていたニケが大きな欠伸あくびとともに目を覚ました。


「よく寝てたな」


「ミャー」


「今夜は宿屋に泊まれるはずだから、久しぶりにゆっくりと寝られそうだな」


 昼夜問わず眠りたいときに眠るニケに語りかける。


「ゴロゴロー」


 甘えた鳴き声を上げるニケをなでていると、明かり取りの窓の外にカリーナが近付いてきた。


「ダイチさん、カラムの町が見えたわ」


 俺は窓から顔をだして彼女の指さす方に視線を向ける。

 まだかなりの距離があるが丘と丘の狭間に防壁が見えた。


 ここからでもタクラ村との規模の違いが分かる。


 胸が高鳴った。

 自然と口元がほころぶ。


「ここからじゃよく分からないけど、大きな町なんだよな?」


「国境付近の町では二番目の大きさよ」


 国境付近で最も大きい都市は商業都市であるバイレン市で、カラムの町からは馬車で東へ二十日間ほどかかる距離にある。

 駆け出しの商人が商売を始めるにはカラムの町くらいが手頃だろう。


「あたしたちは十日後には王都に向かうわ」


 ベルトラム商会の馬車隊はカラムの町に十日間滞在し、その後二十日間かけて王都へと向かう。

 クラウス商会長が同行を約束したのはカラムの町までだったが、王都まで一緒にこないか、と誘いを受けていた。


 俺が無言でいると、カリーナが再び口を開いた。


「ダイチさんはどうするか決めた?」


 俺は明確な答えを口にすることなく笑顔だけを返す。


 王都の王族や貴族に紹介してくれるというのだが、心のなかではこの申し出に躊躇ためらいを覚えていた。王都へ行くのはカラムの町でこの異世界についてもう少し学んでからの方がいいと思えるからだ。


 そんな俺の迷いを敏感に察したのだろう、カリーナが少し寂しそうな表情を浮かべる。


「町に着いた後はどうするの?」


「そうだな、取り敢えずは露天商を開くかな」


「また露天商? 次はどんなとんでもない商品を売るつもりなの?」


 彼女が無理やり笑顔をつくる。


「カリーナとクラウス商会長に了解をもらった商品しか売らないつもりだなんだけどなー」


「どうかしら? 怪しいものよね」


 ここまでの道中、数十種類の商品をクラウス商会長とカリーナに見せていた。

 そのなかで、カラムの町で販売しても問題なさそうな商品は確認ずみである。


「信用ないなー」


「あら、信用があると思っているの? 心配で目が離せないのに?」


「小さな子どもじゃないんだから」


「小さな子どもの方がマシです」


 カリーナがクスリと笑った。


「ベルトラム商会も十日間は町にいるんだろ? その間、露天商の手伝いをしながら色々と教えてももらえると嬉しいな」


 ベルトラム商会が滞在する十日間、カリーナたち護衛は休暇となる。

 その間の何日かでも一緒に過ごしたいと頼んでみた。


 すると、「うーん」と少し悩む振りをしたカリーナが


「美味しいお菓子を食べさせてくれるならいいわよ」


 と可愛らしくはにかんだ。




」」」」 第一部 完結 」」」」」




■■■■■■■■■■■■■■■■

      あとがき

■■■■■■■■■■■■青山 有


本話を以て第一部完結となります。

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

第二部はカラムの町を舞台に新たな物語が始まります。


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