第43話 制圧

 スタングレネード。

 閃光発音筒せんこうはつおんとうとも呼ばれ、非戦闘員が混在する敵を無力化する非殺傷兵器として某国の軍隊で採用されている。


 激しい閃光と炸裂音により一時的に視力と聴力を奪う。

 閃光と炸裂音が止むとパニックに陥った盗賊たちの姿があらわとなった。


 その場にうずくまり、叫び声を上げる者。

 呆然と立ち尽くして仲間の名前を呼ぶ者。


 カリーナたち三人の肩を軽く叩いて、もう目と耳を塞ぐ必要がないことを伝えた。

 念のため照明弾しょうめいだんを撃ち、パニックに陥っている盗賊たちを身体強化なしで視認できるようにする。


「何がどうなったんだ?」


「あれ、盗賊たちよね?」


 デニスのおっさんとフリーダさんがパニック状態の盗賊たちを呆然と見ている傍らでカリーナが真っ直ぐに俺を見た


「ダイチさん……、あなた、何者なの……?


「さて、盗賊たちを捕縛しようか」


 俺は先頭に立って悠然と盗賊たちに歩み寄る。


 三人が俺に続くが動きがぎこちない。

 三人にはキビキビと動いてもらって、盗賊たちを捕縛する予定だったのだが思惑が外れたようだ。


「催涙弾は不要だとは思うけど、行動は制限した方がいいだろうな」


 生け捕りにあみを使うのは昔から広く用いられている手段であることを思いだし、捕獲用ほかくようネットを使うことにした。


 捕獲用のネット。

 ランチャーからネットが飛びだし、対象に絡みついて身動きをとれなくする防犯グッズである。


「これでダメ押しだな」


 胸元から顔を覗かせるニケに話しかけながら捕獲用のネット数十発を盗賊たちに撃ち込んだ。

 ネットが広がり盗賊たちを覆う。


 その瞬間、数発の火球が放たれた。

 そのうちの幾つかは真っ直ぐに俺に向かってきている。


 何故!

 そう思った瞬間、火球が俺の左脇腹を掠めた。


 続いてこれまで経験したことのない熱さが襲う。

 魔法攻撃を受けたのか!


「ガハッ!」


 激痛で叫び声を上げてその場にくずおれた。

「ダイチさん!」


「ダイチ殿!」


「アサクラ殿!」


 三者三様の声が背後から響くなか、制圧したはずの盗賊たちを注視する。

 うずくまる盗賊たちのなかの二人が俺に向けて真っ直ぐに右手を伸ばしていた。


 不味い!

 狙いが確かなことはすぐに分かった。


 魔装を展開しようとしたが激痛で意識が集中できない。

 恐怖で頭が真っ白になった。


 そのとき、俺の眼前に何者かが飛びだす。

 続いて火球のぜる閃光と爆発音が広がる。


「後退して!」


 俺と火球との間に割って入ったのはカリーナだった。

 彼女の声に続いてフリーダさんの声が耳元でする。


「アサクラ殿、一旦、距離を取ります」


 俺を担いだフリーダさんがもの凄い速度でその場を離れる。瞬く間に数百メートルの距離が開いた。

 俺は魔装の展開を忘れていたのか……。


 これまでほとんど無意識で展開していたのもあって、今回も特に魔装の展開を意識しなかったのは確かだった。

 自分の迂闊うかつさに腹が立つと同時に、目の前で行われている予期せぬ戦闘の責任とで叫びだしたい衝動に駆られる。


 それを抑えてフリーダさんに言う。


「大丈夫です。カリーナたちに加勢しましょう」


「直撃でないにしても攻撃魔法を受けたんですよ!」


 俺をその場に下ろしたフリーダさんの顔はどこか怒っているようだ。


「俺のことなら心配には及びません。それよりもいまは盗賊たちをなんとかしないと」


「こんな大怪我をしておいて何を言っているんですか!」


 火球が掠めた脇腹を見たフリーダさんの顔に驚きが浮き上がる。

 そんなに酷いのか?


 痛みを感じなくなった脇腹を見ると、服が焼け皮膚には血がこびり付いているが傷はどこにもなかった。


 治っている?

 何故だ?


 身体強化の延長だろうか?

 無属性魔法で傷の治療ができるのか?


「ミャー」


 俺のなかに湧き上がる疑問は胸元から顔をだしたニケの鳴き声で解決した。

 水の精霊魔法。


 水の属性魔法で治療や回復が可能だということは聞いていた。

 その上位に位置する水の精霊魔法なら火球が掠った程度の治療も可能かも知れない。


「ニケ、お前か」


「ゴロゴロー」


 感謝の気持ちでニケを抱きしめると、それに応えるようにニケも甘えた声をだした。


「アサクラ殿……」


 傷があるはずの脇腹から俺の顔へと視線を移したフリーダさんは、信じられないものを見るような表情である。


「俺なら、大丈夫です」


「水魔法も使えるんですか……? それも、高位な魔術を……」


 目を見開いて俺を見るフリーダさんに力強くうなずく。


「あまり得意ではありませんけど、ね」


「いや……」


「それよりも盗賊の制圧を急ぎましょう」


 俺は呆然とするフリーダさんをその場に残してカリーナとデニスのおっさんが戦っている前線へと駆けた。

 カリーナとデニスのおっさんの向こうにいる盗賊たちに意識を集中する。


 まともな反撃をしているのは二人。

 二人とも火魔法による攻撃だ。


 残る三人も曲がりなりにも反撃をしている。

 一人は土魔法。もう一人は不可視の攻撃のようなので恐らく風魔法だろう。


 攻撃の様子から視力と聴力が元に戻っている様子はない。

 つまり、視力も聴力も奪われた状態でも何らかの魔法を使ってこちらの位置を感知していると言うことになる。


 改めてBランク魔術師の恐ろしさを思い知る。

 だが、それもここまでだ。


「カリーナ! デニスさん! 迷惑を掛けましたが、後は俺がまとめて制圧します!」


「え!」


「嘘だろ!」


 驚く二人の脇を駆け抜けて盗賊たちに迫る。

 盗賊たちの放った不可視の攻撃魔法が左脚を掠めるが軽い衝撃が伝わる程度。速度の遅い火球に至っては視認して回避できる。


 よし、落ち着いているし、身体強化も魔装も万全だ。


「万が一、死んでも恨まないでくれよ!」


 攻撃魔法を仕掛けてくる盗賊の腕に右手を押し当てると、異空間収納ストレージ越しにゼロ距離から対物ライフルを撃ち込んだ。

 重苦しい銃声が轟き、男の腕を吹き飛ばした。


 激痛に苦しむ男の身体が地面を二度、三度と跳ねながら転がる。

 対物ライフルを至近距離から撃ち込まれても生きていることを確認した俺は、残る四人にも同じように銃弾を撃ち込んで無力化を図った。


「傷は! 傷は大丈夫なの!」


 我に返ったカリーナが泣きそうな顔で俺の脇腹を覗き込む。

 彼女を安心させるためにも、できるだけ何でもないことのような顔で言う。


「ちょっと油断したが、水魔法で治療したから問題ない」


「問題ないって! 何をバカなことを言ってるのよ!」


「いや、本当だって」


 焼けた衣服と皮膚にこびり付いた血だけとなった攻撃を受けた痕跡こんせきを改めて見せた。


「な、傷なんてないだろ?」


「本当に……。どれだけ心配した思っているのよ!」


 心配する表情が消え、残っているのは怒りだけである。


「その、ごめん」


 そこへデニスのおっさんとフリーダさんが駆け寄る。


「痴話げんかはその辺にしてさっさと盗賊たちを捕らえるぞ」


「色々と聞きたいことや言いたいことはあるけど、いまは盗賊を捕らえるのが先ね」


 二人の言葉にカリーナが頬を染める。

 盗賊を捕らえるのをそっちのけにして俺の説教を始めたのを恥じたのか、痴話げんかとからかわれたのを照れたのか、気になるところだがそれは後回しだな。


「そうそう、盗賊たちの視力と聴力が戻る前に縛り上げようか」


「分かったわ。お話は後でゆっくりとね」


 カリーナはそう言うと俺の横をすり抜けて盗賊たちの方へと歩を進めた。

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