第3話 パチスロ

 どんな規模の町でも、必ずと言っていいほど存在する物――パチスロ店などの賭博場。


 賭け事でしか毎日の刹那的な日々の憂さを晴らす事が出来ない人間が集まり、警察ですら『あっても無いようなものだ』と匙を投げ、派手な演出でパチンコ玉やメダルを吐き出す機械があり、これの為だけにお金を投資して、人間の生活を見事にぶち壊す魔物――そんな場所に、健吾とその老人は立っている。


 小さな町の個人経営のパチスロ店に健吾はかなり不安な表情を浮かべて、老人と共にいる。


「あのう、もしかしてゴト師か何かっすか?いや俺、そんな危ない橋を渡りたくないし、第一俺ホームレスのような者なので遊ぶ金なんて無いっすよ! 」


 健吾はまだちっぽけな人間の尊厳などの最低限のモラルは投げ捨てておらず、刑務所に行けば食べるものに困らないという屑の考えはなく、まだ自分は犯罪者になりたくはないんだと老人に釘を刺す。


「いや、俺は単なるホームレスだ、坊主、俺に付いて来な」


 さっきとはうって変わって、挑戦的な口調とやけにぎらついて自信のある眼の老人に、健吾は心のどこかで、「なんかこの爺さん、ひょっとしたら何かやるんじゃねえのか?」という妙な期待感が芽生えて、よたよたと歩く老人に付いて行く。


 *


 店内は、パチスロ機械のメダルや玉、機械の演出音でかなりの騒音があり、耳栓が無いと騒音性難聴になる危険性がある。


 それに加えて、血走った眼で台に座りゲームに興じる老若男女、店内を見回してもほとんどメダルや玉が出ていない台に、健吾は一抹の不安を感じる。


 老人は、さっきからしきりに店内を歩き回り、地べたを這いつくばるようにして、何かを探している。


(何だ、この爺さん勝負する金がねえんだな、こりゃあ、多分負け戦だな、1000%の確率で……! はあーあ、ついてねーや、こりゃあ、生保でも受けるか考えるかなあ……!)


 パチスロ等のギャンブルは、浅黒い人間性が垣間見えると誰かが漫画の中で述べており、ここに居る人間達は機械の行く末を神に祈る気持ちで見守っており、健吾は反吐が出そうになるのを、先程拾ったシケモクにガスが切れかかったライターで火を点けて煙を肺に入れる。


 老人は、健吾を手招きしている、その目の前には、スロットの機械が置かれている。


「坊主、この台を試しに、これで打ってみろ」


 老人は健吾の手に10枚のメダルを握らせて、他の台を打ちに出かけてしまう。


(この台を打てったって……たぶんこれ設定1だ、300回転ぐらい回しているのにボーナスが全く無い、仕方ねえ、どうせ暇だし、家に帰っても拾ったシケモクを吸うだけだし、やる事ねえし、いいか別に……)


 健吾は半ば投げやりになりながら、スロット台に老人が拾ってきた埃まみれのメダルを入れて、適当に打つ事にした。


「!?」


 目の前の液晶には、BIGBONUSと掲げられて、777がいきなり揃った。

 *

 店内には営業終了の合図とも言える癒し系の音楽が流れており、生活費を全て費やしたのか、昼間血気盛んにパチスロに興じていた老若男女の群れは失意のどん底にいるかのような死んだ目をして、ぞろぞろと店を後にする。


 その集団の中に、やけにぎらついた目をした男性二人組――健吾と老人がいる。


「坊主、お前さん相当運があるんだな」


「いやあまぐれっすよ」


 健吾は軽い口調で流したのだが、心の中はある種の恐怖に似た歓喜で溢れ返っている、それもその筈、健吾が打った台は直ぐにボーナス、またボーナスと20連続で当たりが来て、溜まったメダルの箱は10箱――健吾は今までパチスロは打った事があったのだが、買っても最高で2箱ぐらいで、ラーメンと煙草を買って終わりだった程度である。


 彼等は換金所に出向いて、生理がとうの昔に上がったと思われる、しわがれた初老の女性の店員に換金をして貰う。


「坊主、これは俺からのお礼だ、美味かったよ、豚汁」


「え!?いやなんか悪いっすよ!こんなに! 」


 健吾が手にしている額は、15万円、以前の職場で貰っていたひと月分の給料の額である。


「俺からのお礼だ、受け取ってくれないか?」


「は、はあ……。有難うございます」


 老人は、にこりと笑い、自動車の排気ガスで星空が見えない程に曇った夜空を見つめる。


「君は、見た所ホームレスになりたての新人って感じだが、会社が倒産した感じかな?」


「ええ、そうなんですよね、勤め先が倒産してしまって、失業保険を貰おうにもまだ離職票とかが届いていなくて、貯金も無く、仕方なくホームレスになったのですよ」


「そうか、これから俺が言う事を守ってくれないかな?」


「?え、ええ」


「まずは身なりを綺麗にして、清潔感溢れる服装にして、人材派遣会社に行って仕事を貰うんだ、この町にはまだ人材派遣会社は沢山あるからな、これをやろう」


 老人は、ポケットの中から、一枚の紙きれを取り出して、健吾に手渡す。


「これは、ハローワークの失業保険の手続きや裏技が書いてある。転職活動をするのには、先ずはハローワークからだ」


「は、はい、わかりました」


 健吾はその紙きれを、服の中に入れる。


「有難うございます、何から何まで」


「なあに、豚汁のお礼だ、またどこかで会おうな」


 老人は健吾に手を振り、先程景品で貰った煙草をふかしながら、よたよたと公園に向かって歩き出す。


 健吾はその老人の姿をいつまでも見つめている。


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