群狼伝ー或る青年ホームレスの人生逆転劇ー

第一章:オオカミ、爆誕

第1話 倒産

 大企業のメーカーのとある電子機器メーカーの工場は、かなりの規模の敷地内に生産ラインの工場を設けており、人工衛星の部品を下請けを一身に受けて、毎日が残業の日々が送られている。


 工場内に目をやると、ベルトコンベアが10.20ではきかない数が置かれており、そこで従業員達はヘルニアなどの職業病を患いながらも、眼の前に早いスピードでくる部品を、恐るべき集中力と持続力で淡々とこなしている。


 その中にいる人間の大半が、人材派遣会社の派遣社員やパートタイム、社員になれる保証がなくても、限りなくゼロに近い希望に縋るようにして働く契約社員達がおり、残りの正社員は楽な事務作業や現場でのリーダーなどの管理職を行なっている、


 時給1000円、昇給あり――昇給があると言っても、上がる保証はどこにもなく、最低賃金よりも少しだけ高い時給に、生活の為に仕方なく、この地獄とも言える作業に黙々とこなす派遣社員達。


 その中に。この物語の主人公、大神健吾がいる。


 これからくる受難に気が付かずに、この不条理がまかり通る世の中に揉まれながら、ただ一心不乱に働いている、昇給と契約社員登用への、限りなくゼロに近い可能性に賭けて――


 作業終了のベルが鳴り響き、健吾は同僚と共に、派遣会社の管理がいる会議室へと足を進める為、作業の引き継ぎをしてから部屋を出て、ロッカールームへと足を進める。


「重要なお知らせ、ってなんだろうな? 」


 同僚は薄くなった髪の毛をぽりぽりと掻き、夜勤明けで眠気を抑える為に欠伸をして、健吾達同僚に尋ねる。


「もしかしたら。派遣切りなんじゃねぇのかな? 」


 健吾は、少し前から気になっていた不安がある、たまたま、上層部の人間から、人員整理を行うとの話をちらりと小耳に挟んでしまったのだ。


「そう。なのかなぁ?よく分からないけどね、でも俺ら派遣だし、次の仕事を探してくれるんじゃねぇのかな? 」


 同僚は大きな欠伸をして会議室に歩き出す。


 他の社員とすれ違うたびに、こいつらは、俺達を単なる奴隷としか見ていない人外の悪魔だ、残業ばかりさせやがって、殴りてえ、という衝動にかられる。


 普段は残業が2時間、ほぼ毎日あるのだが、なぜか今日は派遣社員は定時で上がって、会議室の方へと行くように、との通達がこの会社の方からあった。


 会議室に入ると、既に派遣社員30名が所狭しと集まっており、最後に来たのは健吾と同僚だけである。


 派遣会社の管理は、健吾と同じ歳、20歳になったばかりの若造、高校を出て健吾の会社に入り、能力が出来ていて、後から入った先輩社員を出しぬき出世をしたというエリート。


 だが性格は悪く、陰でひと回り年上の社員をあの馬鹿とかオッサン、とか呼び捨てにする屑。


「えー、皆さんが集まっていただき、大事なお話をしたいと思います」


 その、いけ好かない管理は、周りを一瞥して咳払いをする。


「今日をもちまして、この派遣会社アバンテは、業績悪化のために倒産いたします。皆様、今までありがとうございました、今後のご健闘をお祈りします……」


(やはりそうだったのか……!)


 健吾の悪い予感は的中した。


 *


 健吾はあれからどうやって、自分の家に着いたのかは覚えてはいない。

 ただ、自分が着ていたグレーのパーカーとスリムフィットジーンズは所々が吐瀉物のような汚れが付いており、気がついた時には深夜1時半。


(俺は酒を飲んで酔っ払っていたんだな……)


 会社から自転車で10分程離れた6畳一間のボロアパートの一室、健吾の城で、健吾は絶望と解放感の入り混じった奇妙な感覚に陥っている。


 ブラック企業から抜け出せた人間は、退職をした直後、ドーパミンが大量に出ているかのような錯覚に陥るという。


 だがそれもつかの間の快楽、日数を重ねて行くにつれて、仕事が見つからないなどの社会から疎外されていく冷たい現実が徐々に心を蝕み、引きこもりとなっていく人間は後を絶たない。


「えーい、このままではいかん!」


 健吾は、スマホで退職後にすべきことを検索し始める。


(退職した後に離職票などの書類を持ちハローワークに出向いて、失業保険の手続きをしろ、か。あのクソ管理、そんなこと何も教えてはくれなかったじゃねぇか、さて、離職票が出る期間、どうやって暮らしていけばいいんだ?)


『退職した人間が真っ先にすべきことは、離職票等の失業保険の手続きに必要な書類を用意して、ハローワークに出向いて失業保険の手続きをする。失業保険には待機期間があり、自己都合退職の場合は3ヶ月、会社都合退職の場合は無く……会社都合での倒産の場合は、一年間、失業保険をもらうことができる、離職票をもらうのには一月掛かる……』


「なにぃ!?一月も掛かるのだと!?俺貯金が5万ぐらいしかねぇ!」


 健吾は給料の大半をパチスロや競馬、競輪や性風俗店、飲み代に使っており、2年半務めたのにもかかわらず貯金は5万円程、アパートの部屋の家賃は4万円であり、残

 りは消費税分を差し引いて数千円しか残らない。


「離職票が出るまでの期間、俺はどうやって暮らしていけばいいんだ……?」


 健吾の目の前は、昨日テレビの自然ドキュメンタリーで放送されていた光が届かない深海の如く、暗闇で覆い尽くされた。

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