闇を抜けたら

ヒロイセカイ

闇を抜けたら

 この仕事は捕まるリスクが低い。

 メッセージアプリから受け取り場所の指示が届いたらそこに向かい、受け取ったものをまた指示通りの場所に運ぶだけ。簡単な仕事だ。

 中身はオレオレ詐欺で郵送された金や騙しとったカードで引き出した金。時には何が入ってるのかわからない小包を扱うこともある。クスリ関係か、武器、事件に関わった証拠のブツという事もあった。


 今日指定されたのはとある閑静な住宅街にあるアパートの一室。

 管理人がいないアパートは仕事がしやすい。運良く住民と顔を合わせることもなかった。

 いや、住民がそもそもいないのか。夕方だというのに料理の匂いがしないのもそのせいかもしれない。

 指示された205と記された郵便受けを開け鍵を見つける。

 すでに持参した軍手を着けている用心深さは我ながら慣れた物だと思う。


 コロナの影響で全てを失って半年経った。

 18から銀座に出店している老舗の弁当屋で料理人をしていた。店は昨年業績が減ったがまだ店を続ける力はあった。しかしコロナがトドメを刺した。老舗と呼ばれるだけあって経営陣も年寄りが多く新たに出前業に乗り出すよりも廃業を決めてしまった。


 料理の腕に自信があり独り身で身軽だったからすぐに働き先が見つかると高を括っていた。しかし飲食業界は未だに不安定な上、まもなく50となる年齢が壁となり仕事を見つけらなかった。


 鍵を開け中に入るとクリーニングされたままの空き家だった。

 こういった空き家は不動産屋に下見を依頼した際に鍵の場所を記憶して利用するらしい。

 複数の不動産屋が突然やって来ることもあり近隣住民の知らない人間が数時間滞在したところで不審がられることはないのだという。


 ブー。暗闇の部屋にブザーがなった。


 ドアの覗き穴から確認する。

 大手の配達会社だった。

 ドアをあけると若い男が小包を持っていた。

「お届け物です。印鑑かサインをお願いします」

 メッセージにあった名前を書き小包を受け取る。

「ありがとうございました」

 配達員は暗い部屋を気にする様子もなく配達車の方へ駆けていった。


 スマホが揺れた。緊張が走る。電話だ。

「もしもし、剛田です」

「おお、タカシか。滝沢だよ。滝沢秀人。元気にしてるか?」


 修行時代に同じ料亭にいた滝沢からだった。

「お前がフリーになったって聞いたんだけど本当か?」

「ああ」

 一刻も早く立ち去りたいため、焦る気持ちから言葉が短くなった。

「そうか!良かった。実は俺の働いてるプリンスリバーサイドホテルのレストランの和食のシェフに空きが出たんだけどどうかと思ってさ。受けてみないか?」


 胸の中央が暖かくなった気がした。


「なんだって。それは本当なのか?」


「ああこんな状況だろ実家が心配で向こうで家業を支えたいって人がいてさ。オリンピックが来年に延期されたし人は減らせないんだよ」


 あるところにはあるってことか。

「わかった。今ちょっと用事があるんだ。後でかけ直すよ。ありがとう」

「まだ決まったわけじゃないからな。礼は決まってからだ。また夜中まで料理の話をしたいな」

「ああ」


 今の自分にあの頃のように夜中まで語り合う体力があるとは思えないが不思議と出来そうな気がした。


「じゃあな。明日にでも連絡くれよ」

「うん。わかった。じゃあな」


 通話を終えて、まだ自分が暗い部屋にいることに気づかされた。


 メッセージアプリに通知があった。

 アプリを開くと荷物の届け先が記載されていた。

 ここから1時間ほど移動したホームセンターの駐車場にある車の車内ということだった。

 電車を2つ乗り換え最寄りの駅から徒歩で5分ほどの場所にそのホームセンターはあった。指定されたのは駐車場にある青いセダン。このナンバーも廃車された車のものだろう。


 車のドアの鍵は空いていた。近くにいるのだろうか。中に置いてあった取り分の封筒と引き換えに小包を置き駐車場を後にした。


 駅までの道を歩きながら連絡アプリにメッセージを送る。


 業務完了。

 この仕事を最後に足を洗わせてもらう。

 あんたたちのことは誰にも何も喋るつもりはない。


 すぐに返信があった。


 確認しました。

 これまでおつかれさまでした。


 繁華街の大型ビジョンにニュースが流れる


「ひき逃げで歩行者を死亡させた疑いで逮捕された男が、事故当時、飲酒運転をしていたとして追送検されました。酒気帯び運転の疑いで追送致されたのはK県K市の無職19歳の男です。男は7日午後9時ごろ、無職剛田隆さんをひき逃げし、死亡させた疑いで逮捕されました」


 大型ビジョンの前で立ち尽くしていた滝沢秀人は歩行者の肩が当たってもその場からしばらく動けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

闇を抜けたら ヒロイセカイ @hiroi-sekai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る