第186話 敵として


 十二月二十日までにバルジャンは国王派の軍勢と五回遭遇し、四回ほど戦闘を行った。戦った相手はどれも西方から侵入したリスガルド軍であり、ブーリエンヌの寒村で略奪を行っていたのだ。敵勢はどれも二千から三千と少なかったから、全て一撃のもとに粉砕をしている。


 唯一戦闘に陥らなかったケースは略奪中のリスガルド軍が、突如として撤退したからであった。それが今、現在のことである。


 むろん、だからといって敵を放置することは出来ない。バルジャンは敵を追撃する為、全軍に前進を命じた。敵が分散しているうちに各個撃破で数を減らしておくことは、戦術的にも理に適っているからだ。


 しかしそこへ敵の増援が現れ、事態が一変する。

 姿を現したのは五千ほどの騎兵部隊で、リスガルド軍の撤退を援護する形で整然と突撃隊形を作っていた。じつに無駄のない、見事な用兵だ。

 これが為にバルジャンは、リスガルド軍の追撃を断念せざるをえなかった。


 一方でバルジャンも用兵の的確さと精緻さにおいては、天分の才がある。敵の隊形に反応して、彼も即座に馬上から叫んでいた。


「全軍をいったん止めろ! このまま突っ込んでも、縦陣の横腹を敵騎兵に食い破られて分断されるだけだ! 騎兵部隊を左右両翼に展開させて敵の側面攻撃を防ぎつつ、歩兵は敵を包み込むように横陣を展開ッ! ランベールの砲兵旅団を中央へまわせッ! 敵騎兵を誘い込み、一斉射を浴びせるぞッ!」


 この頃のバルジャンは、戦闘指揮も堂に入っている。ヴィルヘルミネと共にキーエフのランス侵攻軍と戦ったことが、彼に自信を与えていた。

 また、誰もいない所ではやる気を見せない彼だが、兵達の前では俄然やる気を出す。これこそ見栄と体裁を重んじる王国貴族の、面目躍如というものであろう。


「戦闘の極意は速さによって翻弄し、兵力を敵の弱点へ集中させること。この原則を守れば、そうそう負けることはない」


 それにバルジャンはヴィルヘルミネと行動を共にした結果、一家言を得ており、彼は将として「必勝の型」を身に着けていた。つまりそういう指揮官は、例外なく強いのである。

 ダントリクもそんなバルジャンをウットリと眺め、「ハッ! オラは男の子!」と自分に言い聞かせるほどであった。


 しかし今度はバルジャンの動きを見て取った敵の騎兵部隊が、陣形の再構築を始めている。

 今までのバルジャン軍は、縦に厚い陣形であった。それを横から崩す為に敵の騎兵部隊は太い矢のような陣形を構築したのだが、バルジャン軍が陣形を薄くして半包囲に出るとなれば話は変わる。


 敵騎兵部隊は陣形を三つに分けて、その先端を尖らせつつあった。一本の太い矢から、三本の細い矢へ変わったかのようである。どうやら敵はバルジャン軍を突破し、後背へ出ようという戦術に切り替えたらしい。


「バルジャン中将――……敵に一本取られただ。これじゃあ、三つの敵部隊のうちどれかが、オラたちの後ろへ出ることは間違いねぇ」

「なんだ、ダン坊。そりゃ負け戦ってことか? 敵の数は、こちらの三分の一以下だぞ。いくら横陣だからって、押し返せないのか?」

「戦は、数だけで決まるんじゃあねぇべ。そもそも敵は、こういう陣形をオラたちが敷くように仕組んだんさ。ほら、見てみるべ……敵の整然とした動きを。最初からオラたちの動きを予想していねがったら、こうは早く動けねぇべさ。いまさら気付いて、済まねぇけんども……」

「いや。そいつは、俺がしてやられた――ってことだろう。ここんとこ勝ちっぱなしだったから、油断した。くそッ!」

「でも大丈夫なんさ、まだ負けた訳じゃねぇ。だからこそ中将、ここからは、オラの言う通りにしてくんろ。負けない方法が、たった一つだけあるんさ」


 ダントリクは眼鏡の位置を左手で直しながら、前方で陣形を変える敵騎兵部隊を見た。黒髪の内にある彼の脳内では、無数の可能性が検討されている。

 その中で負けない方法というのは、針の穴に糸を通すような用兵が必須となるが、バルジャンならばそれが可能だろうとダントリクは踏んでいた。


「ふぅー……じゃあ任せるが……それにしても、だ。どうやら敵にも、用兵巧者がいるらしい。かなわんなぁ……」


 バルジャンが栗色の髪を掻き回し、天を仰ぎ見た。


「敵というか、バルジャン中将――……あれはレグザンスカ少佐なんさ。今回のことは彼女が敵に回ったことを知っていながら、その対策を後回しにしたオラの責任だべ」

「そう、なのか……? いやしかし、相手が彼女だって、どうして分かったんだ?」

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