第154話 ニーム攻防戦 16
「ま、待ちなさい、ゾフィー=ドロテア! 武器破壊なんて卑怯ですわよッ!」
「いま手に持っているモノは何だ?」
「
「しっかり武器を持っているではないか。何が武器破壊だ」
「わたくしは、鞭のことを言っていますのッ!」
怒りを露にして
ゾフィーはどうやって目の前の少女を無力化しようかと思案しつつ、ルイーズの放った攻撃を躱し腕を斬りつけた。利き腕の腱を切れば、戦闘力を失うはずだと考えてのことだ。
しかしルイーズも、父に相当鍛えられている。手首を捻って素早く刃を回転させると、ゾフィーの
それでも、二人は地力が根本的に違う。一合、また一合とぶつかるごとゾフィーがルイーズを押し込み、追い詰めていくのだった。
■■■■
ゾフィーは有利に戦闘を進めつつもルイーズに阻まれ、ヴァレンシュタインに対し決定打を与えられずにいる。こうしたもどかしい状況を変えたのは、やはりアデライードであった。
彼女が敵中を突破し、ヴァレンシュタインの前に姿を現したのは十六時十分のことだ。
それまでは何人の敵に囲まれても悠然と微笑を浮かべていた朱色髪の名将が、金髪の美女を前にするや、初めて笑みを消していた。
「やれやれ――側面からはゾフィー=ドロテア。正面からは君、か。独身の頃なら美女に迫られて嬉しかっただろうが、今の私は生憎と妻帯者でね。
ああ、私の名はザガン=フォン=ヴァレンシュタイン。せっかくだ、良ければ君も名前を教えてくれないか?」
「まるで私が、ダンスにでも誘っているかのような口調ですね、ザガン卿。私はレグザンスカ公爵家が三女、アデライード=フランソワ――推して参るッ!」
アデライードの鋭い斬撃が、ヴァレンシュタインの首筋に迫る。
ヴァレンシュタインは身を屈めて斬撃を躱し、同時に彼女の足を狙う刺突を繰り出した。
金髪の美女の太腿に血の花が咲くかと思われた刹那、アデライードは手を引き足を跳ね上げて。ヴァレンシュタインの攻撃は空を斬り、それどころか手首を強かに蹴り飛ばされていた。
一瞬の攻防だが二人の馬術と武技が抜きんでていることは、誰の目にも明らかだった。
馬がすれ違うとすぐに馬首を返して向き合い、二人は再び睨み合う。
アデライードはヴァレンシュタインを逃がす気など無かったし、ヴァレンシュタインもまた、近くで戦う娘が心配だったからだ。
「なるほど、武門の誉れ高きレグザンスカ家の者ならば、この手強さも納得できる。しかし革命派に与していたとは、実に意外だね」
「家は関係ありませんわ、閣下。私が今ここにいる理由は、ランスに生まれたささやかな自由と平等を守る為ですから!」
「自由と平等か――貴国の民が真実それを有難がっているのなら、さぞや貴重な大義であろうよ。しかしランス屈指の大貴族としては、いささか問題のある発言だと思えるが」
「なぜ?」
「知れたこと。民が自由と平等を手にすればするほど、レグザンスカ家にとって大恩ある王家が不自由になっていくのだから……な」
「大丈夫! 共存の道は必ずあるわッ!」
「ならば良いが――しかし双方が敵対した時はどうする? そもそも今、私がここにいる理由はランス王家の救済なのだがね。国王陛下や父君は、果たして君がこの場にいることを望んでおられるのだろうか?」
「詭弁を弄して私に慈悲でも乞うているの? 当世の名将も落ちたものね!」
「まさか――……
「だ、黙りなさいッ!」
アデライードは突き、払い、薙ぎ、斬り上げた。
しかし、その悉くをヴァレンシュタインは凌いでいく。それが可能だったのも、アデライードが動揺し、戦いながら様々なことを考えてしまったからだ。
――国王陛下は、決して革命を心から望んだわけではない。王妃様だって。分かっていた、分かっていたのよ。でも、そうしないと国が保てないから、だから――……。
「分かったよ。君は――裏切り者だ」
「わ、私は、誰も、裏切ってなんかいないわッ!」
アデライードは肩で息をしながら、ヴァレンシュタインを睨む。固くなった精神が身体まで硬直させて、いつもの動きが出来なくなっていた。
純粋な技量で言えば、アデライードが勝っているのだろう。けれどヴァレンシュタインの巧みな心理攻撃が、彼女本来の卓越した剣技を封じてしまったのである。
アデライードは再度、ヴァレンシュタインに猛攻を仕掛けた。突き出した
ヴァレンシュタインは防御から一転、手首を返して
「そんなッ!?」
歯噛みするアデライードを尻目に、ヴァレンシュタインは苦戦するルイーズの下へ行こうとした。しかし、アデライードの命令がそれを阻む。
「ヴァレンシュタインを囲めッ! 彼を討ち取れば、この戦いは勝利よッ!」
三騎がヴァレンシュタインの前に立ち塞がり、二騎が後方に陣取った。
「――まだ冷静さを残していたかッ!」
流石の名将もこれまでかと覚悟を決めたが、しかし、そこへ壮年の男が割り込み、後ろの二騎をたちまちのうちに討ち取って。
「公爵閣下を守り参らせよッ!」
ランス軍の二騎を討ち取ったのは、急ぎヴァレンシュタインの下へ駆け付けたベッテルハイム大佐であった。彼は第三高地を包囲する部隊を指揮していたが、二色の狼煙を見るや、すぐさま五百の騎兵を指揮して本営に駆け付けたのだ。
大声で叫ぶベッテルハイム大佐に呼応して、新手の兵が気合の叫び声を上げている。
「「「オオオオオオオオォォォォォォ! 公爵閣下を守り参らせよッ」」」
アデライードはベッテルハイムに斬られて主を失った馬を捕まえ、騎乗した。ヴァレンシュタインの前に再度立ちはだかり、斬り込んでいく。
「敵の援軍は少数だッ! もろとも蹴散らせッ!」
アデライードは敵の援軍を見て、かえって冷静になれた。命令を下すとヴァレンシュタインを守るべく立ちはだかったベッテルハイムを一刀の下に斬り伏せ、手傷を追わせて落馬させている。
ランス軍はこれを見て士気を高め、雄叫びを上げた。
「「「ウオォォォォォォオオオオオオ! 敵を蹴散らせェェェッ!」」」
こうして戦局は再びアデライード隊が優勢になった。しかし十六時三十分、またも形勢は逆転する。
今度はイシュトバーン隊が駆け付けたのだ。これで戦力比も完全に覆った。
イシュトバーンは先の戦いの疲れも見せず、一直線にヴァレンシュタインとアデライードが一騎打ちを演じる地点に駆け付けた。
「公爵閣下! 兄上、ご無事ですかッ!?」
「ああ、何とかな。そんなことより、ルイーズを頼む」
アデライードを見て只ならぬ気配を感じたが、ヴァレンシュタインの強さもイシュトバーンは知っていた。何より状況が状況だ。父が娘を心配する気持ちは理解出来た。
イシュトバーンは馬首を巡らせ、すぐ側で令嬢に相応しくない必至の形相を浮かべるルイーズを見つけ、馬を寄せる。
「ルイーズッ! 無事かッ!?」
「ぶ、無事なものですかぁ~~……どうしてお父様より先に、わたくしの下へ来ませんの、このバカ叔父上~~……」
激しい剣撃の応酬をしながらも常に劣勢だったルイーズの横へ並び、イシュトバーンがゾフィーの剣を弾き上げる。戛然とした音が響き火花が散って、ゾフィーは目を見開いた。相手の顔に見覚えがあったからだ。
「貴様、先日ニームにいたな? やはり斥候であったか――……ヴィルヘルミネ様が気に留められるなど、おかしいと思っていたのだ」
「ああ……誰かと思えば、ヴィルヘルミネの腰巾着か。随分とルイーズを甚振ってくれたようだな……覚悟しろよ」
――そういう訳ではないのだが……。
などと思いながら、ゾフィーは二刀を構えた。目の端に映る第六高地を見れば、状況は芳しくない。加えてこちらの現状も、劣勢に陥りつつあった。
これまでのゾフィーであれば、「何ほどのものかッ!」などと言って幾度でも突撃を敢行したであろう。だが今の彼女は冷静で、ヴィルヘルミネが出撃前、最後に言った言葉を思い出すことができた。
『――よろしい、ならば出撃じゃ。ゾフィー、アデリー。共に手を取り合い、敵の後背を衝け。あー……しかしの、戦術目標はあくまでも第六高地の敵を退けることじゃ。それがなれば、無理をすることは無いぞ』
――そうだ。ヴィルヘルミネ様の御命令は、第六高地の敵を退けること。ならば、その為の最善手は――……。
アデライードは未だヴァレンシュタインと激しく斬り結んで、状況の判断が出来ない様子。ゾフィーはギリッと奥歯を噛み締めイシュトバーンの突撃に備えつつ、頭の中で幾つもの計算を行っている。
そんな中、精魂尽き果てたルイーズは馬上でグッタリ、潰れてしまうのだった。
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