第4話 病院を作ろう 1


 真冬の最中、今日も屋台に現れたヴィルヘルミネに、ゾフィーは服も靴も買えない理由を訥々と語った。しかし彼女はそれでも最後は笑顔で、「でも、わたしは大丈夫ですから!」と言い切ったのである。

 もちろん赤毛の公爵令嬢は彼女の美貌を眺め癒されていただけなので、「で、あるか」と言っただけだ。内容は何一つ、頭に入っていない。自分で質問をしたくせに、酷い話だった。


 何しろゾフィーは白磁のように白い肌と輝くような黄金の髪、それらを合わせた容貌はヴィルヘルミネをして、百年に一人の美少女と言わしめるほど。赤毛の公爵令嬢は朝な夕なに彼女を眺め、出来る事なら舐め回したい。

 だからこそゾフィーを前にしたヴィルヘルミネは、目の前に餌を置かれてお預けをくらった犬のように、ハァハァしているだけだった。辛うじて大貴族の矜持が、彼女に暴挙を思いとどまらせているのだろう。


 なおゾフィーが語った内容は、およそ次のようなものだ。


「税は無くなったけれど、病弱な両親に治療を施す為、今は二人の姉が様々な医者を呼んでいます。その費用が嵩むから、自分の服や靴はどうしても後回しになっちゃうんです」


 もちろん、この話はゾフィー目線の事実である。いわゆる主観というやつだ。

 しかし、もしも客観的な事実を直視するならば、怠惰な姉二人が両親を片手間に看病しつつ、自分達の生活の面倒も勤勉なゾフィーに見て貰っている、という話に変わってしまう。


 つまり真実は、金髪の少女が家族から虐げられている、ということ。にも拘わらず、ゾフィーは一人で一家五人を養っている状態なのだった。


 この話をヴィルヘルミネと共に聞いたイケメン過ぎる家庭教師は、形の良い顎に指を添え、「ふむ」と考え込んでいる。彼は主の「で、あるか」という言葉に、様々な意味を感じていた。


 ――そうですね、ゾフィーの両親の為に何か出来る事はないか――と優しいヴィルヘルミネ様ならば、確実に考えていらっしゃるはず。


 などと考えるヘルムートだが、当のヴィルヘルミネは「イケメンいないかな」程度のことしか考えていなかった。

 あくまでも彼女は無表情なだけで、内実は口をぽかんと開けたその辺の子供と何ら変わらない。

 しかし誤解に基づく誤った判断から彼は満面の笑みを浮かべ、ヴィルヘルミネに一つの提案をした。


「ヴィルヘルミネ様、実は私の友人に優秀な医者がおります。この者にゾフィー殿のご両親を診させては如何でしょうか?」

「む、む――それは、どのような男だ?」


 ヴィルヘルミネの両目がギラリと光る。そもそも男であることを前提とし、尚且つイケメンかどうかが重要な判断基準だった。しかし令嬢の意思を、当然ヘルムートは誤解して答える。その者がいかに優秀か、熱弁を振るい説明をしたのだ。


「はい、彼はランス王立大学を私より一年遅れて卒業したのですが――……それも己の研究に明け暮れた為にございます。卒業後は軍医としてランス軍に従っていたのですが、昨今は情勢がどうにも不安定でして……、私としても、ちょうど彼を呼び寄せようと思っていたところ。

 軍医の経験から、治療した者の数は既に千人を下らず――既に論文もいくつか書いた、非常に優秀な男にございます。

 ……もしもお許しが頂けるなら、すぐにも召致しますが、如何にございましょう?」


 ヘルムートの言葉に、なるほど、期待できるな――とヴィルヘルミネは思った。何しろ彼の学友であれば、まずは若い。

 とりあえずは会ってみよう、イケメンだったら即採用――なんて考えた令嬢である。


「よろしい、ならば呼べ」


 こうして後に近代医学の父と呼ばれる男、ラインハルト=ハドラーと対面を果たすヴィルヘルミネなのであった。

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