呪いの小説

向日葵椎

第1話 呪いの小説

 幼馴染の優花ゆうかが学校を休んだ。

 高校二年の夏。最初は夏バテか……アイスの食いすぎで腹でも壊したか――なんて思ってたんだがそうでもないらしい。

 と、いうのもLINEに既読すらつかないからだ。アイツは信じられないくらいの速度で既読をつける。一芸入試で大学も余裕なんじゃないかと思うほどだ。


 そんなわけで俺は放課後優花の家へ寄ることにし、今インターホンを押そうとしているところで、少しだけ躊躇している。だって心配してきたのがバレたら恥ずかしいから。「べっ、別にアンタのことを心配してきたんじゃないからね!」みたいになっちゃうから。

 さて押した。言い訳はどうにかする。

 出てきたのは優花の母さんだ。うちの母さんが大学生のときから親しくしていた友人で、家が近いこともあって俺は小さい頃からよくお世話になっている。そういう事情で優花はもはや親戚のような感じだ。


「こんにちは。今日優花休んでましたけど、体調でも悪いんですか」

「カズくん心配してくれたんだ。ありがとう。優花だけどね、体調が悪いんじゃないみたいなんだよね。今朝から部屋に閉じこもっちゃって、しばらくほっといてほしいとしか言わないの」

「何かあったんですか」

「昨日は特に何もなかったと思うけど、……やっぱり失恋かしらね」

「失恋?」

「そう。こういうのは大体失恋でしょ。知らないけど」

「知らないけどって……もしかして心配の必要ない様子ですか」

「心配はしてるけど、まあこういうのは時間かかるでしょ。焦らない焦らない。それでカズくん様子見てく?」

「閉じこもったきりじゃないんですか」

「メシとトイレには出てくる」

「そういうのデリカシーがどうとかであんま言わないほうがいいっすよ」

「まあ上がって上がって」


 俺は玄関から入り二階にある優花の部屋へ向かった。

 優花の母さんは夕飯の準備中だったらしくキッチンへ戻っていったが、その前に「もし優花が出てこなかったら菓子でも食べて待っててくれ」と言い残してくれた。それと「最悪でも夕飯には出てくる」とも。


 優花の部屋にノックをしてみる。

 返事はない。

「優花ー。大丈夫かー」

 呼び掛けて待ったが、これでも返事はない。

 トイレにいる可能性も考えたが、なんとなしににドアノブに手をかけてみると鍵はかかっていなかったので入ることにする。

 怒られたらそれはそれで、怒れるほど元気なのを確かめようと思った、とかなんとか言っておけば数発パンチされるだけで済む。優花は俺の急所を的確に突いてくるので数発あれば俺を行動不能に追い込むのには十分なのである。


 さて部屋に入ると暗かった。電気はついていないしカーテンも閉められている。

 おそらくLINEに既読がつかなかったのは携帯の電源を切っているからで、俺はそのとき「刺激を避けてるんだな」と直感した。何かあったのは間違いないだろう。

 俺はベッドへ視線をやる。正確にはベッドの布団のふくらみに。どうやら優花はそこにいるらしかった。丸まっているらしく頭や足が見えない。さっき反応がなかったのは眠っていたからだろう。


「おい優花きたぞー」

 呼び掛ける。せっかく来たのだから少しくらい話しておいたほうがいいと思った。

 しかし起きなかったので手で体を揺する。


「入ってこないでよー」

 布団の中から声がしてモゾモゾ動き出す。

「どうしたんだよ急に学校休んで」

 手を離して待っていると布団から優花が顔を出す。

「勝手に入ってくるのやめ……ん?」

「よっ」

「入ってこないでよ! なんでいるの!?」

「さては母さんだと思ったな。いや実は――」

 そこで俺の意識は飛んだ。


 *


 俺はその場に膝をついて脇腹を押さえていた。さっき優花に殴られたのだ。優花の拳は俺の脇腹から肋骨ろっこつの下の柔らかい内臓を突き上げるように入ってきた。

 優花はイヤホンを外しながら口をとがらせる。


「で、何?」

「何って、学校休んだから見に来たんだよ。それよりイヤホンしてたら誰か来てもわからないだろ――ってそれより何よりいきなり殴るんじゃない。最近はそういう暴力的なの女子でもアウトな感じだからな!」

「はいはいフィクションですよー」

「俺の痛みはノンフィクションなの!」

「勝手に入って来るのが悪いんだよ。目的は済んだでしょ。帰ってよ」

「そうさせてもらうけど、携帯の電源くらい入れとけよ」

「……それは嫌だ」

「なんで」

「なんというか、パッとは言えない。ちょっとまとめるから時間が欲しい」

「了解」


 優花のいつものやつだ。優花は伝えたいことがすぐに言葉にできないと考えるための時間をとる。しゃべるのが苦手なのではなく、物事をちゃんと伝えることに優花なりのこだわりがあるらしい。

 このこだわりは優花が所属している文芸部でも発揮されており、仲間内で自作の小説を読みあうために作っている部誌で一番人気だ。ちなみに俺も同じ文芸部に所属して部誌用に小説を書いているが、これはクソ小説として定評がある。


「昨日わたしはある小説を読んだ。そして死にたくなった」

 優花はまとめ終えたらしく口を開いた。

「うん、まとまってるけどさ、それ読み進めないとわかんないやつだよね。ていうか後ろ半分が単なる表現じゃないなら絶対にやめろよな」

「昨日の夜、小説公開したあと暇つぶしにいろいろ読んでたんだけど。なんとなく気になるタイトルの小説があって、読んだら生きてるのが嫌になった」

「あのサイトの優花の更新分読んだぞ。いつも純文は読まないから毎回頑張って読んでる。だから陰鬱な小説読んだくらいで負けるなよ。優花も頑張って生きるんだ」

「小説の内容はそんなに暗くないんだけどね」

「どんなだ」

「あまり思い出したくないんだけど。山で一人で暮らしていた木こりが活気あふれる街に出て、人とたくさん出会っているはずなのに逆に孤独を感じていく話」

「それ暗くないの」

「細かい描写に木こりの心情が表れているから寂寥感が漂う部分は多いけど、全体として暗くはないよ」

「美少女は出てこないの」

「出てこないよ」

「それ今、優花のPCで読んでいいか?」

「だめ。タイトルだけ教えるから自分のスマホか家で読んで」

「どんだけ嫌な小説なんだよ」


 俺はスマホを取り出し、優花に教えられたタイトルを小説投稿サイトで検索した。

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