(5) 乾坤一擲
一方、その頃。華南ではーーーー
「あの、近衛府からご報告を申し上げまする」
玉夭は立ち上がり、一同を見回した。
明犀は早く言えとばかり顎をしゃくりあげる。
「先ほど上奏が届き、それによりますと我が華南の持ち駒は騎馬が三百。弓も残りわずか。城内にある武器は先日蛮族との小競合いで修繕が必要とのことで鍛冶職人のもとへあずけたままに。それを差し引いてもそれぞれの兵士に武器を支給するだけで手一杯。今現在、備蓄されている兵糧も三日が限度とのこと」
「武器もなく、兵糧もわずか三日分? 無茶苦茶だっ」
大臣のひとりが絶叫した。
だが鹿蘇はここぞとばかりそれを逆手にとる。
「とはいえ、一豪の隙もない軍などおりません、活路はそこにあります」
鹿蘇の言葉を聞き、皇王はスゥと目を細めると美麗なる唇に嘲笑をきざんだ。
備えが万全でなかったことが否めない。勝機をいっそう稀薄にする。
もはや城が落城するのは時間の問題。
妖怪に悩まされつづける蒼国にならって創建されたこの堅牢をほこる城塞都市とはいえ長いこともちこたえられるものではない。
「…………」
だが敵の目的とははたして城の陥落?
それならば平仄があわない。わざわざ公主の画の力をかりずとも兵をつのればよい。地獄の沙汰も金しだいの世の中。傭兵ならばもろ手をあげ喜んでこたびの侵攻にたずさわったはずだ。
なにより、これだけの重鎮たちがいながらなぜ話題にすらも掠めもしない?
「…………」
皇王はおもむろに立上がる。
次いでわざとがましくもくずおれ、疼痛のはしる膝に手の平をかざし、うずくまったまま動かなくなった。
「王!?」
一斉に重鎮たちは立ち上がる。
慌てて駆け寄ろうとするも、気ばかりが焦って尻もちをつくものが続出した。
あぃたたたーーーーとうめき声があがる。
「大事ない、古傷だ。伯陽すまぬ、肩をかせ」
「御意!」
ぎょっとして駆け寄った頭一つ分低い伯陽の肩に手をかけて玉座につく。
「すまぬ」
伯陽は目礼する。
その場から退こうとする伯陽の手を皇王はしかとにぎった。
「これをどうみる」
ゾッとするほど凄然なる声で耳うたれ、伯陽の表情がこわばった。
「どう、とは?」
「此度の奇襲をだ。おかしいとは思わぬか。卲郭にしても然り」
「というと?」
「自国の軍を動かさず妖怪まがいの戦士を率いるなど。まるでわざと神宿画の力のほどを試すようではないか」
伯陽の顔色に変化はみられなかった。表情すら常とかわりない。
「仰られている言葉の意図がまるでわかりかねます」
「そなたほどの奇策の名士でもか?」
「力およばず申し訳ありません」
伯陽は竹林の三賢者と謳われる三公仙。なかでもぬきにでた麒麟児の称号をほしいままにしてきた。
気づかぬはずがない。
知ってて告げずにいるのには何か理由が?
伯陽の真意を皇王ははかりかねた。
「この老いぼれ、老骨にむちをうち、身命をとしてこの命はてるまでお仕えいたしましょう。御身に落日がおとずれる、その時まで」
伯陽のあやなす落日発言は、はからずも口をついた伯陽の弱音のように聞こえた。
「伯陽?」と呟いた皇王の目顔が訝る。
「いやはや面目しだいもありませぬ」
ふほふほと笑声をあげ、白髯に手をおしあてる。
「!?」
ぎょっとして目をむいたのは他ならぬ重鎮たちだった。
ことに右左大臣にいたっては冷やかな視線を投げつける。
この非常時だ。不適切きわまりない。
が、伯陽はそれをもろともせず、声を潜めるでなし、声高々と告げる。
「ときに敵と申せば……」
「よい、申せ」
「はい。神代の戦士、神鬼によう似ております。神鬼とはその昔、蒼国が建国の太祖、蒼樹厭が西山の妖怪どもを制圧するさいに用いた戦士だとか。その折に孫悟空あらため、猿王を膝下に下されました。いま神鬼を動かせるとしたらそれは…………」
「あれか?」
「はい。神宿画をおいてほかにないと」
「おゃおゃ、伯陽殿。画に描いた戦士が敵の正体であると? バカらしい」
明犀が真っ向から否定すると皇王は明犀を正視した。
「伯陽、そなたの意見を聞こう。それで?」
「な!?」
にわかに明犀の眸に怒りがわきたつ。それもそのはずだ。大臣をさしおいて客人扱いの伯陽の意見に耳を傾けるというのだから。
明犀の面目は丸つぶれだ。
皇王の視線は明犀を素通りして伯陽にむけられた。
「敵の正体が仮に神鬼だとしたら、蒼国の神話からその対処法も読み解くことも出来ましょう。まずはできうるかぎりの最善の策をねりましょう。戦線で戦う兵士たちに報いるためにも」
「うむ」
皇王が頷いてかえすと明犀は声を荒げた。
「皇王様!! そのような素性のあやしい卑しい者の意見など耳をおかしめされるな。どうか……」
額を朱の敷物こすりつける。すると一同が平伏した。
「…………そなたらは! 伯陽さがるがよい。明犀は口を慎め、今は諍うときではない」
一喝をうけ、一同は口を歪め、朱の敷物を苦々しげに見つめる。
そうして伯陽が皇王のもとを退き、下段の所定の位置に座したその時。
「皇王様にお目通りをっ」
鉄扉のむこうから若竹のように凛とした一声が響いた。
ピク、と皇王の食指が動く。
長い袖を翻して鉄扉を指す。
「すぐに通せ!」
「はっ!」
扉を守る二人の兵士により鉄扉が開かれる。
ぎぃと重い音が鳴り響く。
その向こうにには姿勢を正してたたずむ兵士の姿があった。
「!?」
血染めの甲冑。
全身にわたり赤黒く、それがこの青年のものであるかもわからぬ。
目深にかぶった冑が遮り表情から戦況をくみとりこともできなかった。
終始うつむきかげんの青年はすたすたと皇王の御前まで歩みより、膝を折った。
「総帥よりの伝令です。敵は火箭および毒箭をあびようともろともせず、そのまま封鎖した第三の城門を突破、第四の城門に大挙して押し寄せております」
「なーーーー!?」
目の前が真っ暗になった。
火箭などはじめから無意味だった。敵は神の加護をうけし大地の精霊。それを具現化したにすぎない。
実体をもたない彼らは人知のおよばざるもの。ならば同じく精霊でなくばあの敵を打ち倒すことは不可能。
これが人の器の限界だ。
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
「火焔に伝えよ。手段は選ばぬ。なんとしても城への進行をくいとめよ!」
何としても、そう付け足した皇王の口角にツッと鮮血がしたたる。
それを受け伝令の若者が足早に退さると皇王は玉座に深く身を沈め、祈るようにしてゆっくりと双眸をとじた。
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