第60話 北と西の国家領主
「殿下、まもなく作戦地点です」
「そうか」
殿下と呼ばれた男は戦意を高めて答える。
「西のジェマリヌに先を越されるわけにはいかないからな」
「はい」
配下の騎士達も士気が高い。
そうして、クリュメゾンの東西南北にそれぞれある四国の一つ、 北部国家都市ボレアコースの領主ザグラス・グラジストは空港を占拠するべく行軍していた。
機先を制する。それがザグラスの座右の銘であった。
クリュメゾンの領主アランツィードの突然の暗殺。この突然舞い込んできた情報に対して即座に決断を下した。
そうしてまずは空路を制圧するために空港を占拠する作戦を立て、騎士団を編成し、その空港に向かっている最中だ。
まもなく、空港に到着する。
向かう途中で、諜報員からの報告で得た情報によると、空港は警察によって強制封鎖になっている。
「何故、そんなことを?」
ザグラスは参謀のハックに疑問を口にする。
「領主アランツィード氏を殺したのは火星人とのことで、妹君のファウナ嬢は捕らえるために躍起になっているそうです」
「なるほど。生かしては帰さない、そういう意思表示か」
「お察しのとおりです」
「おかげでこちらが付け入るスキができたというものだ」
ザグラスはブリッジのスクリーンに映し出されているクリュメゾン北部の地図へ視線を移す。
ハイラス・ゾーン――アンビュラスの旗船に領主は乗り込み、最前線に立っている。
『ジュピターの血族は音頭に立ち、武勇を示す』
それが彼等臣下の古くより伝わる習わしでもあり、最も尊ぶものであった。
ザグラスはそれを忠実に倣おうとしている。そうすることで木星皇ジュピターの座につけると信じて疑わないのが彼等だ。今の目的はクリュメゾンの地を手中に収めて、領地拡大の足掛かりとすることだ。
領主の死によって、クリュメゾンは大きく揺れている。
領主不在で空白になった中央国家都市を占領し、新たな領主に成り代われば、次代のジュピターの座に大きく近づける。
行軍中に妹のファウナが領主に即座についたのは計算外だったが、やることは変わらない。
新たなクリュメゾン領主の座を狙っているのは北の領主ザグラス・グラジストだけではない。東も西も南も虎視眈々とみなクリュメゾンの地を狙っている。
ピピピピ
地図に映っている赤いマーカーが空港へと向かっているのを示す音が鳴る。
「西か……!」
自分と同じように考えている勢力がもう一つあってもおかしくない。
西の領主アルマン・ジェマリヌフ。小競り合いで幾度となく交戦したことのあるまさに好敵手と呼ぶに相応しい男だ。自分と同じことを考え、ぶつかるとしたら彼だと思っていた。
現実はその通りに進んでいる。
「いきなり決戦になりそうですね」
「それもまた運命だろう。今日で決着をつける」
ザグラスと同じことをアルマンも考えているだろう。
「殿下、作戦時間になりました」
「うむ」
ハックは告げ、ザグラスは力を込め、号令をかける。
「これより、クリュメゾン北部空港を制圧する! 治安警察であろうが西のジェマリヌ軍であろうが蹴散らせ!」
ジュピターの子供であることを誇示するケラウノスの雷鳴を轟かせ、配下の騎士団の士気を上げる。
ズドォォォォォン!!
爆撃を放って、木星のマシンノイド――ソルダの軍勢が空港の滑走路に降り立つ。
クリュメゾンの空港側からすると北のグラジスト軍の突然の来襲であり、その為、対処が遅れてしまい、侵略を許すことになってしまった。
それに対抗すべく、クリュメゾン側も北部の軍を出撃させる。
ダイチ達が空港内で警官とレジスタンスの戦いに巻き込まれている最中、外ではそれ以上に激しい戦争が勃発していた。
空中では銃弾やビームが飛び交い、地上では降り立った騎士と軍人による剣戟と射撃戦が迸っている。
その戦いは時間が経つにつれて、どんどん広がり、空港のエントランスホールにまで届くのに長くはかからなかった。
パリリリリリン!!
テラスに張られていた強化ガラスの窓が割れ、ソルダが突っ込んでくる。
「おおぉぉぉぉッ!?」
ガラスの破片が雨のように降ってきて、多くのヒトの身体を切っていく。
だが、ダイチには突っ込んできたソルダの方に目を奪われた。二十メートルを超える巨大人型機動兵器が突っ込んできて圧倒される。
「間に合わなかったか!」
ユリーシャは歯噛みする。
「これが攻撃なんですか!?」
ダイチが訊くと、ユリーシャは首肯する。
「ええ、北のグラジストが攻め込んできたのよ!」
「なんだって、急に!?」
「領主が死んだからよ。話はあとで、メーチュ!」
「はい!」
メーチュと呼ばれた女性は、部下と思しき武装集団を引き連れてやってくる。
「民間人の避難状況は?」
「およそ三十パーセント程度で」
その数値が期待していたものより低かったせいで、ユリーシャは悔しさを顔ににじませる。
「北の侵攻が思ったより早かったせいか!」
バシャン!! ドゴォォン!!
すぐ近くで爆撃が響き渡っている。
戦争が今この場で起こっている。いつ巻き込まれて死ぬかわからない嵐の渦中だ。
「あなた達も早く避難するのよ!」
「避難ってどこに!?」
「避難用シェルター!」
「こちらです!」
部下の一人が案内役を買って出る。
「あんたは、どうするんだ?」
デランはユリーシャに訊く。
「私はここに残って一人でも多く民間人を保護して」
バァァァァァァァン!!
ユリーシャが答え終わる前に、爆音で遮られる。
「早く避難しなさい!」
ユリーシャは答える時間も惜しくなって、駆け出す。その先には戦いに巻き込まれた人が見えた。
「さ、こちらに!」
「なあ、ダイチよ?」
部下の男の呼びかけを無視して、ダイチへ呼びかける。
「お前が言いたいことはわかってる!」
「「あんなの見て放っておけるか!!」」
ダイチとデランは飛び出す。
爆撃や流れ弾が飛び込んできて、平気でヒトの生命を無造作に奪われていく。それは自分達だって例外じゃない。
「でいいやッ!!」
デランは剣を一閃し、飛んできた砲弾を撃ち返す。
ゾルダの攻撃が絶え間なく続いている。それは自分達に向けられてものじゃない。同じマシンノイドへの攻撃なのだが、数十メートルものの巨大質量を誇る者同士の衝撃は一メートル程しかないヒトであるダイチ達にとっては災害であった。
(前来た時、俺はこいつの前で逃げるしかなかった)
木星に来た時、ソルダに追いかけまわされた苦い記憶がよぎる。
あの時は逃げ回った挙句、逃げきれなかった。
「走れ、ダイチ!!」
フルートの声が聞こえる。
爆音の中でもはっきりと聞こえているから、何かのテレパシーかもしれない。と思いつつ、後押しされている気になる。
「おりゃッ!」
剣を振るい、銃弾を払う。
飛んでくる銃弾の対抗手段はパプリア教官の指導で無理矢理やらされていたけど、今は感謝すべきところだ。
今は集中し、自分が飛んでくる銃弾だけを感じ取り、身体を動かす。地獄の百発百中シミュレーションを耐え抜いた甲斐があったというものだ。
「おい!」
デランとダイチはなんとか切り抜け、ユリーシャと民間人へ駆け寄る。
「あなた達! まだ避難をしていなかったの?」
「ああ、あんたのことを放っておけなくてな!」
デランは爆撃に巻き込まれて失神している民間人を抱える。
「こいつをシェルターに運べばいいんだろ!」
「……いえ、もうその時間もないわ」
ユリーシャは諦観しきった表情で答える。
ピカーン!
ゴロゴロゴロゴロォッ!
目の前に光が走り、雷鳴が轟く。
「こ、こいつは!?」
デランにその身に受け、文字通り焼き付けられた記憶が蘇る。
「アングレスの奴がつかっていた……!」
ユリーシャは空を見上げて、忌々しげにその雷へ目を向ける。
「ケラウノス! 木星皇ジュピターの血を引くものだけが扱える雷の能力よ」
ケラウノスを放ったのはザグラスではなかった。
クリュメゾンへの侵略行為を開始したのは、北のグラジスト軍だけではない。
西部国家都市エリュデュシスの領主アルマン・ジェマリヌフも一軍率いて強行軍で空港を襲撃してきたのだ。
「予測よりも幾分か早いな」
ザグラスは自分のものではない雷に関心を寄せる。
「おそらく我らの到着の報を受けて急いだのでしょう」
ハックが答える。
「空港の制圧は?」
「予定の二十パーセントほど遅れています」
「クリュメゾン軍の抵抗も厳しかったからな」
「レジスタンスの出現もありますね。どうしますか?」
「奴が来たのなら、出向くしかあるまい。あとのことは頼むぞ」
「承知いたしました」
ピカーン!
ザグラスはケラウノスを発して、自分の位置を示す。
「これで奴はやってくるだろう。」
ピカーン!!
上空から雷が迸る。
ザグラスにはわかっている。
幾度となく戦いあった好敵手にして腹違いの兄弟アルマン・ジェマリヌフだ。
「――来たか」
ザグラスの目の前に白銀の巨人が降り立つ。
アルジャン・デュシス――西の領主が直接駆るマシンノイドだ。
「フフ、やはり貴様でしたか」
少年といっても差し支えないほど幼い顔立ちと小柄な体躯をした西の領主アルマンは自分の身よりも大きな槍を構え、地上へ降り立つ。
「この混乱の好機を攻め立てずにいつ攻めるかというものだ」
ザグラスはフッと笑う。
北のザグラスと西のアルマンが対峙する。周囲はその舞台を整えるかのごとく、競い合う。
それだけで状況が変わる。
北、西、中央軍、レジスタンス、それぞれ戦い合う混沌極まる嵐の中で、そこだけで台風の目のように静寂に包まれている。
しかし、台風の目というのは間違いなく中心であり、これは文字通り嵐の前の静けさであることを知っており、両軍はその恐ろしさをしているからこそ、と遠ざける位置で戦いを行っていることの表れであった。
最も激しくなる戦いはこれから起こる。
「今日こそ決着をつける!」
ザグラスもまた槍を構え、天雷のケラウノスを放つ。
「望むところです!」
アルマンもそれに受けて立つ。
雷が轟き、大気が震える。
それはヒトの身体にも作用し、敵対する者には恐怖を与え、味方する者には高揚を与える。
ザグラスとアルマンの軍勢が彼等二人を中心にして激しく戦い合う。
そして、中央にある二人もまたお互いの全能力を持ってぶつかり合う。
「「トネール・ランス!!」」
同時に声を発し、雷を纏った槍を振るう。
ザシャァァァン!!
起こった衝撃の風と熱が空港全体へ広がる。
それは一度だけではない。
槍と槍が交える度であった。
持ちうる技量と力のあらん限りを込められた領主と領主の攻撃がぶつかり合う。
ただの一撃の衝撃が数十人のヒトを吹き飛ばし、かわされた斬撃の剣風がマシンノイドをも斬り裂く。
「はあああああああッ!!」
「おおおおおおおおッ!!」
雄叫びとともに雷が迸る。
衝撃と雷によって空港全体が文字通り震えていた。
その衝撃は、ダイチ達のいるエントランスホールにさえ届いた。
「おおぉぉぉッ!?」
最初は地震かと思った。
ピカーン!!
しかし、雷光が閃き、雷鳴が響き渡ると、これはヒトの手によって引き起こされたものだと直感する。
「こいつは忘れもしねえ! ケラウノスだが、あの野郎より数段凄まじい!!」
デランは外へ目を向ける。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!
広い滑走路の方で、より強く雷が次から次へと放たれている。
「あれは二人の領主が戦っているからよ」
「二人の領主……?」
ユリーシャは忌々しそうに答える。
「北のザグラス、西のアルマンよ」
「その二人が、ケラウノスを使ってるのか!?」
「ええ、こうなったらもう手遅れよ。私達も離脱するしかないわ」
「まだ避難できてない連中がいるじゃねえか!」
デランはユリーシャに反論する。
「見捨てたくないのは私は同じよ。――だけど!」
ユリーシャが歯を食いしばって、答えようとする。
ズガシャーン!!
その時、衝撃波が洪水となって押し寄せる。
「うおおおおおッ!!?」
洪水だけでも凄まじかったがそれによって、空港にマシンノイドやヒトも飛ばされてきて、エントランスホールが半壊する。
「あ……!」
ダイチは呆然とする。
確かにヒトが巻き込まれているが、それ以上に凄絶なのは巻き込まれた空港にいたヒト達だ。何の抵抗もできず、ただ成すがままに飛ばされて、壁に叩きつけられたり、床に転がったりして、命を散らしていく。
助け出すヒトが巻き込まれて次から次へと助けられなくなっていく。
「ダイチ、気をしっかり持つんだ!」
「あ、ああ……!」
デランの呼びかけで我に返る。
ズガシャーン!!
再び衝撃波の洪水がやってくる。
「く……ッ!」
ダイチ達は足の踏ん張りをきかせて、なんとか踏みとどまる。
騎士としての厳しい訓練のおかげだが、逃げ遅れたヒト達はそうはいかない。
洪水に成すがままに飲み込まれていく。
「うわぁぁぁぁぁぁッ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁッ!!」
雷鳴が轟く中、何故か悲鳴だけが鮮明に聞こえてくる。
(助けに……!)
そう思ったところで、ヒトはどんどん死んでいく。
(くそ! 俺達も避難しないと……!!)
いつ自分達がああなってもおかしくない。と思うと恐怖から思考が切り替わる。
「ダイチ、お前も避難するべきだと思うか?」
デランが問いかけてくる。
「いや、俺だって……!」
ダイチは歯がゆさから避難したいという気持ちを抑えて、答える。
「お前、震えてるぞ」
「――!」
デランの指摘でダイチは恐怖で震えていることに気づく。
ズガシャーン!!
そうこうしているうちに、衝撃波は容赦なく襲い掛かる。
もう、自分達以外生き残っていないのではないか、と逃げ出す為のような不安までこみ上げてくる。
「あぅ……」
目の前に自分と同じくらいの見た目の女性が落ちてくる。
「大丈夫か!?」
ダイチは呼びかけるが、気を失っているせいで応答が無い。
「くそ!」
見捨てておけないとダイチは女性を抱きかかえ、デランは今駆け寄った女性を抱える。
そうすることで二人は気づく。今自分が抱えて救えるのはこの女性一人だけだということを。
「その人だけでも救うのよ。さあ早く!」
ユリーシャは促し、脱出を始める。
「ちくしょう!」
「デラン……」
ダイチは謝るように呼び掛ける。それと同時にすぐに逃げようという想いも込めた。
「気にしてる時間ももったいねえ、急ぐぞ」
「ああ……!」
ダイチとデランはそれぞれ女性を抱えて、ユリーシャを追いかける。
ズガシャーン!!
そして、衝撃波の洪水が押し寄せる。
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
ダイチは雄叫びを上げて、衝撃波をジャンプ一番で飛び跳ねてかわす。
女性を抱えながらも、生存本能をフルに働かせ全速力で駆け抜ける。おかげで瞬く間に空港を抜け出た。
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