第57話 火星人連行

 その一言で一瞬時間が止まったかと思った。


「え……?」


 ダイチの間の抜けた声がする。


「遺体って、どういうことだよ?」


 デランが誰に言うでもなく疑問を口にする。


「死んだということですね」

「そんなもの、言われんでもわかっとるわ。ただ国家領主が死んだとなると、これは只事ではないぞ」


 フルートがそう言うと、否が応でも緊張が走る。


「何かあったの?」


 そこへ場違いな気の抜ける声がする。シャワーからあがったエリスだ。


「この国の領主が殺されたんだってよ」

「はあ?」


 エリスは一瞬驚いたが、呆れたように返す。


「それが私達になんか関係あるわけ?」

「あ、いや……」

「エリスは楽観的ですね」


 すぐに返答できなかったダイチに代わってミリアが茶化す。


「どういう意味?」


 エリスは睨みつける。


「国家領主が殺されたのです。国は混乱して、交通網がマヒするかもしれません」

「マヒしたら、どうなるっていうのよ?」

「土星行きのシャトルが止まりません」

「なッ!」


 エリスは不満の声を上げる。


「それは、冗談じゃないわね」

「なあ、なんでその領主様は殺されたんだ?」


 デランは率直に訊く。


「さあ、わからないわね」


 マイナが言う。


「私ら、木星に来たばっかしだし、その領主のこと全然知らないじゃない」

「昨日のテレビで顔を拝見しただけですものね」

「いけすかない顔してたから、どっかの誰かに恨まれてたんじゃないの」

「お前は身も蓋も無いな……」


 エリスの言い草にダイチは呆れる。


「いやいや、あながち間違いとは限らないぞ」

「フルート?」

「領主というのは様々な交流を行うものじゃ。一番偉いのじゃからな。それだけ恨みも買いやすい」

「つまり、容疑者は無数にいるってことか」

「そういうことじゃ。じゃが、居城で殺されたということは警備はそれなりに敷いているはずじゃろ。それを殺すとなると」

「簡単にはいかないな。よっぽどの手練れだろ、そりゃ。簡単には捕まらないんじゃないか?」


 デランの言葉に、エリスは面倒そうに頭をかく。


「面倒ね……」

「捕まるまで交通がマヒするとなると時間がかかりそうですね……」

「いっそ、私達で捕まえる?」


 と、とんでもないことを言ってくる。


「んなこと、できるのかよ? 賞金首捕まえるのとはわけがちがうんだぞ」


 かつて、火星で賞金首を情報を集めて、見つけて、追いかけてようやく捕まえたことをがあるが、それとは状況が違いすぎる。

 情報も土地勘もまったくないところで、領主殺しをやりとげた犯人を捕まえる。

 口にするのは簡単なものの、そう簡単にいくはずがない。


「警察も血眼になって探していることだろうしな」

「簡単にはいかないでしょうね」

「言ってみただけよ」


 ダイチとミリアのぼやきに、うんざりしたかのようにエリスは返す。


ザザザァァーザザァー


 激しい雨が窓へ叩きつけられる。


(嵐……長引くのかな……?)


 ダイチはその雨音に不安を掻き立てられる。


「あれ、イクミは?」


 エリスはイクミの姿が見えないことに気づく。


「あんたがシャワー浴びている間に出かけたわよ」


 マイナが答える。


「出かける?」

「木星にいるチャット仲間って言ってたわね。なんか連絡とりながら調べてたみたいだし」

「こんな時に出かけなくても……ちょっと探しに行こうかしら?」


 エリスは気まぐれにそんなことを言ってくる。

 退屈なのか。あるいは、身体を動かさずにはいられなくなったのか。


「いや、こんな広い街で見つかるわけ……」

「散歩するだけよ」

「散歩って、嵐だぞ!」

「じっとしてられないのよ。あんたもついてくる?」


 こうなると、エリスはいってきかない。


「あ、ああ……」


 ダイチは条件反射に答える。

 しかし、なんとなく今のエリスは一人で出歩かせられない気がした。


ガタン!!


 その途端、出入り口のドアが開き、武装した集団が入ってくる。


「――!」


 ダイチ達は反射的に身構えた。


「動くな!」


 その中で一際目立つ装備をした男が発する。


「我々は治安警察だ!」

「け、警察!?」


 ダイチは驚く。


「警察が何の用だっていうのよ?」


 しかし、エリスはまったくいつもの調子で、いやむしろ不機嫌に答える。警察とはいえ、勝手に部屋に踏み込んできたのだから気分を害するのもわかる。


「この部屋に火星人が泊っていると聞く。お前か?」

「ええ、そうよ」


 エリスは即答する。


「……私も、です」


 続けて、ミリアが答える。


「……お」


 ダイチは「俺も」と答えようとしたが、ミリアが「言わなくていいです」と目で合図を送る。


「二人か。ホテルの情報だとあと一人いたはずだが」

「所用で出かけました」


 ミリアは何食わぬ顔で言う。


「それで火星人の私達に何の用?」


 エリスは喧嘩腰で問いかける。

 事と次第によっては殴りかかる気満々で、ダイチはハラハラする。


「――連行する」


 男は威圧感のこもった声で宣言する。


「なッ!?」


 ダイチは驚き、エリスは呆気にとられる。

 即座に集団はエリスとミリアを取り囲む。


「こいつら!」


 エリスは拳に力を込める。


「――エリス!」


 ミリアが静止するように発する。


「く!」


 エリスはそれで我慢する。

 それで止めなかったら、エリスは確実に一人殴り倒していただろう。


「抵抗するな、大人しくしろ」


 男はどこまでも高圧的であった。

 それがエリスの苛立ちを掻き立てる。いや、エリスだけではなく、デランやマイナも。


「私達は連行されるような悪行をした覚えはありませんが」


 ミリアも口調こそ丁寧だが、語気がやや荒く、彼女を知っている人間だったら腹を立てていることはすぐわかる。


「アランツィード氏の殺人容疑だ」


 男はそう答えた。


「アラン、ツィード? って誰?」


 エリスが間の抜けた声で言う。

 ダイチは緊張をそがれたが、同時に苛立った。


「この国の領主だよ! 今話してた!」

「ああ!!」


 納得してくれたようだ。


「とぼけた顔をして」


 警官の男はぼやく。


「とぼけてなんかいませんよ。この娘(こ)は興味ないことはすぐ忘れる単細胞ですから」

「た、単細胞って!」


 エリスはミリアへギィッと睨みつける。


(上手いな……)


 ダイチは感心した。

 エリスの怒りの矛先がミリアに上手いこと向いた。


「ともかく、連行する」


 男は強硬手段に出る。


「お、おい、俺達はずっとホテルにいたんだ! その領主様を殺せるわけねえだろ!!」

「そうじゃ、ダイチの言う通りじゃ! エリスもミリアもずっと部屋におったぞ!」

「命令で、容疑者である火星人は全て連行することになっているのだ」

「なッ!?」


 ダイチ達は絶句する。

 火星人を全て、って、この国に火星人が今どのくらいいるか知らないが、いくらなんでも容疑者が多すぎる。


「さ、大人しくこい!」

「それを聞いて黙っているわけないでしょ!」

「エリス、落ち着いてください」


 ミリアがエリスを制する。


「わかりました。大人しくついていきます」

「ミリア!」


 これにはエリスだけではなく、ダイチ達も驚いた。


「ここで暴れて余計な余罪をつけられるとかえって面倒ですよ」

「だ、だけど、私達何もしてないのよ」

「何もしていないのならすぐ解放されますよ」


 ミリアは胸を張って言ってのける。


「……しょうがないわね」


 エリスはそれで渋々納得する。


「というわけなので、ダイチさん。あとはよろしくお願いします」

「い、いいのかよ? 何にも悪いことしてないのに?」

「大丈夫ですよ。すぐ疑いも晴れると思います」


 ミリアはそう言うが、ダイチは不安を禁じ得なかった。

 この警察の物腰、すぐに解放するとは思えないし、無実の罪を着せられて牢屋送りにだってあり得る。

 だけど、ミリアが言う通り、ここで暴れたらそれこそ公務執行妨害か何かで本当に犯罪者にされる。

 ミリアが大丈夫というなら……と、迷った挙句、ダイチはそう結論付ける。


「わかった……」

「ご迷惑おかけします」

「……そんなこと言うなよ」


 迷惑なんて思っていないから、と続けて言おうとしたが、既に二人は歩かされて部屋の出口に向かっていった。


「まったくもって横暴じゃ」


 フルートは悪態をつくが、この場にいる誰もが同意した。


「木星も悪いところじゃないかも、って思ってたのにな」


 デランは頭をかく。

 昨晩、『……来てよかったよ』と言っていた。

 木星は敵国で、戦争で戦ったわけじゃないけど、木星人と実際に戦って敵対意識はあった。それでも木星にやってきて、そう悪いところじゃないかもしれない、と見直してきた矢先だっただけに、苛立ちは大きい。


「なんだって、エリスとミリアが疑われるんだよ」

「容疑者は火星人だって言ってたわよね?」


 マイナが言うように、警官はエリス達が、アランツィード氏の殺人容疑で連行すると言っていた。そんなの身に覚えが無い。

 昨日来たばかりの国で、会ったことのない領主を殺す。昨晩はエリス達はずっとホテルにいたから殺せない。

 殺す理由が見当たず、殺さない理由ばかりが思い浮かぶ。

 何から何まで疑われる理由は無い。

 犯人は火星人。容疑はその一点だけだ。


「たったそれだけで逮捕されるのかよ……?」

「ん、待てよ。火星人っていやもう一人いなかったか?」

「あ……!」


 デランに言われて思い出す。

 連行されたのはエリスとミリア。ここにはいない、出かけているのが一人いたはずだ。


「イクミだ!」


 あいつも連行されているのか。

 出かけているところを急に囲まれて連行されてはしないだろうか。

 心配になって、ダイチはディスプレイを操作してイクミを呼び出す。


『ダイチはんか』


 そこで、イクミがまったくもっていつもの調子で返答してくる。


「無事か、よかった……」


 ひとまず無事な顔が見れて一安心。


『なんや、うちを心配してくれてたんか? って、そんな様子でも無さそうやな。なんかあったん?』


 イクミは察しよく悪ふざけを止めて真剣に訊いてくる。


「それがな……」


 そんなわけで、ダイチは今起きたことをかくかくしかじかと話した。

 国家領主アランツィードの死。

 いきなり踏み込んできた警察の武装集団。

 容疑者は火星人ということで、エリスとミリアが連行されたこと。


『なるほどな~、それでうちに連絡してきたちゅうわけか』

「ああ、その様子を見ているとそっちじゃどうだ? あいつら、火星人を片っ端から連行しているみたいな感じだったけど」

『いや、こっちまで手がまわってないみたいや。せやけど、街には戒厳令が敷かれてるのか、静かなもんや』

「戒厳令?」

『交通規制やな。それでみんな外出を控えてるみたいでな。おっと、向こうで検問みたいなものもやっとるな』

「検問?」

『ありゃ、連れていかれた。ダイチはんのいうとおり火星人を片っ端から捕まえようとしてんな』

「大丈夫かよ!?」

『ああ~捕まった、ダイチはん~助けてくれ~!』

「……おい」


 あまりにもわざとらしいジェスチャーつきなので、胡散臭くて心配する気が失せた。


「ふざけてる場合か。そっちの危ないみたいだから、助けに」

『おっと! その必要はないで!』

「はあ?」

『そっちにおるんは、マイナはん、フルートはん、デランはん、ダイチはんやろ。火星人はおらんからわざわざ危険を冒すことはないで』

「だけどな、お前を放っておけないだろ」

『あ~ダイチはん、優しいな。せやけど甘えるわけにはいかんのや』

「茶化すなよ。今からそっち行くから場所教えろ」

「ダイチにだけは行かさんぞ! 妾も行くぞ!」


 フルートはソファーから飛び跳ねて、ダイチのもとへ駆け寄る。


「いや、お前は残っておけよ」

『大所帯になってくるとかえって目立って捕まりやすいで。ウチ一人でなんとかするからダイチはん達は大人しくホテルで待機しときーな』

「だけどよ……!」

『ここまで言っても納得してくれんか……

そや! こういうのはどうや? ウチは絶対につかまらへん! 頑張って逃げ切るさかいにダイチはん達はホテルで待機しとってくれな! そのかわり、もし捕まったら絶対助けに来てくれんか?」

「捕まったら助けに行く?」

『そや! ダイチはんやデランはんやったらそのぐらい出来るやろ?』


 そう言われて、ダイチはデランと顔を合わせる。


「あの程度の警官だったら、十人いようが百人いようが蹴散らせるぜ」


 頼もしい返事をくれる。


「デランが百人なら俺と合わせて二百人だ」

『おおし! そんだけ倒せるんならラクショーやな! もし捕まったら、絶対に連絡するから助けに来てくれーな!』

「ちょ、ちょっと待て!」

『あ、シャトルの便は八時間後やから。上手く言ったら港で落ち合おうや』

「港か……」

『そんじゃ!』


 イクミはさっさと通話を切る。


「あいつ、勝手なことばかり言いやがって……」


 ダイチはぼやく。


「ま、口論じゃ勝てないわよね」


 マイナは呆れと同情の視線を寄せる。


「あやつが絶対に捕まらないと言っておるのじゃから、大丈夫じゃろ」


 フルートは再びソファーに腰掛ける。


「そんなこと言って、捕まったらどうするんだ?」

「その時は、ダイチが助けるじゃろ?」

「簡単に言ってくれる」

「おぬしはちいと心配性すぎる。少しはあやつのずる賢さを信頼せい」

「ずる賢さって、褒めてないよな?」

「当然じゃ」


 しかし、確かにイクミの情報収集力やそれを駆使する知恵なら一人でもなんとかできそうな気がする。


(あれ、そういえば……)


 そこでふと疑問が浮かぶ。


(イクミの能力ってなんなんだ?)


 エリスの体温上昇による身体能力向上。ミリアは熱放出による残像。だけど、イクミの能力は一体何なのかわかっていない。


 火星人の能力の特徴は熱系統と聞いているが、それだけでは推測することすらできない。


(港でイクミに会えたら聞いてみるか)


 既にイクミは港に向かっているものだと信じて疑わなくなっていた。

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