第55話 木星の人々

 木星はその大きさの割に、自転の速度が速い。

 そのせいで、昼と夜の感覚が短く、あっという間に夜がやってくる。

 夜になったらホテルに落ち合う約束をしていた為、ダイチ達はホテルにやってきた。ほうほうの体で。


「さあ、着きましたね」

「ああ、く、苦しい……」


 ミリア以外は腹を抱えて、苦しみながら歩いている。


「あやつだけは何故平気なのじゃ……?」

「さあ……付き合い長いけど、胃袋が底なしだとしか言いようがないわね」


 フルートとエリスは恨めし気にミリアを見る。


「どうしたのですか、皆様?」


 ミリアの態度はどこまでも白々しい。


「ダイチ、こいつ一発殴っていい?」

「俺に訊くまでもなく殴るつもりだろ?」

「残念ながら今のお二人から一発もらうようなことにはならないと思いますよ」


 ニコリと笑うミリア。


「……なあ、俺も殴りたくなってきたぞ」


 ダイチは拳を握る。

 ただミリアの言う通り、今の重たい腹では返り討ちに遭うのが関の山なのが目に見えている。


「ああ、あいつの口車に乗るんじゃなかった……」


 ダイチは後悔した。

 木星名物ジュピターパフェ。以前木星に訪れた時に目にしたことがあるが、相変わらず圧巻のボリュームであった。木星の雲海を連想させる巨大な生クリームとそびえたつ高層ビルのごときタワーケーキ。

 前回食べ損ねたから味わうことが出来なかったが、やはり三、四人で食べられる量ではない。これにミリアは挑戦してみたが、残したとあっては罰金を支払わなければならないと店員に釘を刺されたので、ダイチ達も完食するため食べた。

 なんとか完食は果たしたものの、結果はご覧の有様だ。

 重い腹をもって、なんとかホテルに辿り着いた。

 今は一刻も早くベッドに突っ伏して横になりたい一心だ。


「なんや、もうついてたんか」


 イクミの声がする。


「ああ……」

「どうしたんだ、お前等? 悪いもんでもくったのか?」


 ダイチ達の具合の悪い様子を見て、デランは不審そうに訊く。


「その逆だ。良いものくいすぎて腹がきついんだ」


 ダイチは皮肉で返す。


「はん?」


 デランには言っている意味がわからなかった。




 領主は御城に住むもの。

 太古の昔、それこそ全てのヒトが母なる星・地球にいた頃から言われていた習わしともいえるものであった。

 第四区中央国家都市クリュメゾン領主もそれに従って、都市の中央に御城を構え、居城としていた。一般庶民からしてみれば一度は見てみたい名所であり、一度は住んでみたい憧れの的でもあった。

 しかし、当の住人であるアランツィードからしてみれば、生まれた時から単なる帰るべき自宅でしかない。故に如何に雄大で雄々しいたたずまいも見慣れたものでしかない。

 そこには、帰ってきたという感慨しかない。


「本日のお勤め、ご苦労様でした」


 エアカー――ダイチの目からしてみれば空飛ぶ車を運転する初老の執事のオラム・アイリオスが労う。


「ああ……ジェアン・リトスを必要数、配備する予算がとれたことは幸いだった」


 アランは公務の疲れから一息つきつつも、達成感を帯びた声色で言う。


「アラン様の手腕だからこそなせたことです」

「そういってもらえると嬉しいよ。だが、彼らがこの程度で諦めるとは考えられない」

「あくまで抑止、ですか……」

「それも、いつまでもつかはわからない。十年先、一年先、あるいは明日かもしれない」


 オラムは眉を顰める。


「それは杞憂であってほしいものですな」

「杞憂になるものか」


 オラムは冗談のつもりで発言したのだが、アランは即座に否定する。


「奴等は貪欲だ。決してここを諦めるものか」

「そう、でしょうか……」

「もっとも、私も向こうを諦めるつもりはないのだがな。

――あれは抑止の盾でもあり、扇動の剣でもあるのだから」

「はあ」


 オラムは嘆息しただけで、エアカーを進める。

 一切の危うさもなく、心地良ささえ感じる着陸で城の内庭へエアカーを停める。


「おかえりなさいませ、お兄様」


 いの一番に、ファウナが出迎える。


「ただいま、ファウナ」


 アランは毎日眺めているにも関わらず、見惚れてしまう。

 ファウナ・テウスパール。美しい桃色の髪をした、天使のごときドレスをまとった相応しい御城の姫君にアランの妹。


「お勤めご苦労様でした。中継での御姿、雄々しかったでございます」

「ありがとう。しかし、あの中継の主役は新しく配備されたジェアン・リトスの方だ」

「いいえ、ここがクリュメゾンで、お兄様がその領主である限り、いつだってお兄様が主役です」

「気恥ずかしいものだな」


 アランは頭をかく。


「今日は一日勉強していたのかい?」

「いいえ、ディバルド卿から武芸の手ほどきを受けておりました」

「なに?」


 ファウナの返答を聞いて、アランの顔が険しくなる。


「姫様から強くご要望がありましてな」

「卿……」


 アランはその険しい顔つきのままに、ファウナの後ろに付き添っていた騎士へ視線を向ける。

 ディバルド・ブランシアス卿――二メートル程ある身長に鍛え抜かれた鋼の肉体が甲冑越しでも見る者に威圧を与える。一目見ただけでも名のある騎士だとわかる不惑の年齢に達している男性は、この御城の近衛騎士団の団長であり、アランやファウナの武芸の師範でもある。

 だが、アランはディバルドがファウナに武芸の師事をしていることを快く思っていない。


「ファウナに武芸を教えるなと何度も言っている」

「護身の為です。姫様の生命を狙う輩は後を絶ちませぬから」


 ディバルドは悪びれた様子もなく申し開く。


「私も自分の身は自分で守りたいので」

「ファウナ……」


 アランは頭を抱える。


「何があっても、俺がお前を守る。だから、お前は自分を守る必要はないのだ」

「お兄様……」


 それは兄の優しさであり、ファウナにとってはこの上なく嬉しい言葉であった。


「ですが……」


 しかし、それを素直に受け入れるだけでは、甘えでしかない。そうファウナは考える。


「私(わたくし)はお兄様の負担にはなりたくないのです。自分の身は自分で守れればお兄様も思う存分戦えるのではないですか?」

「………………」


 アランは黙考する。

 妹のファウナは内気で遠慮がちな性格だが、一度言い出したらきかない頑固な一面がある。どうすればわかってもらえるか。


「ファウナ……気持ちはありがたいが、守るべきモノがあるからこそ私は戦えるのだ。

それに下手に戦う力をもてば、相手も相応の力をもって殲滅する。剣を振るえば剣で斬られ、銃で撃てば銃で撃たれる。ならば戦う力さえもたなければ生命を落とすことはない。戦わないことで生命を守ることに繋がることだってあるのだよ」


 アランは出来得る限り、優しく諭すようにファウナへ語り掛ける。


「……ですが」


 しかし、それでもファウナは反論しようとする。

 兄の意見は正しいとわかっていても、自分の考えも間違っていない。言葉こそ紡げないものの、瞳がそう語り掛ける。


「ディバルド卿」


 アランはそれに気づきつつも、自分の意見は告げたから十分だと判断した。だから、ファウナから視線をそらし、ディバルドへ向けた。


「ファウナに武芸の稽古をつけるのは、もうやめてくれ。またするようであれば、お前の近衛騎士団長解任も考える」


 それだけ言って、アランは城の自室へ向かう。


「お兄様……」


 ファウナは引き留めようとするものの、アランは制止をきかない性分だということを良く知っていたから諦めた。


「姫様、差し出がましい真似をして申し訳ありません」


 ディバルドが一礼する。


「……いえ、私の方こそ無理なお願いをして、あなたの立場まで危うくして……」

「主君の望みを叶えるのが近衛騎士の役目です」

「主君? 主君はお兄様ではないのですか?」


 ディバルドはその問いかけに対して、答えることは無かった。




 ホテルのベッドの横になって、しばらくして大分楽になってきた。

 隣のベッドでは、エリスとミリア、フルートは既に寝息を立てている。食べたすぐ後に、身体は悪いのになと思ったが、地球人と火星人ではそのあたりの身体のつくりは違うのかなとも。それとイクミやデランはいない。どこかへ出かけたのか。

 ふと外を見てみる。

 空には雲海があって、その先には嵐がうごめいているのだろう。そこから地上へ視線を移すと穏やかなもので、平和な街並みである。

 そんな街並みを見ていると、なんとなく歩いてみたくなってきた。


「気分転換に散歩もいいか……」


 ベッドから出て、部屋を出る。

 来た時に上がってきたエレベーターをそのまま使う。

 このホテルは五十階で、ダイチの感覚からしてかなりの超高層なのだが、今さっきの雲海を突き抜ける展望ビルを上がった後だとどうにもスケールダウンしているな気がする。


(感覚がマヒしているな……)


ドン!


 ダイチはそう思っているとエレベーターは1階につく。

 あっという間だったから、余計にこのホテルが小さく感じてしまう。

 ホテルを出てみると、相変わらずの高層ビルの街並みであったが、見慣れてきたせいか下を見る余裕がある。

 空飛ぶ車。金星や火星でもちょくちょく見かけていたが、この星での往来はけた違いに多い。それだけヒトが多いということなのだろうが、少し窮屈に感じる。

 視界を埋め尽く空飛ぶ車の群れを見ているとそんな気がする。

 さらに地上では、数多の木星人が往来で行き交っている。


(いや、あれは木星人か……?)


 自分が木星人ではなく地球人であることを思い出す。それと同じように木星にやってきた火星人や金星人はこの中にいるかもしれない。

 確かめる手段は無いし、確かめようとも思わない。

 広場に来た。高層ビルの山々に囲まれた中にポツンと出来上がった盆地のような広場であった。


ブゥゥゥゥン!


 そこで聞き慣れた風の音が聞こえる。

 デランが振るう剣によって巻き起こる風だ。


「ここにいたのか」


 ダイチはすぐに声を掛けた。


「ああ……」


 デランは剣を振るう腕を止める。


「シャトルですっかりなまっちまったからな」

「そうは見えなかったけどな」


 ダイチがそう言うと、デランはフッと笑って見せる。


「お前もするか?」

「いや、剣を置いてきた」

「レーザーブレードがあるだろ?」


 デランは腰のポケットに収納している携行式のレーザーブレードを指す。

 重さもないし、かさばることもないから肌身離さず持っていた。


「学園じゃ、模造刀だったしな」

「別にそのあたり、堅苦しくしなくていいぜ。槍使おうが銃使おうが勝ちゃあいいんだって、パプリアが言ってただろ」

「あの教官だったら、槍や銃を使っても勝っちまうからな」


 デランは「まったくだ」と言わんばかりに笑う。


「とりあえず、素振り百回だな」

「おう!」


 デランとダイチはお互いに「いーち!」と素振りを始める。

 金星の騎士養成学園エインヘリアルでの過酷な訓練を受けた二人にとって百回はあっという間に終わった。


「よし!」

「やるか?」


 デランからダイチへ合図を送り、応じる。

 この素振りは準備運動。本番の組手をする。エインヘリアルではそうしてきた。

 まず、デランが斬りかかる。ダイチがそれを受ける。


一! 二! 三!


 速度と威力が振るう度に増してくる。

 何百何千とやってきて、その太刀筋は慣れているおかげでなんとか受けられる。

 打ち合った回数が百を超え出した頃、デランは一段速度を上げる。

 ここまでくると、ダイチの反撃も難しく防戦一方になる。


(ここから反撃したら、えらい目に遭うんだよな! だけど、今日ぐらいは!)


 タイミングを見計らって、ダイチは斬り返す。


「――!」


 思わぬ反撃でデランが面を食らう。


(いただきだ!)


 その顔を見て、ダイチは反撃に成功した、と確信する。


キィィィィィン!


 甲高い金属音が鳴り、火花が飛び散る。


「惜しかったな!」

「……そりゃないぜ」


 デランは不敵に笑い、ダイチは苦笑する。

 左腕を金属のように硬質化させて、デランはダイチの一撃を受けた。


パチパチパチパチパチパチ!!


 いきなり周囲から拍手が沸き起こる。


「な、なんだ?」


 ダイチとデランは呆気に取られてしまって、剣を下ろす。


「二人ともすげえな!」

「思わず魅入っちまった!」

「面白い大道芸だったぜ!!」


 周囲の木星人はそんなことを言ってくる。


「だ、大道芸だあ!?」


 これにデランは憤慨する。


「ふ、ふざけるな! これはただの組手だ、みせもんじゃねえ!!」


 それに圧されて、木星人は呆気にとられる。


「え……? でも、凄かったぜ」


 一人の少年が素直にそう言ってくる。


「あ、あぁ、そうか……」


 デランはわかりやすく照れる。


「あんたら、他の星から来たのか?」

「え、ああ……金星からだ」

「わかるんすか?」


 ダイチが青年に訊く。


「いや、他の星のヒトがよく芸をしていてな。あんたらもそれかと思って」

「芸じゃなくて組手だっつーの……」


 デランはぼやくが、観衆は聞こえていない。


「兄ちゃん達、すげえな!」


 少年は純粋に目を輝かせる。


「ああ……」


 デランにそれに対して曖昧な表情を浮かべて答える。




「……調子、狂うな」


 ホテルに戻ってエレベーターに乗ると、デランはぼやいた。


「見られると緊張するのか?」

「いいや」


 デランは首を振る。


「学園で注目されるのは慣れてるよ」

「ああ……」


 そう言われてダイチは納得する。

 何しろ、学園エインヘリアルでは珍しい二人しかない男の学生の内の一人だ。散々女子生徒から好奇の目にさらされたことは容易に想像がつく。ダイチも他の星からの男の留学生ということで注目された経験があるからなおさらだ。


「ただここが木星だと考えるとな」

「思ってたより、周りは敵だらけ、ってわけじゃねえだろ?」

「ああ……正直木星人はアングレスみたいな奴ばっかだと思ってたからな」

「そいつは極端すぎるぜ。エリスだって言ってるだろ、俺達とそう変わらないヒト達だって」

「その通りだったな、むかつくけど」


 デランは頭を抱える。


「……来てよかったよ」


 エレベーターは泊っている部屋の階に着く。


「お前等についてこなかったら、知らないままだった」

「感謝されるようなことじゃねえよ」


 ダイチは先にエレベーターを出る。


「さて、シャワー浴びてひと眠りするか」

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