第53話 第四区中央国家都市クリュメゾン

チャミー「今、木星に向かってるとこやー」

ラッカセイ「金星をもう出たんか」

ほおわ「キエエエエ!! もう我が母星に向かっているというんか!?」

ロイヤルカード「チャミー氏とほおわ氏が邂逅を果たすか」

チャミー「おお、そやそや。せっかくやから。ほおわ、会わへんか?」

ほおわ「ニャオワッ!? 木星がどんだけ広いと思ってるんだ!? そんな簡単に会えるわけないだろがぁぁぁぁッ!!」

浪速のよっしー「ああ、また発狂してはるな」

ラッカセイ「しかし、ほおわの言う通り木星は広い。そう簡単に会えるものではないな」

ほおわ「そ、そそそそう! そうだそうだ! お前と会えるはずがないんだ! お前が、第四区中央都市クリュメゾンに来ない限りなぁぁぁぁぁッ!!」

チャミー「お、奇遇やな。うちがこれからいくのも、そのクリュメゾンなんやで」



『まもなく当機は木星の雲海に入ります。シートベルトをしっかり締めてください』


 シャトルのアナウンスが入る。


「しかし、これもすげえよな」


 見るのはこれで二度目だが、息を呑まずにはいられない。

 木星を覆っている雲海。その中の一つの赤斑に突入する。


(たしか、これだけでも地球が何個も入るやつなんだよな)


 事実としてはそうなのだが、あまりのスケールの大きさにピンとこない。


ズザザザザザザ!


 シャトルがガタガタと揺れる。

「これが三十分ほど続くのよね」

「その間、ずっと嵐の中か! 舌を噛むぞ!」

「だらしないぞ。もっとドンと構えておれ」


 フルートはダイチの膝の上で一切揺れることなく構えている。


「お前、どういうバランス感覚してるんだ?」

「妾は冥王じゃからな」


 そういう様子を見ていると、その台詞が大げさじゃないと実感させられる。


「ギゴギゴギゴギゴギゴギゴ!」


 隣の方で、デランとマイナが二人仲良く擬音を口にしている。揺れに弱いみたいだ。


「お前等、いつの間に仲良くなったんだ?」

「そ、そんな、ゴゴゴ、仲良いわけ、ギギギ、ないだろ!」

「そ、そうよ、ギギギ! どうみたら、ガガガ、そうみえるわけ!?」

「いや、仲良くガタガタ言ってるじゃねえか」


 そんなことを言いながら、隣を見てみるとエリスは窓の方を見ていた。


「すげえ嵐だな」

「ええ……」


 茶色の雲に覆われて先は見えないが、目まぐるしい速度で蠢いている。時折、雷のような光がピカッと遠くで閃いている。もし、この中に放り込まれたら、いくら純粋なエヴォリシオンを持つ地球人でも生きていられる自信は無い。そう感じさせる程に激しい嵐であった。

 そうして、夢中で眺めているうちに渦巻く雲の光景が晴れる。シャトルは雲海を抜けたみたいだ。


「第四区中央国家都市クリュメゾン。それが今向かってるとこや」

「だ、第四区、中央、国家?」

「なんや知らんかったんか?」

「まあな。こちとらチンプンカンプンだ」

「ダイチはんは素直でよろしいな」


 イクミはニヤリと笑う。

 教えたがりの血でも騒いだのだろう。右も左もわからないことだらけのダイチにはありがたい。


「ええか、木星は太陽系最大の惑星だけあってデカい。とにかくデカいんや! 直径だけでも火星の二十倍! 百以上の大陸と千の国家があるんや!」

「ひゃ、百の大陸……」

「せ、千の国家……」


 その説明を傍から聞いていたデランとマイナはその数に圧倒される。


「すげえ数だな」

「そう、すげえ数や。あまりにも多すぎるもんで、首都バルハラを……この前、行ったとこやな。そこを中心に星全体を三十六の区画に分けて、中央国家を設けたんや」

「ああ、それで第四区か」


 それでも、一つの大陸。一つの国家なのだからとんでもないスケールの話である。


「ほら、そろそろ見えてくる頃や」

「おお!?」


 ダイチ、デラン、マインはこぞって窓へ顔を近づける。

 そこに広がっていたのはどこまでも広がる雄大な大陸に、雲海まで届く超高層ビルが山脈のように連なっている光景であった。


「「「おおぉぉぉぉぉぉぉッ!?」」」


 三人揃って、驚嘆の声を上げる。


「これが木星か!」

「見るのは二度目だけど」

「ああ、やっぱり凄いぜ!」


 金星の優美な街並みとは、また趣の違う見る者を圧倒させる雄大な木星の超高層ビル群。それはこれこそ太陽系最大の街だと誇示しているかのようであった。


「まったく、はしゃいじゃって」


 エリスは頬杖をついている。


「エリスは見ないのですか?」


 ミリアが訊く。


「……見てるわよ。こんなの火星じゃ見ることができないものね」


 そう答えるエリスは窓から一切視線を移さなかった。


「――ただ、なんかむかつくわね」




 シャトルは宇宙港に着いて、入国の手続きを滞りなく終える。

 この流れは金星と全く同じで、もう慣れたものだ。


「あっさり通ったな」


 デランは拍子抜けした様子だ。


「不法入国してきたわけじゃありませんからね」


 ミリアは何気なく言うが、ダイチは否が応でも思い出される。


「あの時はドキドキものだったな」

「イクミの偽造IDでしたものね」

「今だってそれを使い続けてるんだよな、よくこれで通るもんだよ」

「ウチの偽造技術は太陽系一やからな!」

「あんまり大きい声で言うなよ」


 今だってバレやしないか、不安はあるのだから気が気じゃない。


「さて行こうか。土星行きの便は二十八時間後やからな」

「一日とちょっとか」

「地球の感覚で言うとそやな。せっかくやから観光しようや!」

「賛成です!」


 ミリアが文字通り諸手を上げる。


「あんたはこの前、名物を食べ損ねたものね」

「はい! 付き合ってもらいますよ、ダイチさん!」

「なんで俺!?」


 できればごめん被りたいものだ。あんな巨大建造物をまた見せられるのは正直きつい。


「今日はギガース・ブフ・ドーンに挑戦したいのです!」

「え、なにそれ!? ギガースって巨人だっけ? 見るからにやばそうなやつなんだけど!?」

「ああ、ガイドブックによるとギガース・ブフっていう巨大食用生物の肉を加工して、丼(どんぶり)っちゅうデッカイ器に盛りつける料理やそうや」


 イクミが解説しだす。


「え、ど、どんぶり……? ちょっと、そのガイドブック見せてくれ!」

「ほい!」


 イクミはガイドブックのブラウザページをダイチへと飛ばして見せる。


「あ~~」


 そこに映っていたのは、ダイチにとって見慣れているものであった。


「これ、牛丼じゃねえか! つーか、でけえよ! 人間一人丸ごと入るんじゃねえか、この丼!?」

「さすが木星です! スケールが桁違いです!」


 ミリアも目を輝かせる。


「そういう方向性でも桁違いなのかよ!?」

「さあ、行きましょう! ダイチさん!」

「あ、いや、俺は……! そんなに食えねえぞ!」


 ミリアは無理矢理手を引く。


「あてて、こら! 関節極めてんじゃねえ! わかったわかった、いくから!」

「あ、こら! ダイチ! 妾を置いていくでない!」

「しょうがないわね……」


 エリスとフルートは二人の後を追う。


「いってらっしゃーい!」


 イクミは手を振って見送る。


「って、お前は行かないのか?」

「ああ、うちはうちで別に用事があるからな。ついてくるか?」

「あ、あんたの用事に興味があるからね!」

「ホントは迷子になるからやろ」

「そ、そんなわけないでしょ!」

「別に行くあてもないしな。ついていってやるよ」


 慌てふためくマイナとは対照的に、デランは落ち着いている。


「おうおう、素直でよろしいな。そんじゃあ、うちについてきな」




 木星は巨人達が住む街といわれているのをどこかで聞いたが、そんな気がする。

 雲海を貫くかんばかりにそびえるビルの数々は天に届く巨人が住む家のようで、見上げては圧倒される。


『本日、クリュメゾン中央基地に新しく配備されたマシンノイド『ジェアン・リトス』の隊列のお披露目がありました』


 ビルの超大型スクリーンに巨人かと見紛うほどのマシンノイドが並び立つ光景が映っていた。


「まるで巨人だな」

「ええ、火星や金星のものより大きいわね」


 憎々しげにエリスは言う。


「お前、よくあれと戦ったな?」

「大した事じゃないわ、あんなのデカいだけの的よ」


 デカいだけ……よくそんなことが言えるものだと、ダイチは思う。

 今スクリーンに映っている『ジェアン・リトス』という機体は、以前戦ったシュヴァリエよりも大きいように見えるが、それでもシュヴァリエだって十分に巨人と見紛う程に大きく、相対した時に「もうダメだ」と絶望させられた。

 そんなシュヴァリエにエリスは堂々と立ち向かい、両腕を失いながらも撃破した。

 両腕を失ってようやく勝てる相手を、ただデカいだけと言える胆力に感心する。


「でも、あれフェストに出てきた機体に似てるわね」

「フェストですか? 確か木星の技術を使った機体が出場してたんでしたよね?」

「ええ、決勝で戦ったわ。やたらデカかったわね、あれも」


 ホテルでダイチも生中継の録画をイクミに見せられたから知っている。

 ノイヘリヤ。木星の技術を使っているだけあって、全長三十メートルを超えるようで、十八メートルのヴァ―ランスの倍近くある。ヴァ―ランスでも十分すぎるほど大きいと思っていたのに、それよりも巨大な敵である。

 それと同じ木星の機体が隊列を成しているのだから、まさに巨人の軍団である。


「ま、我が冥王星のモノに比べれば大したことないがな」


 フルートは得意げに言ってくる。


「冥王星のやつはあれよりデカいのよ」

「いいわね。そういうデカブツとやりあってみたいものね」

「そういう台詞、よく言えるな」


 俺にはとても無理だ、と密かに心の中で付け加える。


「情けないこと言わないの」


 そんな心を見透かしたのかのように、エリスは睨んで言ってくる。


「エインヘリアルで鍛えこんだんでしょ?」

「巨人との戦い方までは教わってねえよ」


 そんなダイチの返答を聞いてか聞かず、エリスは先に行ってしまう。


「エリスはダイチさんに期待してるんですよ」

「期待? あの言い方で?」


 嫌な期待のかけ方だと、ダイチは心中でぼやいた。


『視察に参られたクリュメゾン国家領主アランツィード氏も満足げな表情を浮かべていました』


 続いてスクリーンは、その領主の顔を映す。


「いけすかないわね、あの顔……」


 エリスはそうぼやく。


「そうでしょうか、端正で中々の好青年だと思いますが」


 ダイチもミリアの言った通り、整った顔立ちに爽やかな微笑みを浮かべている。

 歳は地球でいうと二十代前半で若い顔立ちなのだが、木星人ということを考えるとダイチとは十倍以上年齢が離れていそうだ。


(俺のじいちゃんやひいじいちゃんよりも年上なんだよな……)


 そう思うと、その端正な顔立ちにも貫禄があるように見えてくる。


「あんた、男の趣味悪いわね」


 エリスは言う。


「そんなに気に入らない顔か?」


 男のダイチから見ても美形だと思うのだが、エリスの散々な言いようであった。


「うむ、ダイチほどではないが、中々のイケメンだと思うんじゃが」

「……俺はそんなにイケメンでもないぞ」

「いけすかない顔をしている、っていうか、腹の内で何考えているかわからないようなやつよ、あれは」

「政治家というものはみなそういうものではないでしょうか。表はにこやかに、裏はどす黒く」

「ま、そんなのより、あんたの方が裏表がない分マシね」

「そこで俺かよ……」


 褒められているのかわからない言い方に、ダイチは微妙な気分になる。


「フフフ」

「なによ、その笑い?」

「いいえ、エリスもえり好みするのだと感心したところです」

「……褒めてないわね、それ?」

「あ、わかりますか」

「あ~」


 また始まった。と、ダイチは面倒そうに頭をかく。


「お前等、言い争いする前にあれ見ろよ」

「ん?」


 ダイチが指差した方に、あったのは【イヴェール・ルヴニュ】と電光掲示に掲げられた店であった。


「何の店よ?」

「さあ。とにかく入ってみればわかるだろ」

「何の店かわからないのに、入るの?」


 エリスは不満顔だ。


「せっかくのダイチさんの提案ですからね、行ってみましょう」


 ミリアがフォローしてくれる。

 本音を言うと、二人のやかましい口喧嘩を止められたら何でもよかったんだけど。

 そんなわけで、エリスも渋々ながらついてきてくれて入ることにした。


スゥーン


 巨人がくぐれそうなぐらい大きな自動ドアが開く。


「む、無駄に大きいわね」


エリスは感心する。


「巨人が入ってきても大丈夫そうですね」

「ここまでされると、巨人ってやつがいるのかもって思っちまうな……」


 木星に関してまったく知見がないだけに、あるいはと思ってしまうダイチであった。


「ああ……あれのせいなんじゃないの? 無駄にデカいわけ」


 エリスの視線を追ってみる。


「おお!」


 ダイチは思わず感嘆の声を上げる。

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