第24話 金星最強の騎士


 アグライアとファーデンが斬り合っている間に、左右からヴィーナスに目掛けて銃口を向ける集団がそれぞれいた。


(あのファーデンが圧されている……!)


 ファーデンの実力を知るクップァは、アグライアに圧されている様を見て衝撃を受けていた。が、想定内であった。

 敵は、金星の皇・ヴィーナスであり、その護衛についている騎士団・ワルキューレ・リッター。

 こちらの力量を大きく上回っていることは当然予想出来る。ならば、ファーデンが時間を稼いでくれさえすれば十分であった。

 時間を稼いでくれた分、クップァのチームによる制圧を仕掛けて、ヴィーナスを殺す。

 その作戦に駆り出されたのは、九人。予定外のアクシデントがあって、二人は脱落してしまったがここまで来てしまっては後には退けない。

 いざとなったら、刺し違えてでも突撃する。そういう覚悟をクップァは決めてここまでやってきた。


グサッ!


 仲間の一人に弓矢が突き刺さる。

 これはアグライアの他にもう一人いたワルキューレ・リッターの弓【グシス】の担い手レダ・メリアールの仕業。その腕前は機関銃よりも速射に優れ、狙撃銃よりも正確ときく。

 おまけに突然の消灯にも関わらず、即座に狙撃手を見つけて弓を射ったことから夜目もきくのは明白。


(厄介な奴が……!)


 そう心中で吐かずにはいられなかった。

 銃よりも速く強く正確な弓が、この暗闇から放てるなど計算外にも程がある。が、それでも勝利するのは我々だ。

 左右からバラけて襲いかかれば、いかにワルキューレ・リッターでも対処は出来まい。


――が、ここで想定外のことが起こった。


「グブゥアッ!?」

 テロリストの一人が蹴り飛ばされて無力化された。


「また貴様らかぁッ!」


 クップァは声を張り上げた。

 その先にいたのはエリスとマイナであった。


「あんた、水星人のくせに遅いわね」

「お前が喧嘩っ早すぎるのよ」

「チィッ! ヴァント!」


 クップァは傍らにいた壁を想起させる大女ヴァントがエリスの行く手を遮るように立つ。


「このデカブツが!」


 エリスは蹴りを放つ。

 しかし、ヴァントは腹に蹴りを受けても平然と立ち、反撃に拳を打つ。

 エリスはそれをかわし、さらに飛び上がってサマーソルトキックをヴァントの脳天に直撃させる。


「ぐあッ!」


 これにはヴァントもよろめく。


「――ヒートアップ!」


 エリスは熱気で髪を巻き上げつつ、回し蹴りを放つ。


「おぐわッ!」


 横っ腹を蹴られヴァントは横にくの字に身体が折れ曲がる。が、それでも、倒れること無くなんとか踏ん張る。


「やっぱ、腕が無いと重心が安定しないわね」


 エリスは今放った蹴りの違和感に不満を漏らす。

 腕がないせいで身体の重心が安定しない。そのせいで本来の蹴りの威力とは程遠くなってしまっている。それにしては、鉄を砕く勢いがあった気はするが。


「こうなったら、数打ちゃいいか!」


 一瞬で切り替えて、蹴りつける。腹に目掛けて、蹴って蹴って蹴って蹴って蹴りまくった。


「ぐふッ!?」


 あまりのめった打ちに、たまらずヴァントは倒れる。


「どんなもんよ!」

「ああ、乱暴者だね。もっとスマートにできないのか」


 マイナは言うと、エリスはムスッとする。よく見ると足元にテロリストの一人が倒れている。

「この身体で出来るわけないじゃない」




 エリスがヴァントを倒した時、クップァはヴィーナスの喉元に刃を突き立てようとした。


「させるかぁぁぁぁぁッ!」

「ッ!」


 完全に横から現れた少年ダイチに不意を突かれた。

 レーザーブレードを振り上げ、右肩を斬られた。


「うぐぅッ!」


 なんとか、肩当ての装備に当たるようにそらした。が、そのせいで右肩が上がらない。


「これで倒れねえのかよ!」

「詰めが甘いんじゃよ」


 斬りかかってきたダイチの傍らにいる幼いフルートがいる。クップァはどうしてこの無関係であるはずの二人がここまで駆けつけてきたのかわからず混乱する。


「――いや、今はヴィーナスだ!」


グサ!


 その結論が出た瞬間に、矢が左肩を突き刺した。


「グフッ! いや、まだまだまだぁッ!」


 しかし、両肩から血が溢れ、両腕を紅に染めてもクップァは止まらなかった。


「お、おい、」

 その気迫にダイチは圧された。

 もう両肩が上がらず、足で立っているだけでやっとのはずなのに殺意は衰えること無く、むしろ、倍増していた。


「止まれよ、もう勝負はついたはずだろ!」

「戯言をぉッ! 奴を殺さなければぁッ!」

「なんで、そうまでして……!?」


 ダイチにはわからなかった。


――何故そうまでしてヒトを殺そうとするのか。


「ダイチ!」

 そこへいきなりフルートが前に出る。

 飛び出たフルートは、クップァの顔に向けて手をかざす。


「ぁ、ぁ……」


 クップァは小さな悲鳴を上げて、瞳を閉じて倒れ伏せる。


「フルート、なにをしたんだ?」

「催眠波じゃ、弱っておったから効果てきめんじゃったわ」

「お前、そんなことも出来るのか」

「妾は冥皇じゃからのう。それにお主のピンチとあっては黙っておれんかった」

「ぴ、ピンチだったか?」

 ダイチにその自覚は無かった。

 敵の気迫に圧されて、焦るところはあったけどピンチというほどのものではなかったはずだが。


「あのまま、やったら負けておったぞ」

「そんなわけ……」

「気持ちで負けておったんじゃ」

「う……!」


 いつもと違うフルートの厳しい口調に言い返せなかった。




 ファーデンは剣のような爪を駆使して、アグライアの聖剣による猛攻を耐え抜いていた。とはいっても、アグライアがまだ本気を出しておらず、様子見程度なのは明白であったが。


(フェルンに続いて、クップァまで……!)


 他の仲間が次々とやられていくのが見える。気づいてみれば、もはや残っているのは自分一人だけであった。

 こんなときは……と、そこでファーデンはその判断を踏みとどまる。


(いや、もう奴に頼るわけには……!)


 聖剣の切っ先を眼前に突きつけられる。


「ぐ……!」

「投降しろ。もう勝敗を決した」


 アグライアは刃を胸へと突き刺すように言い放つ。

「投降、だと……!」

 ファーデンは憤慨した。


「今更、後に退けるかよ!」


 最後に残った一本の爪をアグライアへと向ける。


ガキン!


 が、アグライアはそれを聖剣で折る。

「……そうか。男にしてはよくやったがここまでだ」

 アグライアは残念そうに言い、容赦なくファーデンの身体を斬り裂いた。




「……わかった」

 報告を受けた男は、通話を切る。


「どうでしたか?」


 いつの間に、背後に立っていた外套のヒトが問いかけてくる。


「全滅だった……ファーデンもクップァも一矢報いることすらできずにやられたそうだ」

「ふむ」


 外套は揺れる。だがヒトの顔はその外套に阻まれて見ることはできない。


「奴らはワルキューレ・リッターを侮っていたのね」

「いや、彼等の実力不足だ。元々成功するとは思っていなかった」

「捨て石か」


 外套にそう言われて、男はニィッと笑う。


「ああ、次はこうはいかない。俺は宇宙港に潜ませていた部下を回収する」

「そうか、ではまた……」

「次の情報も期待している」


 男と外套はそれだけやり取りしてそれぞれの道へ歩き去る。




 掌握されたセキュリティは解放され、消灯されたシャンデリアに再び灯りが灯る。

 そこで駆けつけた警備隊に、襲撃が失敗したファーデン、クップァを始めとするテロリスト達は直ちに捕縛された。


「ヴィーナス様、この者達の処遇はおまかせください」


 レダは胸に手を当てる敬礼をして、進言する。


「頼みましたよ。ですが、しっかりと手当をお願いしますね」

「はい! アグライアは引き続きヴィーナス様の警護をお願いします」

「承知しました、レダ卿」


 レダは警備隊へ向かう。


「フフ、頼もしいことです」

「ですが、今回は我々に慢心と落ち度がありました。あの者達がいなければ御身を守れたかどうか……」


 アグライアは、「ダイチ達」を指してあの者達と言う。

 自分は前方で襲い掛かってくる狙撃手とクップァにのみ、気を取られていたためあれだけの数が一斉にヴィーナスを殺しにかかってくるとは思いもしなかった。

 そのせいで、守りきれたかどうかわからなかったため、アグライアは自省するばかりであった。


「謙遜は良いですが、少々度が過ぎていると思いますよ。それにあれぐらいの危機ならば自力でなんとかできましたよ」


 もっともヴィーナス自身はそうは思っていなかったようだ。


「陛下、不要な発言は控えてください」

「そうでした……フフッ、すみません。それより、一つ頼みをお願いできますか?」

「頼み、といいますと?」


 ヴィーナスはニコリと微笑む。


 長い付き合いのアグライアにはこういう微笑みが何を意味するのかすぐにわかった。


「あの者達と直接話がしたいです」


――自分を困らせるような発言をするときの笑み、であった。

 しかし、アグライアは逆らうことはせず、ダイチ達を招き寄せた。

 アグライアからしてもヴィーナスを救ってくれた者達だったので、悪い感情は抱いておらず、拒む理由は無かった。


「ヴィーナス様が直接礼を言いたいそうで、差し支えがなければ同行していただきたい」

「ヴィーナス様からお礼を!?」


 一番に驚いたのはマイナであった。

 その次はダイチだったのだが、意味がよくわからずに唖然とするだけだった。エリスとフルートは当然と言わんばかりに特に驚きはしなかった。というより、火星の皇・マーズと何度もやり取りしているせいで、慣れてしまったのかもしれない。


「いや、俺達は別にお礼が欲しくてやったわけじゃ……」


 ダイチは照れながら断ろうとした。


「何言うてまんねん、断る理由はあらへんやろ」

「ええ、正当な報酬はいただくべきです」


 だが、イクミとミリアがこれに反論した。


「うむ! 皇としてのヴィーナスを見ておきたいしのう!」

「フルート、お前まで……」


 というか、アグライアに対して失礼じゃないかとダイチはヒヤヒヤする。

 幸いなことにアグライアは気分を害していないようだ。気にも留めていないという方が正しいか。


「別にいいんじゃない。貰えるモノなら貰っておきましょう」


 エリスまで反対しなかった。

 ダイチとしてもこれ以上、反対するつもりもないので誘いを受けることにした。


「話の件、喜んで受けるわ」

「そうか。話が早くて助かる。……ん、君は?」

「何よ、腕が無いのが珍しい?」


 エリスは喧嘩腰になる。


「ああ、それで戦っていたのかと驚いただけだ」

「あんな連中、腕が無くても一捻りよ」

「……そうか」

「ま、あんたは腕が無いと厳しいかもしれないけどね」

「エリス!」


 さすがにそれは失礼だろ、とダイチは止めに入る。


「相手は騎士様だぞ、失礼すぎるぞ」

「あら、私は思っていることを口にしているだけよ」

「思っていても口にするとトラブルになることだってあるんだぞ」

「へえ、そうなの」

「どういう教育受けて……」


 ダイチはそれ以上言うのを止める。

 孤児のエリスがまともに教育を受けられなかったことを忘れて、不用意に傷つけようとしてしまったことに気づいたからだ。


「気にしてないわ、あんたがそういうんなら控えるわよ」


 エリスはダイチに気を遣ってしまったを察して言う。

 それにダイチは驚かされた。


「……お前、気遣いが出来たのか」

「――!」


 エリスは歯噛みする。


「腕が治ったら、いの一番に殴ってやるわ」


 今度こそ不用意なことを言ってしまったと後悔した。

 そんなやり取りをしつつ、アグライアにヴィーナスの元へと案内される。


「………………」


 近くに寄れば寄るほど、その神々しい美しさに圧倒される。

 近寄りがたい。自分のようなモノが近づいただけで汚してしまうんじゃないかという想いにダイチは駆られる。それでも側まで来て謁見できたのは、無遠慮なエリスのおかげであった。


「この度は、ご協力ありがとうございます。こうして私が無事にいられるのもあなた達のおかげです」


 ヴィーナスは丁寧に一礼する。


「い、いえいえ、そんなことはありません!」


 マイナは大慌てで手を振る。


「見る限り、あなた方は他の星からの旅行者のようですね。つきましてはその御礼も兼ねてお話をゆっくりとしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 そう言われて、ヴィーナスの招きに応じるまま車に乗せられる。

 それに関して一切の拒否ができなかったのはひとえにヴィーナスの雰囲気によるものだった。

 車の中は広く、ヴィーナスとアグライアを前に乗せ、対面にダイチ、エリス、フルート、そのさらに後部にマイナ、イクミ、ミリアを乗せてもまだ余裕があった。


「いつもは無駄に多い護衛がいるのですがね」


 フフッとヴィーナスは緊張をほぐすように笑って言う。


「とはいっても、私とレダ卿ぐらいですがね」

「ああ、そうでしたね。他の方は恐れ多くて中々同行したがらないもので」

「別に恐れ多いわけではないと思いますが」

「フフッ、冗談ですよ」


 ヴィーナスは微笑む。

 そこにいは先程まで感じていた神々しいそれとは違い、どこか真面目な妹にからかう姉のようであった。


「ヴィーナス様がそのような態度でいるから、この者達は困惑しています」

「ああ、すみません。ちょっと忘れていました」

「……ッ!」


 ダイチ達は思わず驚きの声を上げる。


「人を招いておいて!」


 エリスは文句を言う。


「まあまあ……」

 それをダイチは制する。


「文句はもっともだが、許していただきたい」


 アグライアは一礼する。


「フフッ、どことなくあなたはアグライアと似ていますね」

「そうでしょうか?」


 アグライアは少し困った顔をして、エリスを見る。


(似ている……?  この人とエリスが……?)


 ダイチは大いに疑問に思った。

 アグライアの印象は生真面目で冷静沈着。不真面目で喧嘩っ早いエリスとはむしろ正反対なのではないかと。


「失礼な、皇ね……」


 エリスはムスッとする。


「お前が言うな」

「フフッ、失礼は皇の特権みたいなものですから」

 ヴィーナスは穏やかな笑みを浮かべてとんでもないことを言ってくるが、不思議と腹は立たない。

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