第23話 暗殺隊

「――!」

 ダイチは緊張する。


「確かなのか?」

「うむ……宇宙港に入ったときからにわかに感じていたのじゃが……だんだん大きくなってきておる」


 それは決して無視できないものであった。

 フルートには冥皇として天体を生み出すほどの人智を超えた力が宿っている。

 通信機が無くてもテレパシーで通話が出来るのだから、空港のどこかにいる誰かの殺気を感じ取れてもおかしない。問題はそれが誰が誰に向けて放っているものなのか、だ。


「それって、あのアグライアってやつじゃないの?」

「いや、あやつからは殺気は感じられない」

「そうよね」

――アグライアからは殺気は感じられない。

 それは訊いたエリスにもよくわかっていた。わかっている上で訊いたのは確認のためだ。エリスはダイチほどフルートのチカラを信頼していない。

 もしも、フルートがアグライアから殺気を感じると答えたのなら、気のせいよと言って安心させてやるつもりだった。

 しかし、そうでないとしたら……何かきな臭いものを感じる。エリスもそんな気がしてきた。こういうときのカンはよくあたるものだ。


「殺気はどこから感じるかわかるか?」

「うむ……強くなっておるからのう」

「よし、いくぞ」

「どうするつもり?」


 エリスはダイチに訊く。


「止めるんだよ、人殺しなんて見てみぬふりなんて出来るかよ」

「ああ、そう答えると思ったわ」


 エリスは呆れたように言う。


「でも、ぶちのめすのは私の役目よ」

「まだぶちのめすって決まったわけじゃ、」

「いいわね?」


 それ以上言わせなかった。

 ダイチはため息をつく。両腕が無くて少しは大人しくするだろうと思ったが、本当に少しだけだったようだ。


「ミリア、イクミ、わりぃ、ちょっと行ってくる!」

「おう! はぐれないように気をつきぃ!」

「早く戻って食事にしましょう」

「私を無視するな!」

 イクミは親指を立てて、ミリアは笑顔で見送る。マイナは文句を言っただけであったが。




 フルートが感知したのは、宇宙港のセキュリティを管理している部署であった。セキュリティ管理部で、殺気を感じるというだけで穏やかではなかった。

 何しろ、異変はもう起こっていたのだ。


「奴の情報通りだ」


 計画通り、管理人や警備員を眠らせてセキュリティを司る端末にハッキングをかける。

 男はここまで面白いぐらいに順調にきていて、自然と笑みがこぼれる。


『こちら、スナイパーだ。手はずはどうなっている』

「順調だ。まもなくこの港のシステムは完了する。そのときは頼むぞ」

『わかっている。こちらも配置にはついた』


 そうしているうちに『システム掌握完了』のメッセージがディスプレイに表示される。


「――グッドタイミングだ。

すぐに合流する。第二陣のためにな」




 スナイパーと呼ぶれた女性・フェルンはシャンデリアの上からヴィーナスを見下ろしていた。

 息を潜め、殺気を殺し、ずっと機を窺う。

 ここならば誰にも気づかれることはない。何しろ、人々が見上げた先で目に映るのはシャンデリアだけで、まさかその影に人がいるなんて思う奴はまずいない。


「ヴィーナス……」


 標的をそこから見下げる。

 本来ならスコープで標的を捉えるのが仕事だが、相手は皇だ。護衛についている騎士にも気取られないために殺気はその時が来るまで極力抑えている。

 そんな中でセキュリティのシステムを掌握する役目を負った男・ファーデンから連絡が入る。


「すぐに合流する。第二陣のためにな」


 ファーデンはそう言って通信を切った。

 あまり長話をすると気取られる可能性があるからだ。


「第二陣、か……」


 フェルンはじっくりと目を凝らし、その時が来るのをジッと待つ。




「こっちじゃ!」

 フルートが先導して、殺気のする方を追う。


「随分入り組んだところへ入ってきたわね」

「そうだな、俺達の方がよっぽど殺気立ってるんじゃないか?」

「だんだん大きくなっておる、数も多くなっておるぞ」

「テロリストかよ、港を占拠か爆破でもする気じゃねえのか!」

「あんた、発想が乱暴ね」


 ダイチはずっこける。


「お前に言われたくねえ!」

「なんでよ?」

「ええい、言い争いしてる場合か!」

「そ、そうだな……」


 フルートに諌められるとは思わなかった。やはり、年の功は少しだけあるのかもしれない。


「しかし、占拠か。そうとは思えないほど殺気だっておるな、これは誰かを殺すためのものじゃ」

「誰かって誰だよ?」

「そこまではわからん。――あやつらじゃ!」


 フルートが指を指した先に、五、六人ほどの黒ずくめの集団がいた。見るからに怪しい。


「あれがぶちのめしていい連中ね」

「そこまで言うとらん!」


 フルートが反論するのも聞かず、エリスは蹴りをいきなり一発御見舞する。


「ぐえッ!」

 脳天に直撃し、一人ぶっ飛ばされる。


「せいッ!」

 さらにエリスはその勢いのままに回し蹴りでもう一人倒す。


「なんだ、こいつら!?」

「邪魔か、気づかれちまったか!」

「チィ! ファーデンに報告を!」

「させるか!」


 ダイチは光線銃を引き抜いて撃つ。


「ガハッ!」


 撃ち抜かれた男は倒れ込む。


「安心しろよ、非殺傷レベルにおさえてある」

「もう一人いやがったか!」

「いや、三人じゃ!」


 フルートは胸を張って言うが、無視される。


「く……!」

「おのれ……!」

「よくもやりやがったな!」


 エリスの蹴りで倒された男二人、ダイチの光線銃で撃たれた男一人が立ち上がる。


「エリスの蹴りをまともに受けて立ち上がるかよ」


 威力を抑えた光線銃を撃ち込んで立ち上がったことよりもそのことの方が驚きであった。


「頑丈さが取り柄みたいね、こりゃ蹴りがいがあるわ」


 エリスは嬉々として構える。


「なんだあいつ、腕がねえのか」

「なめられたものだな」

「おい! そんなことより、時間に遅れるぞ!」


 リーダーと思わしき女性が号令をかける。


「だけどよ、こいつら邪魔してくるぜ」

「ここで仕留めちまわないとな」


 そう言ってエリスに蹴られた男二人が立ちふさがる。


「なら、そいつらをさっさと始末して追いついてこい! ブライ、アンカー!」

「了解だ、クップァ!」


 女性・クップァがそう言うやいなや、部下の男達を引き連れて奥へと行ってしまう。


「私達の相手はあんた達ってわけね」

「そういうこった、よくもやってくれたな。倍返しにしてやる!」

「むむ、三対ニなのに強気じゃのう」

「いや、お前は下がってろよ」


 ダイチはフルートの前に手を出して制する。


「あんたは後ろの方、いける?」

「言われるまでもねえ!」

「よし!」


 エリスは蹴りを放つ。


「うおっとッ!」


 しかし、ブライはその蹴りを受け止め、弾く。


「最初は面食らったがよ! 大したことねえ!」

「へえ! 少しは蹴りがいがあるみたいね」


 エリスの身体中から赤い熱気が巻き上がる。


「――ヒートアップ!」

「なにッ!?」


 ブライは驚くが、即座に手に持っていた銃を撃つ。

 しかし、その弾丸がエリスのもとへ届く前に、エリスは男の懐に入っていた。


「どりゃッ!」


 エリスは渾身の蹴りを叩き込む。


「ごふッ!」


 ブライは今度こそ倒れる。


バキュン!


 ダイチは光線銃を撃つ。


「フン!」


 しかし、アンカーは掌底を突き出してこれを弾く。


「おいおい、いくら非殺傷レベルでも光線銃だぞ!」

「俺を倒したかったらロケットでもミサイルでも持ってくるんだな!」

「そんなもん、あるか!」

「なら、死ね!」


 アンカーの拳がダイチの腹を捉える。


「俺の拳は鋼鉄製だ」

「たかが……鋼鉄かよ!」

「ぬぅッ!」


 男は驚愕する。

 正直相手が少年ということで油断していたものの、ヒト一人殺すには十分の拳打を放ったつもりだった。それが少年は倒れること無く、反撃の拳を顔面に見舞われる。


「ごはッ!」

「こちとら台風みたいな女に鍛えられてるからな、どうってことねえぜ!」

「ぐッ!」


 アンカーが怯んだ一瞬の隙にダイチは男の眉間に銃口を突きつける。


「この距離ならきくだろ、さすがに!」


バァン!


 至近距離から眉間に直撃し、アンカーは大の字になって倒れる。


「やるじゃねえか!」

「そっちこそな、足だけでよくやるもんだぜ」

「ふふん! 伊達に腕を壊しちゃいないわよ!」


 笑顔を交わす。とても自慢をできるものじゃないが。


「むむぅ、良い雰囲気ではないか」


 その二人を見て、フルートは面白くない顔をする。


「未来の夫が早くとも浮気とはのう……」

「くだらねえこと言ってる場合か!」

「ぬ、くだらないとは!」

「あいつら、行っちまったぞ! 早く追いかけてくれ!」

「おおう、そうじゃった!」


 フルートは逃げていった連中を追い掛ける。


「あいつら、何が目的だよ!?」

「まだ殺気は消えておらんな、まだ誰かを殺すつもりのようじゃ」

「だから、それが誰かってきいてるのよ!」

「それがわかったら、苦労せん!」


 フルートは言い返しつつ、精一杯走る。


「奴ら広場に出たぞ!」

「なに、港を乗っ取るんじゃないのか!」


 こんな入り組んだところまでやってきたのだから、宇宙港の中枢まで乗り込んで乗っ取るものかと思ったのに、港の広場に出てしまっては到底その目的は果たせない。

 ならば、奴らの狙いは他にあるということだ。

 しかし、港の広場に奴らの標的にいる。それは誰なのか。

 わからない。金星に来て間もない自分達には、港にテロリストが狙うような重要人物がいるなんて見当もつかない。

 その時、天井にあった照明がやたらまぶしく見えた。


「そうか……!」


 いるじゃないか。あの照明の何倍もの輝きを放つ金星の皇・ヴィーナスが。

 皇ともなると生命を狙う輩は多いのだろう。


「あいつら、ヴィーナスを狙っている!」

「なんですって!」

「皇を狙うとは……神をも恐れぬ無法者よな!」


 同じ皇として生命を狙われて黙っていられないのか、フルートは憤慨する。


「ミリアとイクミにも連絡する。そんな横暴、許しちゃおけないわ!」

「当たり前だ!」


 エリスとダイチが通信機を起こして、ミリア達に連絡しようとした、まさにその時――灯りが消えた。




 予定外のことは起きた。

 もう一人の実行部隊のリーダー・クップァから連絡が入り、邪魔者が現れたとのことだ。


「チィ、使えねえ」


 ファーデンは舌打ちする。

 ディスプレイから仲間のマーカーの点灯を確認する。

 このマーカーが消えると任務続行不可能とみなす取り決めになっている。そのマーカーが二つ消えている。


「反応が無い……ブライとアンカーがやられたか」


 だが、想定内であった。

 そもそも、ファーデンとフェルンがいれば事足りることであった。

 他の連中はあくまで保険。そう思えば最初から当てにしていない戦力が消えたところで一切の痛手はない。


「――さて、時間だ」


 システム掌握し、照明消灯のタイマーがセットしてある。自分が広場に到着する時間に設定してある。

 広場にやってきたヴィーナスをこの手で殺す。

 フェルンには悪いが、失敗してくれた方が望ましい。

 そうすれば自分の出番があるのだから。


――そして、タイマーはゼロを刻む。


 港の広場に彩られたシャンデリアの照明が一斉に消える。

 突然の暗闇に港の客達は慌てふためく。


「なんや、何事や?」

「トラブルですか、フルートさんが感じた殺気と何か関係があるのでしょうか?」

「うわああ、真っ暗だああああッ!」


 マイナは子供のように騒ぐ。

 実際は年少だが、大人に見える彼女が慌てる様はひどく滑稽に見える。


「黙っときや。エリスに連絡や!」

「言われるまでもなく」


 ミリアはピッと通信を入れる。

 ディスプレイから通話用の窓が飛び出し、エリスの顔が映る。


「ミリア、怪しい連中そっちにきてない!?」


 いきなりまくし立てるような剣幕で訊いてくる。

 ああ、これはただ事ではありませんね、と、ミリアは即座に察する。


「見かけていませんね、何しろ真っ暗ですから」

「まっくら?」

「いきなり消灯したんですよ」

「えぇ!? だったら、ヴィーナスが危ないわね。あいつら、ヴィーナスの生命を狙ってるから!」

「なるほど、皇の生命を狙うテロリストによる襲撃ですか」

 ミリアが状況を理解する。


ガァン!


 それとともに一筋の閃光が走り、爆音が鳴り響く。

「ですが、その心配は無用かと」






「ばか、な……!」

 フェルンは信じられないモノを目にした気分だ。


――仕留めた、仕留めたはずなのに!


 時間は少し戻る。

 消灯の時間が来るまで静かに待つ。

 たとえ暗闇になっても、心の準備をしていれば問題はない。その時が来るまでヴィーナスから目を離さなければそれでいい。

 フェルンには金星でも屈指のスナイパーだという自負がある。中でも正確な精密射撃は最も得意分野で、スコープでとらえた標的は確実に仕留めてきた。

 高速で動く標的であっても、スコープから外すようなことはしなかった。

 邪魔が入って、攻撃を受けてもスコープから外すようなことはしなかった。

 そして、暗闇の中で標的が動いてもその動きを予測し、確実に仕留める。

 自慢のスナイパーライフル【ズイヒュル】はスコープにさえ捉えれば、絶対に発射したライフル弾に命中する。

 それで仕事は完了する。

 それは金星の皇・ヴィーナスであっても変わりはない。


「よし」


 抑揚のない声を上げ、引き金を引く。


バァン!


 必殺のライフル弾が放たれる。


――仕留めた。


 スコープは確実にヴィーナスを捉え、ライフルはそれに向かって直進する。


ガァン!


 直後、ヴィーナスの手前で閃光が瞬く。


「ばか、な……!」

 フェルンは信じられないモノを目にした気分だ。

 それは、一発必中の弾丸を放ったのに……――標的が生きて立っていることだ。


「何が起きたんだ……?」


 現実に何が起きたのか、ようやく頭が追いついてくる。

 あの時、ライフル弾がヴィーナスの額へと直進し、そのまま頭を貫いていく。――はずだった。

 しかし、アグライア・エストールが立ちはだかる。

 一瞬、それこそ瞬きする暇もないほどの短い時間の間に、アグライアはヴィーナスの前に立つ。

 そのライフル弾が見えない暗闇で、どこから向かってくるかわからないライフル弾を正確に捉え、ヴィーナスへと向かうライフル弾の遮蔽物になる。それだけでも十分に凄いことであり、その時点でフェルンの狙撃は失敗を意味していた。

 しかし、アグライアは更にその先を行っていた。

 腰に帯剣していた剣【ノートゥング】を引き抜き、弾丸を弾いたのだ。

 その白銀の刀身が、閃光となって暗闇の中で瞬いた。


「うそ……そんなこと、されたら……!」


 フェルンは神業を目の当たりにし、驚愕し、絶望する。


グサッ!


 そして、撃ち抜かれる。


「なッ!?」


 銃弾の発射は無かった。

 職業柄、光と銃声には敏感で、発砲があったらすぐ気づく。

 それがなかった。つまり、発砲は無かったということだ。

 しかし、肩を射抜かれたことで、身体が浮き上がり、シャンデリアの上から落ちる。


「これは……!」


 薄れいく意識の中で、フェルンはそれに気づく。

 肩に矢が突き刺さっていたのだ。


「矢、こんなの、誰が!?」


 しかし、確かめている余裕は無かった。

 身体は宙を舞い、シャンデリアから落下していたからだ。

 そのまま、真っ逆さまに床へ叩きつけられる。




(さすがです、レダ卿)

 アグライアは心の中で賞賛する。

 ヴィーナスの後方に控えているレダはその弓【グシス】を持って、狙撃手フェルンを撃ち抜いた。

 正確無比な射手であり、ワルキューレ・リッターにおける先輩の騎士として、レダ・メリアールをアグライアは尊敬していた。彼女が後衛にいるからこそ、アグライアは安心してヴィーナスの前に立ち、背を向けることが出来る。

 そのおかげで前にのみ、細心の注意を払えた。


――まだ敵はいる。


 狙撃手が単独行動でヴィーナス暗殺を企てたとは思えない。

 それに、照明の消灯はセキュリティの管理を占拠しなければできず、そういった意味でもグループにより計画的行動といえる。

 そういう連中は必ず狙撃に失敗した時のための手段を既にうっているはずだ。

 そのカンは当たっていた。四方から殺気をもって向かっている。


「――奴かッ!」


 その中で最も強いチカラを感じた男へアグライアは銀の聖剣【ノートゥング】を引き抜く。




「フェルン、しくじったか!」

 暗闇になった瞬間、フェルンがヴィーナスを狙撃する手はずになっている。

 ファーデンは素顔を隠すための仮面も兼ねた暗視ゴーグルは装備している。そのおかげで、この暗闇の中でもまっすぐに標的のヴィーナスへと向かえた。


 しかし、そこへ騎士が立ちふさがる。


「ああ、わかっているぜ。お前がここにいるのはな!」

 常にヴィーナスの傍らに寄り添う金星最強の騎士アグライア・エストールだ。

 だが、如何に騎士とはいえどこの暗闇の中でいきなり十全に動けるとは思えない。この勢いで一気に押し切ってみせる。

 ファーデンの能力は爪を硬質化させ、剣のような鋭利な刃物として敵を切り裂く。


キィン!


 金色の閃光と火花が散る。

 聖剣【ノートゥング】と硬質の爪がぶつかる。


「ほう、この聖剣の一撃を受けるとは!」


 アグライアは感心する。


「なめるなぁぁぁッ!」


 その態度にファーデンは憤慨する。

 アグライアとしては、素直に賞賛したつもりだった。

 この聖剣【ノートゥング】の切れ味と硬度、そこに自らの技量を加えれば、爪どころか並の刀剣はだって一合打ち合っただけで砕け散る。

 同僚や後輩、部下の組み手で幾度となくそんなことが起きた。

 だから、この爪は余程の才能と研鑽によって鍛え抜かれた『剣』だと、賞賛した。

 決して嘲笑の類で言ったつもりはなかったのだが、伝わらなかったようだ。


――所詮、テロリストか。


 アグライアはその賞賛と僅かばかり抱いた敬意の念を文字通り、斬り捨てた。


「ぐッ!」


 小指の爪を斬り捨てられた。

 金剛石よりも硬く、レーザーブレードよりも鋭く切れる。

 そういう風に鍛えてきた。そうして、何人も、何十人も殺してきた。

 そうして積み上げてきた自信と実力を、アグライアは怒涛の斬撃で斬り伏せていく。

 薬指、中指、人差し指……次々と【ノートゥング】に折られていく。

 アグライア自身は本気で五本の指の爪を一度に折り砕きに行っているのだが、一合の度に一本折るだけに留まっている。それはファーデンの意地と技量が成せる技であった。

 だが、それでも劣勢に立たされているのは、明白であった。


「く、くそがああああッ!」


 甘く見ていたわけではない。

 伊達に金星最強の騎士という触れ込みがついているわけではないし、生半可な実力では伝統ある金星最強の騎士団・ワルキューレ・リッターに選び抜かれるはずがないということは金星人であるファーデンならよく知っていることだ。

 だが、それでも隙さえ不意さえ突けばどうにかできる実力が自分にはあるのだと思って、この暗殺計画を決行した。

 あなどっていた。見誤っていた。自惚れていた。楽観していた。

 様々な誤算の原因がファーデンの頭に駆け巡る。


「――手を打っておいて正解だったというわけか」


 ああ、誤算だった。

 フェルンがしくじっても、奴は隙をちゃんと作ってくれる。

 その隙を自分が突く。それでヴィーナスを殺せると思った。

 それで計画は成功する。そういう参段だった。

 だから、第三、第四の襲撃まで用意しても意味は無いと思っていた。だが、今はその用意を使わなければならないと悟った。

「ああ、あとは任せたぞ、クップァ」


 そう言い残して、残った親指も折られた。

――そして、もう片方の五本とも無事な左手の爪で【ノートゥング】を受け止めた。

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