第8話 太陽系惑星連合会議
木星の雲は渦巻く海のようで、猛り狂っていた。
遥かな昔、ヒトが足を踏み入れるにはこの雲を突き抜ける知恵と勇気が試されていると信じられていた。
煌めく稲妻、視認を許さない乱気流に機体が揺らぐ。
木星に入り込む者を断じて許さない、そういった星の声を聞いているようだった。
しかしそれも突き抜けるまでの数十分のこと。抜けた先には雄大な地形が広がっていた。
嵐のおかげでけたたましい雰囲気を想像していたもののそこにあったのは、極厚の雲を貫かんばかりにそびえ立つ高層ビルの数々だった。
「木星人は巨人なのか?」
そんな気にもなってくる街並みだった。
「そんなわけないでしょ、私達と同じよ。ただ心は大きくなってるだけで」
エリスはそう木星人を評した。
それが本当なのか、見たり聞いたりしたことのないダイチには全て事実だと思ってしまう。そう言うエリス自身も同じように知らなくて適当に言っただけだというのに。
「そういえば、帰りの便はマーズが手配してくれるそうですね」
「ああ、なんだかそういう話になったみたいだな。よくわからないけど」
ミリアが一人だけ眠っている間に、乗員がやってきてその旨を伝えてきたのだが、いまいち腑に落ちなかった。今こうして使っている部屋だって、マーズが手配したものだ。
何故マーズがそんなことをしてくれるのか、この機内の秘密を知る3人としては少々気味の悪さを感じた。
「いいじゃない、好意なら受け取れば。悪意だったらその時はその時でなんとかするから」
エリスははっきりとした意見を言い、視線を再び木星の街並みに移した。
「一応、2日後の便らしいから遅れないようにだってさ」
「まるで観光旅行のスケジュールね、そんな気分じゃないのに」
エリスはここにいないマーズの文句を言う。多分、本人を前にしても同じことが言えるだろうとダイチは思った。
機体が宇宙港へと着陸する。ダイチ達はいの一番に降りた。せっかくの木星なのだから、少しでも早く見て回りたいと思ったのだ。
「さすがにリビュアとは段違いね」
太陽系最大の惑星、木星。そのスケールに相応しく人で溢れるように行き交い、先が見通せなく、また照明は眩く光り、その人達を照らしており、形容しがたいほどの華やかさがここにはあった。
「こうも広いとどこに行けばいいのか迷ってしまいますわ」
「とりあえず出口ね、宇宙港なんてまだ入口でしかないんだから」
エリスがミリアの手を引く。その姿は姉妹のようであり、微笑ましく見える。
(これをなんで、いつもやらないのか?)
ダイチは首を傾げる。いつまでも眺めていると、見失いようなので慌てて追いかけた。
宇宙港を出ると、そこには空から眺めた光景と同じ街並みが広がっていた。
「首が疲れる街ね」
エリスはそう言って、ビルを見上げながら歩いた。
「すっごい高さだな、上がみえねえ」
初めて見るビルと雲が混ざり合った空は、奇妙なものだった。
まるで、自らが天の上に立つ存在だと誇示しているかのようなビルに、それを拒みつつも受け入れざるおえない空の雲。木星の雄大さとそこにつきまとう暗雲のようなものが見えてくる気がしてきた。
「でも、見上げてるばかりじゃダメよね」
エリスは見飽きたのか、顎を引いて地上の街並みを見ていた。
「まあ、そうだな」
「じゃあ、見て回りましょう。せっかくの木星なんだから」
「そうですわね、ヒトは身の丈というものがありますから」
「それはちょっと意味がわかりかねるな……」
ダイチは肩をすくめた。
太陽系八惑星第12連合。相次ぐ惑星間の戦争と、宇宙の神秘が引き起こす災害により、幾度も断絶された星と星のヒトが手を取り合い、平和を永続させていくために発足された連合だ。
今回は、半年に一度催される各惑星のトップが集う最高連合会議だった。
連合本部は木星にあり、ジュピターが太陽系最大の都市と自負するバルハラにある。
本部のビルは天を突き抜けんとする高層ビルの街並みすらも飲み込まんとするほどの強大さと、威圧感を持ち、街行く人達はそれを見上げるだけでジュピターの威厳を知ることができる造りになっていた。
相変わらずだな、と言いたげにマーズは本部を目にして歩み寄った。
「マーズ様、お待ちしておりましたよ!」
秘書官であるナトリ・レイズンが走る寄る。
ナトリは、前大戦から火星の政治に関わっていた者であり、グラディウス・ハザードがマーズに就任したときからの関係だ。
彼女は平時と変わらない黒に、赤い花びらと火星のシンボルである槍をあしらった礼服を着ている。仕事をちゃんとこなすのが彼女の信条であり、マーズもそういった彼女を信頼している。
「やあ、ご苦労だったね」
「ご苦労だったね、ではありません!」
後ろに束ねた白い髪が揺れる。それだけ取り乱しているということだ。
「何故、自前の船を使わなかったのですか! 戦艦の手配までしておいたというのに、何故民間の旅客機を使ったのですか!? それも無断で!」
「あ、いや、すまなかったね。たまには市井に目を向けてみるのもいいかと思ってね」
「たまには、ですか?」
彼女の厳しい視線を向ける。
「その結果が数時間の遅れとなったのですね。よくわかりました」
「手厳しいね、これは」
マーズは苦笑いし、直後に真剣な視線をナトリに送った。
「一応、収穫をあったのだけどね」
マーズはあるデータを保存したディスクをナトリにひっそりと渡す。
「後で調べておいて」
「……かしこまりました」
ナトリはさっきまでのまくし立てた勢いを消す。
「きな臭い話をしているな」
そこへ青と銀のローブを羽織った穏やかな顔つきをした老人がやってくる。
「……マーキュリー・カリオス・スレットか、久方振りだね」
「私には数年来だ、会えて嬉しいよマーズ・グラディウス・ハザード」
マーズと水星のトップである老人・マーキュリーは、握手を交わす。
「しかし、いつもの君らしくない。何事も一番の速さで処理するのが君の心情ではなかったのか?」
「歳をとると、速く動けなくなるものだ。残酷なことにな」
「まだ耄碌するには速すぎる気がするけどね」
「お前さんも、水星に行けばわかる」
「いずれ訪問するつもりだ、そのときはエスコートを頼むよ」
「フッ……よかろう、最上のもてなしを用意しておこう」
二人を交わした握手を離し、微笑みを交わした。
「マーズ様、会議の時間です」
「マーキュリー様も」
それぞれの秘書官が急ぐように促した。
会議室は趣向が凝らされている。各星の代表はそれぞれ専用の通路と入口を使わなければ指定された席につけない。だからマーズとマーキュリーは途中で別れて自分達の通路へ入る。
その後、本人かどうか認証する装置が作動しているらしい。何も起きないということはマーズ本人だと認められたようだ。当然といえば当然だ。
扉を開ける。今時、手動というのは珍しい。第1回目の連合発足からの伝統なのだとか、木星や天王星、海王星の連中は言っていたが、真偽のほどは定かではない。
ともかく、マーズはこの扉が嫌いではなく、むしろ好きだと言ってもいい。
自らの手で開け、その先へと踏み出すこの感触はここでしか味わえないものだった。
少なくとも、これから待ち受けている会議のことを考えると、そう思わないとやってられない。
そして会議室は円形になっており、中央には太陽を模した精巧に造られた照明がある。各星の代表が時計回りに水星、金星、火星、……といった太陽に近い順の代表から座っていく。
『我々は常に太陽を中心にして全てが廻っていく運命共同体である』
そういった理念のもとに、この並びになっている。
3番目である地球は常に空席であり、これを埋めるつもりがないのも伝統だった。
火星は太陽から4番目であるため、マーズもまた4番目である椅子に座る。すでに金星のヴィーナス、土星のサターン、海王星のネプチューンは席についている。
「ご機嫌麗し、マーズ様」
ヴィーナスが優雅に挨拶する。
『何をするにしても美しく』
それがヴィーナス・リブル・レイドを表す一言であった。
金星は女尊男卑の社会であり、美しくあり続けるという風習がある。そういった星の頂点に立つべきヴィーナスに求められる第一条件が女性の美しさであった。
彼女は金髪金眼でその美しき星・金星を体現したかのようなヒトだった。
白のローブには、桃色のリボンがあしらわれ、宝石が散りばめられており、それらが彼女とともに輝いているようだった。
「これはヴィーナス女史。また会えて光栄です」
マーズもそれに見合った挨拶を返す。
「私もです、この会議でしかお会いできる機会が無いのがとても残念であります」
「ならば、今度機会があれば会談の場を設けませんか? ともに星の未来について語らいましょう」
「素敵です」
女神のような微笑みだった。男ならばその笑みを見るだけで安らぎを得ることができるのだろう。無論、例外なくマーズもそうであった。
背後でナトリが何やらコンピュータを操作している。何をしているのかは気にしてはいけない、そう思ってあえて彼女に何も言わなかった。
「しかし、マーキュリーよ」
ネプチューンが厳格な顔つきを崩して感慨深そうにマーキュリーを呼ぶ。
「そなたも老いたのう、3年前は余と肩を並べる程度であったというのに」
「恐縮です。月日の移ろいは早く、ただそれだけであります」
「ふむ、ヒトというのは悠久の時を生きようとも永遠の生は叶わぬ。我らが海王星人も不老ではない故、その気持ちはわかなくもない」
それは、海王星人は水星人よりも優れている故に、長い時を過ごせるのだと言わんばかりの言い方であった。
地球人でいう一年が、ほんの数日程度の感覚でしかない海王星人にとっては、同じ一年でも四年という長い時間になってしまう水星人は理解しがたい下等なヒトである、とマーキュリーはそうネプチューンの言葉を頭の中で置き換えた。
「故に、生きている今一日一日を我々水星人は噛み締めるのであります」
「それは真に尊いことであるな、余も民に伝えなければならんな」
ネプチューンは嘲笑する。もちろん、マーキュリーに向かってである。
惑星間のトップのこういったやりとりは一歩間違えれば星間戦争を招きかねない危険な行為なのだが、ネプチューンはマーキュリーが自らの行為に対して怒りを覚えても、仕返しや報復といったものを考えてはいけない、ということをよく知っていた。
過去何度も、水星人はそうやって海王星人に蹂躙されてきたか。彼らのそれは遺伝子にまで刻みつけれられた力関係だったのだ。
「………………」
だからマーキュリーは唇を噛み締め、笑顔を装うことしかできなかった。
そんな厳格な面々が揃いつつある会議室に緊張と重苦しい空気が流れると、サターンが長い髭をいじりながら言う。
「ジュピターとウラヌスが不在……」
とまだ来ない二人の席を見ながらこの流れを打ち切ろうとしたのだろう。
「ウラヌスは欠席だ」
ネプチューンが高らかに告げる。
「欠席? バカな、この会議は全ての政において最優先されるものだ!」
マーズが席を乗り出す。
「落ちつかぬか、若造が!」
ネプチューンがマーズを気圧す。
見た目はマーズの方が年老いている印象すら受けるが、ネプチューンは海王星人であるが故に、地球人の年齢に当てはめると十倍以上は生きている最年長者なのだ。
「過去に何度も事例のあること、別段驚くほどのことでもない」
そうは言われても腑に落ちなかった。だが、反論もできない。ネプチューンはこの会議でもっとも発言力をもっているのだから。
「……では、ジュピターはどうしたのですか?」
ヴィーナスが穏やかな口調でネプチューンに問いただす。彼が答えようとしたときジュピターの扉は開かれる。
「遅れて申し訳ない!」
雷のような声が響き、ジュピター・アレイディオス・ポスオールは席へ着く。
その姿は木星の雲海を連想させる渦巻くローブを羽織り、天上の神を連想させる威厳を持っていた。
彼はこの場の会議の流れを支配する雰囲気を放ち、先程までの会話をかき消した。
「さて、では太陽系八惑星第12連合会議をはじめよう」
ジュピターの宣言により、会議は始まった。
「では、第1議題をわしから出させてもらおうか」
サターンが立ち上がる。
みな異論は申し立てない。故にサターンは提示する。
「昨今の木星の治安について」
サターンの言葉と共に各星の代表のテーブルディスプレイに、木星の映像が映る。それだけではわからないので、点で打たれた無数の印をそこかしこに配置される。
「この点はここ数年テロが発生した場所じゃよ」
「半年前よりも増えていますね」
ヴィーナスが落ち着いた口調で事実だけをジュピターに突きつける。
「前回からの議題にて、これらの対策を急務としている。だというのに、一向に減る傾向が見られない。これはどういうことじゃ、ジュピター?」
ジュピターはこの糾弾にも似た問いかけにあくまで厳格な態度で答える。
「……テロリストとはどうにも度し難い連中でな、奴らの確固たる信念とやらへし折らなければならない。それも一人でも残せばまた
そこから徒党を組み、組織を形成されてしまう。火種は常に蔓延されているのだから実に始末が悪い事象だ」
――あの星は今や火種の宝物庫になっている
マーズの中でジュピターの言葉が、ザイアスの言葉と重なった。
「それに各組織ごとに主義主張目的が異なる故、対処策、撲滅策もまた変わってくる。時間をかけなければならない気の遠くなる問題だ」
「木星の肥大しすぎた思想とでも言えばよいか」
マーキュリーがジュピターに突きつけるように発言する。
「うむ、身に余る理想は星をも滅ぼす。その前に我が滅ぼす」
ジュピターを拳を固め、その決意を表明する。
「ここまで拡大すると我々も客観視できなくなっている、支援は惜しまない所存だ」
そこへマーズは自分の意見を主張する。
「うむ、我が海王星にも火の粉が降りかかる前に、対処しなければならんしな」
「主だった連中の割り出しには成功している」
ジュピターの秘書官がディスプレイを操作し、マーズ達に宇宙空間に輝く木星と周囲を廻る衛星の数々を見せる。
「テミスト、かつての星間戦争にて失われた星の一つ。彼らはその名を冠してテロ行為を行なっている」
ジュピターはそう言うと、ディスプレイには首脳メンバーと思われる男達の顔が映った。
「目的は地球への帰結。故にその障害となるものを全て排除するために動く。今このバルハラを拠点に活動している主だった連中だ」
「障害となると、我らもそうなるな。連合協約により、地球への帰還せんとする者の阻止は定められている。連中がそのことを知らないとは思えんが」
「マーズ、貴公の言うとおりだ。連中をそのことを知っている、故に連中の目的は障害となる我ら各星代表の首をはねること」
「それはまたとんだ大言壮語よのう」
ネプチューンは小馬鹿にしたように言う。自分を標的にするのは身の程知らずだと言わんばかりに。
「一つ気になることがあります」
「なんだね、ヴィーナス?」
ヴィーナスは女神のような笑みを持って発言する。
「テミストの目的が、我々の生命であるとするなら我々が一堂に会するこの機会はまたとない好機かと思われるのですが」
「こちらバルハラ名物スイーツ・ジュピターパフェでございます!」
大通りの野外カフェにてウエイトレスが高らかにパフェを置いた。
その雲海を思わせる広大なクリームとそれの上に築かれたケーキは高層ビルを連想させた。当然のことながら大きさもその雲と高層ビルに負けないだけある。
「そんなパフェを注文した物好きは誰だ?」と言った具合に自然と他の客の視線を集めた。そして、注文したのが少年一人と少女二人だとわかり、「なんと無謀な連中だ」と呆れの視線に変わっていた。
「わあ、食べ物もこのサイズなのね!」
エリスは、さすがにこの大きさのパフェが来るなんて想定していなかったのか、驚きのあまり椅子ごと仰け反った。
「食べがいがありますね」
ミリアは目を輝かせて、決してパフェに迫力負けしていない。むしろ、何が何でも完食してやろうという迫力がにじみ出ているような気さえしてきた。
「しっかし、何でもかんでもでかい星だな」
ダイチは疲れきっていた。
まずは、街頭で売っていたアクセサリーを買ってみようかとエリスは言ったのだが、その大きさに絶句した。あれでは本人よりもアクセサリーの方が目立つのではないかと思えてきたが、街行く人達はそれが流行りなのか、何の違和感も持たずに付けて歩いていることで文化の違いを思い知らされる。
次に服だ。厚手のローブやコートといったものしかなく、軽装といった概念がないのか、大きめの衣服を着込むのが風習になっているらしい。それを火星人のエリスやミリアにとっては動きづらいことこの上ないと不満を漏らした。
それでも記念に買っているあたり、二人とも几帳面なのかなと思ってみたりもした。
その上で、とどめと言わんばかりにこの超特大パフェを見せつけられたのだから、疲労困憊にもなる。
『その星の環境に順応したヒトはもう同じ地球人ではなくなってしまった』
イクミに言われた事が脳裏をよぎったが、それはよく言ったものだと今実感する。
「いただきます!」
ミリアは礼儀正しく合掌する。その仕草はかわいらしく、衣装がウエイトレスらしいのでそれだけで他の男性客の注目を浴びた。もちろん、あの可愛い子がどうやって超特大パフェを食するのか、興味の視線もあった。
そして、ミリアは特製のスプーンを持ち、まずは雲海と呼べるほどのクリームをすくいあげようとした。
そのときだった。街を揺るがすほどの轟音が轟き、直後に甲高いサイレンが響き渡った。
「なんだってこんなときに!?」「急がなくちゃ!?」「くそー、テロか!」「逃げろー!」
人々が慌てふためく。賑やかで楽しげな大通りは、一瞬にしてパニックに陥った雑踏で埋め尽くされた。
人々は一様に叫んでおり、ダイチはそれを断片的に聞き取り、今の状況を把握する。
「テロリストが来ているから避難しないと!」の一言に行き着いた。
「テロリストね、まあ治安はよくないってきいてたけど」
エリスはため息交じりに言う。逃げ狂う人々は対照的にその態度は落ち着いていた。あの雑踏を見ればここは危ないとわかるはずなのに、まるで映画の中のワンシーンを見ているように他人事だと決め込んでいるようだった。
「それなら速く食べてしまわないといけませんわね」
ミリアにいたっては食事を中止させられたことの方が問題だと言いたげな態度であった。
「そんなもの食ってる場合か!? 早く逃げるぞ!」
ダイチはミリアの手を引いた。
「ああ、まだ一口も食べていませんのに……!」
「あとで食わせてやるから我慢しろ!」
ダイチが強く言うとミリアは躊躇う。ミリアだって今が非常事態なのはわかっているのだ。ダイチとパフェを交互に見る。
「うぅ、絶対ですよ!」
ダイチの言葉をしぶしぶ了承してミリアは彼についていく。
「どこに逃げるつもりなの?」
「あのヒト達についていけばいいだろ! この街のこと、よく知ってるんだから!」
見ると、街の人達はパニックになりながらもある方向を定めて一直線に走っているように見えた。おそらくそれが、避難用の通りなんだろう。それについていけば安全だ。少なくとも闇雲に逃げるよりはいい。
「それもそうね!」
エリスも同意して三人で街の人達と一緒に走る。
また轟音が轟く。どこかで高層ビルが崩れ去ったのだろう。それも轟音の発信源が一つではない事からかなり大規模な破壊行為に発展していることがわかる。
「はぐれるじゃねえぞ!」
雑踏に埋もれながらダイチは叫ぶ。しかし、雑踏の悲鳴や轟音にかき消されてしまう。
今はまだ見失わない程度の距離まで離れているが、これ以上彼女達の距離が開くとはぐれかねない。
――聞こえるか、妾の声が
不意に声が聞こえた。聞こえたというより頭の中に直接響いた音のようだった。か細い声が、どこから響いてきたのだ。
悲鳴に混じることなく、轟音に消されることなく、ダイチに直接届いた声。何故そんなものが聞こえてきたのかわからずに、足を止めてしまった。
(一体、誰の声なんだ……?)
そう思った瞬間。ダイチはそれどころではなかったと後悔する。
轟音がやってきたのだ。その音は周囲の物を巻き込んでいき、次第に人々の悲鳴さえも取り込み、ダイチもその中の一部になっていた。
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