第62話 ヒドラ討伐戦1


 再びエンペラート陛下たちと別れた僕、ティア、ネイア、セツカ、ラナ。

 そしてリルノード公とアスリさんは、ゲートを通りヒドラの観測報告のあった西側の門へとやって来た。


「閣下! なぜこのような危険な場所に?!」


「わたくしが陣頭指揮を取るためです。それで、状況は?」


 リルノード公の登場に驚いた様子の隊長らしき騎士は、一瞬悩む素振りを見せた後真面目な表情に戻った。


「……ご報告にあげた通り、ヒドラの襲来が予想されます。ここよりさらに西にある町に突如として現れ、破壊の限りを尽くしたと。町は壊滅しましたが、逃げ延びることができた町民たちは騎士先導の元こちらへと避難して来ているようです」


「そう……ですか……。敵の規模は?」


「報告が確かなら、その数およそ1000。ヒドラを筆頭に、デススパイダーやアーマースティンガーなどの個体も確認できたと……。迎撃か撤退か、早急な判断が必要です」


「そんな……」


 騎士の言葉に、表情を曇らせるリルノード公。

 アスリさんも思わず舌打ちし、焦った様子を見せた。


「ガレリアのやつはなんて言ってんだい?! 防衛の要はあいつだろう!!」


「ガレリア様は……」


 そこで言葉を途切らせた騎士は、苦悶の表情を浮かべる。


「ガレリアがなんだい?! まさか……死んだのかい?」


「……まだわかりません。避難民を逃すために少しでも時間を稼ぐと、希望した騎士を数名だけ連れてヒドラの迎撃に向かわれました」


「……あいつらしいねぇ。ホントにバカなんだから……」

 

 少し寂しそうな、それでいて誇らしそうな複雑な表情を浮かべたアスリさん。

 

 その顔は盟友を心配すると言うよりも、むしろ……。


「状況はわかりました。……住民にはいざという時、すぐに避難できるよう準備をさせてください。わたくしたちは、迎撃に向かいましょう」


「現状、動けるものは100名にも及びません。それでも、ですか?」


「それでもです。騎士団は国を、民を守るためにあるのです。ここで逃げて、その存在意義はあるのですか? もちろん、無理強いは致しません。住民と共に逃げたいものは、今すぐこの場を去りなさい」


 リルノード公の言葉に、誰一人として立ち去る者はいなかった。


「意地悪ですな、閣下は。我らリーゼルン騎士団は、その誇りにかけて最後まで民を守り抜きましょう!」


 ビッと全員が揃って敬礼する姿に、胸がジーンと熱くなる。


「……ありがとう。シズク様たちは、エンペラート皇帝と共にすぐに国を出てください。皆様のお力があれば、国境を越えることも可能でしょう。此度の助力、本当に感謝致します」


「お断り致します。陛下から直々に勅命を受けておりますので」


「……勅命、ですか?」


「何としてもリルノード公らリーゼルンの人々を守り抜き、無事に帰還せよ。と」


「……その様な無茶な命令を、本気で聞くと言うのですか?」


「もちろんです。僕はそのためにここに来たんですから」


「貴方と言う人は……」


 何か言いたげな瞳を向けながら、じっと見つめてくるリルノード公。


「それに、無茶ではありませんよ。陛下から、セツカの正体を隠さずとも良いと許可を頂きましたから」


「うむ。任されよ! 龍に戻っても良いなら、ヒドラ程度あっという間に片付けて見せよう」


「セツカ様が、ですか……? ヒドラは龍の天敵なのでは……?」


 リルノード公の疑問に、きょとんとするセツカ。


「何の話だ? ヒドラなど、所詮は竜。我ら龍の魔力が薄れた下位種でしかないのだぞ。天敵足り得るはずもなかろう」


「人間には、ヒドラは龍の天敵であり、龍とて易々と手を出さぬほど強力な魔物……と言う話が伝わっているのです」


「……? ああ、おそらくそれは別の理由からかもしれん。龍には好みの魔力あじと言うものがあってな。ヒドラはヴァイオレットヴェノムの大好物なのだ。やつが目をつけていたヒドラに手を出すと怒って殴り込んでくるゆえ、面倒で手を出さんと言うだけの話よ。まぁ、そもそもがヒドラは不味いから手を出さんだけと言う理由もあるが」


 そうなんですね……。と興味深げに肯くリルノード公。


 セツカがサンダーバードを主食としていた様に、ドラゴンにはそれぞれ主食にしている魔物がいるのかもしれないね。

 

 ヴァイオレットヴェノムドラゴンといえば、別名『紫死毒ししどく』とも呼ばれるとても強い龍だ。

 身体から発する紫のオーラは全ての生物に有効な猛毒であり、そのブレスは全てを瞬く間に腐敗させると言われている。

 

 確かに、そんな龍が乗り込んでくるとあっては易々と手出しできないよね。


 リルノード公は騎士たちにセツカの説明をしに行ってくれたので、その間に僕たちも準備を進めることにした。


「僕とセツカは前線に向かう。ティアとネイアは、ラナと一緒にいてくれるかな。ラナ、二人とソールで待っててね」


「シズクくん、あたしも……。ううん、やっぱり何でもない! ちゃんと帰って来てくれるよね?」


「もちろん。ちゃんとセツカと一緒に帰ってくるよ」


「うむ、安心するが良いぞ! 主殿は我が必ず守ろう!」


「よろしく頼むのじゃ、セツカ殿。どうか……どうか無事に帰って来ておくれ」


「シズク様、セツカ様。どうか無理なさらぬ様……」


 心配そうに手を合わせる三人と別れた僕とセツカは、リルノード公たちと合流。

 アスリさんも共に来てくれるそうで、すぐさまソールを出発した。


 一時間もしないうちに避難民の人たちとすれ違い、それから程なくして。

 激しい戦闘音が響いて来て、騎士の人たちが魔物と戦ってる姿が目に飛び込んでくる。


 周囲には数十体もの魔物の死体が散乱し、彼らがここで死に物狂いで避難民を追う魔物を堰き止めていたことがすぐに理解できた。


「救援が来た! 救援が来たぞー!!」


 戦っていた騎士の一人が叫ぶと、辺りがうぉおおおと歓声に包まれる。


「ガレリア様は何処に?!」

 

「この先で副団長と共にヒドラを抑えてくれているはずです! 我らは抜け出て来た魔物を倒す様言われ、ここで!」


「わかった! 第三部隊はここに残り、あいつらと役目を代われ! 残りはヒドラ討伐に向かう!」


 先ほどまでリルノード公と話していてた男性ーー騎士団長がそう叫ぶと、統率のとれた動きで動き出す騎士団。

 

 魔物の死体の山を抜けた先には、血塗れで戦い続ける二人の姿があったーーー。

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