第42話 没落の足音6


 ネーブ王国王城にある、ロド王の私室。


 そこにはロド王、ミハエル、ローレン、ガナート、コーザ、クラーボツの6人が再び顔を揃えていた。


「ええい、どうしてこうなった!? すでにサンダーバードが討伐されたとあっては、ウェルカに連合軍を派遣する大義名分がないではないかっ! このままでは、各国の軍部を我が国へと招待しただけだぞっ!!」


 ロド王の怒声が室内に響き渡る。


 というのも、ウェルカは大陸の東部に位置しており、陸路だとリーゼルンかネーブを経由しないと入る事ができない。

 そこで、各国の軍部を一度ネーブ王国へと集結させることにしたのだ。


 ネーブ王国の豊かさを各国の軍部に知らしめた上で、連合軍を率いて行軍する様を自国の民に見せることで王家に対する求心力の更なる向上も同時に図るという、一石二鳥どころか三鳥も四鳥も狙う作戦……のはずだった。


「しかしぃ、驚きですなぁ。このサンダーバードを討伐したとされる冒険者ぁ、ローレン殿のご子息ですよねぇ?」


 ミハエルはニヤニヤとしながら、ウェルカより報告のあった新たなS級冒険者の情報が書かれた紙を指で叩いて視線を集める。

 そこにはシズクという名前と共に、精巧な似顔絵も描かれていた。


「お、おそらくそうでしょうな。ですが、どこに潜んでいるかが判明したのです。ウェルカへと引き渡し要求をすれば、すぐにあの無能の身柄を押さえることができますぞっ!」


「フン、愚か者が。やつらとてバカではない、きちんと我が国へと諜報部を送り込み、調査したうえで問題ないと判断したに決まっておろうがっ! お主が死んだと報告を上げたゆえ、すっかり放置しておったのだぞ?! 調べればすぐにおかしいと気づくわっ!! ……だが、疑問が残るのも確かなのだ。アレは恵まれた魔力と適正を持ちながら、初級魔法しか使えぬ無能であったはずだろう? どうやってサンダーバードを討伐し、S級として認められたというのだ?」


 王の言葉に、押し黙る一同。


 このままシズクのことがうやむやで流れれば、またもや自身の立案した作戦に責任転嫁されると焦ったミハエルは、妙案を思いつく。


「……本当にぃ、サンダーバードは討伐されたのでしょうかぁ? 隣国へは手配書を配布していなかったとはいえぇ、皇家ならば情報を得ていたはずですぅ。手配犯が討伐したとでっちあげぇ、いざとなれば罪をかぶせて葬り去るつもりなのではぁ? 数は少ないですがぁ、素材も手に入れられないことはないですしぃ。こちらの落ち度を利用したぁ、ウェルカの偽装だとすれば腑に落ちませんかぁ?」


「もし偽装がバレても、シズクが国を騙したとすれば追求を避けられる……。軍部の派遣に待ったもかけられますし、確かに悪くない案かもしれません。十分にその方向でウェルカが動いている可能性はありますね」


 ガナートの言葉に、してやったりとほくそ笑むミハエル。

 それに気づかないロド王は、しばらく考え込んだあと静かに頷いた。


「……うむ。ガナートの言う通り、十分ありえる話だな。だが、それでどうする? その偽装を暴きウェルカを追及するためには、確実な証拠が必要なのだ。これだけ大それたことをしでかすのだ、証拠は完全に抹消されていると考えるべきではないか?」


 ロド王の冷静な言葉に、再び静まり返る一同。

 

 だが、ただ一人。ローレンだけは不敵に笑った。


「王、無能を取り返せば良いのです。そして、やつに全てを証言させれば良い。仮に何も知らなかったとしても、命を助けてやるから『ウェルカ帝国に指名手配の撤回と不自由ない金をやると言われたから協力した』とでも言うよう命令すれば、喜んで証言するでしょう」


「確かに、あの無能ならば命惜しさに大人しく言うことを聞くだろう。その後は、自責の念に駆られて自殺したとでも公表すれば、処分したところでバレまい。だが、どのように取り返すのだ? やつらとて、簡単には引き渡さんぞ」


「儂に考えがあります。アレに付けていたメイドは男爵家から奉公に来ている令嬢なのですが、それを襲ったことにすればどうですかな? 令嬢の本家に配慮して公表はしてこなかったが、此度の一件はさすがに我慢ならず、被害にあった令嬢のきちんと裁きを受けさせてほしいという願いのためにも、苦渋ではあるが公表する決断をした。とでもすれば、他国の情も引けましょう。世間で噂の1つもない理由にも、十分説得力を持たせることができます」


 なんの罪もない女性を一人犠牲にすれば良い。

 悪びれた様子もなく言い放ったローレンには、非難の声どころか名案だと喝さいが沸き起こる。


「うむ、うむ! 良い案だぞ! 本家のほうはワシから便宜を図ってやれば、何とでもなる!」


「問題はぁ、その令嬢をどのようにこちらの意図通りに動かすかですねぇ。頭の良い者なら最終的に始末されることは想像がつくでしょうしぃ、脅しが効くとも思えませんよぉ?」


「家族を助けたければ、とかはどうでしょう?」


「一時的には言うことを聞くでしょうがぁ、土壇場で助けを求められなどでもしたらどうにもできませんよぉ?」


 ガナートの案はあっさり一蹴され、どうしたものかと悩む一同。


 そこへ、冷酷な笑みを浮かべたロド王がローレンへと視線を向けた。


「ローレンよ、主の妻が床に臥せっているという話は聞き及んでおるぞ?」


「お、お恥ずかしい……」


「ひどい目に合って心がへし折れた女というのは、まるで演劇などに出てくる悲劇のヒロインのように見えてしまうよなぁ。そうだ、襲われた際に悲鳴を上げさせないためにと喉でも潰されていたともなれば、より際立つと思わんか? 質の悪いヒールで癒した傷は、どれほど凄腕のヒーラーでも治せなくなると聞いたこともある。おっと、つい独り言を呟いてしまったようだ。忘れてくれよ?」


 ロド王の意図を読み取ったローレンは、無言のままニヤリと笑い返す。

 その後すぐに解散した一行。


 ローレンはすぐさま屋敷へと戻ると、一人のメイドを呼び出した。

 彼女は以前から仕える主人がいなくなったため家に戻りたいと直訴してきており、ローレンは目障り極まりない存在だと常々思っていたのだ。

 

「お呼びでしょうか、ローレン様」


「以前から言っていたな? 奉公を満了とし家に戻りたいと」


「はい。父にもすでに許可を得ておりますので、お許しいただきたく思います」


「良いだろう。今を持ってお主の奉公を満了とし、メイドとしての職務を終えるものとする」


「ありがとうございます。長らくお世話になりました」


 ぺこりと一礼したメイド。

 

「何、構わんさ。お前には次の仕事が待っているから、なっ!」


 スタスタとメイドへ歩み寄ったローレンは、勢いよく腹部へと殴打を放つ。


「な……なにを……」


「お前の今からの仕事は、儂のサンドバッグになることだ。精々楽しませてくれ、よっ!」


 腹部や背中など、目立ちにくいところばかりを重点的に蹴るローレン。

 その日から、ラインツ邸では呼び出されたメイドの姿を見かけることはなくなったという―――。

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