第34話 お腹ペコペコ


 僕の目の前で見事な土下座を披露する女性――もといホワイトスノードラゴンを、どうするのが正解なんだろうと頭を悩ませていると、タタタッと駆けて来た人影が抱き着いて来た。


「シズクっ!」 「シズク様っ!」


「ティア! ネイア!! 良かった、意識が戻ったんだね!!」


 僕は嬉しさのあまり二人をぎゅっと抱きしめると、予想外だったのかカァァと顔を真っ赤に染める二人。


「……うむ、アレじゃよ。シズクがくれたのお陰じゃ!」


「カイさんが、物凄い効き目だって驚いてました!」


「本当に良かった……」


 遅れてやってきたカイさんたちが、僕たちに頭を下げる。


「シズク君、今回は君一人を犠牲にするような真似をしたばかりか、今生の頼みすら聞き届けられず申し訳なかった……!!」


 カイさんに続き、ジェンさんやウォルスさんも頭を下げてくる。


「いえ……。僕こそ、護衛なのに守り切れずすみません」


「何を馬鹿な……。ドラゴンに襲われて命があるばかりか、撃退までしてみせたシズク君に何の落ち度があろうか。本当に感謝しかないよ。二度も命を救われてしまったね」


「僕もですよ。自らの危険を顧みずカイさんたちが二人を追って来てくれたお陰で、後を任せてホワイトスノードラゴンの相手に迎えました。僕一人だったら、今頃二人は……」


 改めて無事でいてくれたことに感謝し、ぎゅーっと強く抱きしめる。


「う、嬉しいっ! 嬉しいのじゃが、その……まだ心の準備ができておらんのじゃあああ」


「シズク様……。助けてくださり、ありがとうございます……」


 ティアは恥ずかしさのあまり逃げ出し、ネイアは抱き返してくるという正反対といってもいい反応を見せた。


「あ、そうだ。1つ問題が起こりまして……」


「なにっ?! まさか、まだホワイトスノードラゴンが僕たちを諦めていないのかい?!」


 途端に警戒態勢を取るカイさんたち。

 僕はアハハ……と乾いた笑いを浮かべながら、未だに土下座したままこちらの様子を伺っている女性の方へと目を向けた。


「「「「「「……?」」」」」」


 目をパチパチと何度か瞬きさせ、目をこすってから再び女性の方を見やるカイさんたち。

 それでも変わらぬ意味がわからない光景に、そろって首を傾げた。


 ひとまず僕は以前ラインツ領を出るときに買った外套を取り出し、彼女へかけて素肌を隠してからカイさんたちに状況を説明。

 最初は真剣に聞いていたみんなが次第に開いた口が塞がらなくなっていき、最終的にぽかんと口を開けたまま硬直してしまった。


「もしやとは思ったが……ホワイトスノードラゴンの人化状態じゃったか……。高位の龍は人に化けられるという伝承を聞いたことがあったが、本当に人そのものになれるのじゃな……」


「もしかして、彼女が襲って来たのは私たちがサンダーバードを倒して食べちゃったからですか……?」


「んん? ちょっと待ってくれないか、ティア嬢にネイア嬢。今、その……サンダーバードを倒して食べた、と聞こえたのだが……?」


 ネイアの言葉に反応したカイさんが、ピクピクと頬を痙攣させながら尋ねてくる。

 いまさら失言に気づいたネイアがチラッと僕を見るけど、もう誤魔化せないよ……。


「えっと、その。カイさんたちと出会う少し前に、サンダーバードに襲われまして。仕方ないので討伐して、その肉を食べたことが――って、え?!」


 僕が話している途中に、ガバッと起き上った女性が僕の足にしがみついてきた。


「ど、どうか! どうかお恵みを! 我はそこいらの魔物では腹が膨れないんです! もうお腹ペコペコで限界なんですっ!!」


 えぇー……。


 涙目でぎゅっと足にしがみつく女性に、言葉を失う僕。


「まだまだサンダーバードのお肉は残っておったじゃろ? こんな状態じゃ落ち着いて話もできんし、一度食事にしたらどうかの? 彼女ももう敵対する意思はないようじゃし」


「二人は殺されかけたんだよ……? それでいいの?」


「まずは話を聞いてみないと。もしかしたら、何か理由があったのかもしれませんし。恨むのはそれからでも遅くはないですよ! 幸い、怪我こそすれ誰も死んでいませんから。それに、シズク様がいれば彼女もきっと……」


 ネイアの言葉の意図を悟ったのか、僕を見つめていた女性がビクッと身体を震わせる。


「ひ、ヒィィ……。貴方様にはもう二度と牙も爪も向けませんから、どうか命だけは……ッ!」


「はは……。じゃ、じゃあ食事にしようか?」


 完全に怯えられているなぁと思いながら、僕は二人の意見を尊重して食事の準備をし始めた。

 カイさんたちもサンダーバードのお肉に興味津々のようだったので、お詫びも兼ねて御馳走することに。


 龍と一騎打ちをし、その上勝ってしまったとあってはもはや隠し立てしても意味がないと、他言無用を条件にマジックボックスの説明もしてしまい、遠慮なくサンダーバードのお肉を取り出し焼いていく。


 この際だからと、ティアも僕の魔法で調理するとなぜか美味しくなるなどの話を自慢げにしていた。


「お待たせしました。こちらがサンダーバードのステーキです」


 差し出された肉を見て、ごくりと喉を鳴らす一同。

 一度味わったことのあるティアたちに至っては、我慢できないといった様子だ。


 一斉にかじりつくと、以前の僕たちのように感動に打ち震えるカイさんたち。

 あっという間にたいらげてしまい、案の定おかわりを焼くことになった。


 ただ、やはり元は身体の大きな龍からすると全然物足りないのか、おかわりを真っ先に平らげたあとも他の人が食べる様をジーーッと物欲しそうに見つめている。


「さすがにここで全部食べ切っちゃうのもアレだし、かといってお肉のストックは他にないしなぁ。あ、そうだ。これならどう??」


 僕はつい何気なく、偽物フェイクで2kgほどの巨大な肉塊に骨が突き刺さっているような見た目のオークステーキを作り出し、手渡してみた。


「こ、こんなに食べても良いのですかっ?!」


「うん、構わないよ。ただ、とりあえず食べてみて、口に合わなければ……って早い」


 頷いた僕を見て、一目散にかじりつき食べ始めた女性。


 雪のような真っ白のきめ細やかな肌に、銀色のサラサラとした美しく長い髪。

 ティアやネイアに負けるとも劣らない抜群のスタイルと顔立ちに、キリッとした紅い双眸。

 

 人間離れした美しさを持つ絶世の美女が、無我夢中で豪快に骨付き肉にかぶりつく様はなんというか、残念の一言だった。


 目をランランと輝かせながら骨までペロッと平らげた女性は、僕をじっと見つめるや否やまるで騎士のように片膝をついて跪く。


「龍の誇りにかけ、貴方様を我が主として一生を賭して仕えたいと存じますっ! どうかお許し頂けないでしょうかっ!!」


 凛々しい姿で突然の宣言をした彼女に、理解が追いつかず凍り付く一同。

 僕の魔法は、ついに龍を餌付けするに至ったらしい―――。

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