第21話 ワイバーンを倒せ


 ダンジョン攻略を終えて外へと出た僕たちは、念のためメレッタさんへと報告をおこなった。


「え?! ボス部屋にオークキングがいたのっ?! 稀にイレギュラーで通常とは違うボスが配置されることがあるんだけど、よりにもよってキングだなんて……! 良く無事に戻って報告してくれたわっ! お陰で大きな被害を出す前に探索の禁止と討伐部隊の編成ができるよっ!」


 先の事件のこともあり、僕たちの言葉が嘘じゃないと信じてくれたメレッタさんが大慌てで小屋を出ていこうとする。


 でも、ティアとネイアの言葉が耳に入ったのか、ピタリとその足を止めた。


「ほらの? 普通はこの反応じゃぞ?」


「私たちの言いたいことが、少しだけでも伝わりました?」


「……はい。言葉もないです」


「……え? どういうこと……?」


 訝し気に眉を顰めるメレッタさんに、事情を説明。


 僕が一人で討伐したと話したときには、「そんなまさか~。え……? ほんとなの……? 冗談でしょ?!」と両手で肩を掴まれてぶんぶんと揺らされてしまった。


 さすがに死体ごと出すと怪しまれてしまうので、あらかじめ解体して別けておいたラージサイズの魔石と牙を提出すると、ストンと魂が抜け落ちたように覇気が消え失せ、ハハハ……と焦点の合わない瞳で一点を見つめたまま乾いた笑い声を上げ始める。


「良かったのう。見事廃人の完成じゃ」


「やっぱり、許容量を超えると思考停止しちゃいますよね……」


「って何暢気なこと言ってるんだよ! メレッタさん、戻ってきてください! メレッタさーーーーん!」


 それから五分ほど声をかけ続け、ようやく正気を取り戻してくれた。


「……うん。ちょっと今でも信じたくないけど、どうやら事実っぽいってことだけはわかったよ。ハハ、世界って広いんだね……」


 どこか達観した様子のメレッタさんに一抹の不安を覚えつつ、今後はオークキングが出る可能性があることをしっかりと留意しておくと言ってくれたので、僕たちは別れを告げて小屋を出た。


 ここにはもう用がないので、目指すはプーテルだ。楽しみだなー!


「のう、ネイアや。シズクのやつ、現実逃避をしておるぞ」


「仕方ないですよ。私たちだけじゃなくて、別の人からも言われたことでご自身の非常識さを少し自覚できたんでしょう」


「僕は非常識じゃないったらないんだーーーい!」


 夕暮れ時の賑わうプーテル第一ダンジョン周辺に、僕の魂の叫びがこだました。



 あれから三日。


 今日も今日とてプーテルへ向けて平原を進んでいた僕たちの視界に、一台の馬車が魔物に襲われている姿が飛び込んでくる。


 すでに護衛らしき人達は満身創痍の状態で、とてもじゃないけど長くは持ちそうにない。


 急いで駆け付けようとした僕に、ティアが「一応」と念押しした上で注意喚起してきた。


「馬車を襲っておるのは、ワイバーンじゃ。一体一体はオークキングに及ばぬが、あの数じゃからな。妾たちも援護はするが、気を付けるんじゃぞ」


 ま、お主ならまったく問題ないんじゃろうがな。


 なんて言いたげな顔をしているけど、僕はつっ込まないぞ。


 一足早く駆けだした僕は、空中を飛び回るワイバーン5体に狙いを定めると、ヘイトをこちらに移すべく『風刃』を連発。

 さすがにまだ少し距離があるので、何発かは命中したけどほとんどを避けられてしまった。


 でもうまく注意は引けたようで、ワイバーンたちが一斉に僕目掛けて飛んで来る。


 そこへ、僕の少し後ろを追いかけてきていた二人の『闇刃』と『風刃』がさく裂。

 一匹は翼がボロボロになって墜落し、一匹は腹部に大きな傷がついている。


 手負いの二匹を二人に任せ、残りの三匹目掛けて大きく飛び上がるとすれ違い様に一匹の首を『氷剣』で斬り落とし、空中で反転すると残りの二匹の首目掛けて『水刃』を飛ばす。


 急な旋回が不得意なワイバーンたちは、避けることもできずにその首を刎ねられた。


 僕が着地するころにはすでに二人も討伐を終えており、急ぎ馬車へと駆け付ける。


「大丈夫ですかっ?!」


「私……たちは、もう……手遅れだ……。どう、か、中にいる人を……守ってく……れ……」


 そう言った一番立派な鎧を身に着けた男性は、ワイバーンに噛みつかれたのか腹部に鎧ごと貫通した大きな風穴が開いており、ドクドクと大量の血液が流れだしていた。


 彼と同じように馬車を護衛していたのであろう鎧姿の三人も、それぞれ大きな爪痕が身体に刻まれていたりといつ死んでもおかしくないような大けがを負っている。


 こんなの、ヒール程度じゃとてもじゃないけど治療できない。


「バカ者がっ! 私は死ぬことなど許可していないぞっ! なんとしても生き延びて見せろっ!!」


 男性の言葉に反応したのか、馬車から高級そうな服を着た青年が一人飛び出してきて、涙を流しながら叫んだ。


 続けて執事服を着た老人も飛び出し、男性たちに次々とポーションをかけていく。

 だが、傷があまりにも深すぎるためか効果が薄い。


 準備していたポーションを全て使い切っても尚、状態はほとんど良くなっていなかった。


「坊ちゃま、残念ですがもう……」


「諦めるでないっ! 街まであと僅かなのだ! 街までたどり着けばきっと……!!」


 青年の言葉も空しく、頼みの馬車はワイバーンからの攻撃により半壊しており、とてもじゃないが動くような状態でないことは明白だった。


 僕が自分の無力さに拳を握りしめていると、ティアとネイアがそっと手を重ねて来る。


「シズクや……お主ならきっとできるのじゃ。だから諦めず、今こそその力を振るう時じゃぞ」


「そうです。シズク様なら絶対になんとかできます。ご自身の力を信じてください」


「僕は、ヒールしか使えないんだよ……。せめてハイヒールが使えたら……!」


 ギリッと音がするほど歯をかみしめた僕。


 会話を聞いていた青年は藁にもすがる思いなのか、僕へバッと頭を下げた。


「頼むっ! 必ず礼はするから、ヒールを彼らにかけてくれないかっ! ポーションも大量に使っているし、もしかしたらということもあるっ! どうか、どうかッ!」


 執事服の老人は何かを言いたげにしていたが、悲しそうに目を伏せるだけだった。


「……わかりました。全力を尽くします。全員を一列に並べてくださいっ!」


 僕はすぐさま目の前の男性にヒールをかけはじめ、ティアやネイア、青年と執事服の老人は協力して倒れている男性たちを僕のもとへと運んで来る。


 無駄かもしれない。無理なのかもしれない。

 でも……僕を信じてくれている二人のためにも、僕は僕を信じる。


 ――それから、どれだけの時間が経っただろうか。


 何度繰り返したかもわからないほどヒールをかけ続けていた僕は、四人の顔にわずかに赤みがさし、血色が良くなっていることに気づく。


 恐る恐る視線を落とせば、跡こそ残っているものの傷も塞がっていた。


「おぉ……! 神よ、感謝しますっ!!」


 青年の歓喜の声が、夜の帳が下りた空へと響き渡った―――。

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