黙示録への前奏曲

七十二の軍団を従える者

 満月が鮮やかに天を昇り、星は都市の明かりによって見えない夜、人気がない道を歩む影があった。

 影が月明かりに照らされると、それが人ではないことが分かる。

 歩む者の肌は血の気がなくまるで土のような肌をしていて、生きているのかどうか怪しい。

 更には口は半開きになっていて、目はまるで理性が無いようにギョロギョロと焦点があってなかった。


「うあああ……ぐううう……」


 まるで獣のような唸り声を上げる歩む者の正体は、人を襲う鬼グールであった。

 グールは獲物を探して道路をフラフラと歩いていくが、襲うべき人間がいないためにただ歩き続ける。

 本能のままに歩き続けているグールの道を阻むように、一人の人影が躍り出る。


「ううう……があああ……!」


「ふん、グールかこんなものが出るなどもはや末世は近いのかもな……」


 自身の歩む道を遮った人影を見たグールは、獲物を見つけたと言わんばかりに歓喜の唸り声を上げる。

 人影は興味がなさそうに独り言に呟くと、腰にデモンギュルテルを装着させる。

 そしてイヴィルキーを取り出すと、そのままデモンギュルテルに装填する。

 デモンギュルテルからまばゆい光が発生すると、光が人影を飲み込んでいく。

 光が消えるとそこに居たのは、一メートルほどの長さの大剣を背負ったまるで竜のような異形であった。

 腰にはイヴィルダーに共通するデモンギュルテルが装着されており、その異形がイヴィルダーであることが分かる。


「グール程度では話にならんな」


 異形は重さを感じさせない動きで大剣を抜くと、走り出しグールに向かって斬りかかるのであった。


「ががが!?」


 人のいない夜空にグールの断末魔のような悲鳴が響き渡る。それを聞いたのは満月だけであった。




 休日の正午過ぎ、リビングのソファーでパジャマ姿で寝ていた響は、わずかに感じた空腹感によって目が覚める。

 目を擦りながらスマートフォンの画面の時計を確認すると、もうすぐ昼食を取る時間だと分かりお腹を撫でるのだった。


「兄貴今起きたの?」


「んー今起きたところ……」


 歯ブラシを咥えながらリビングに入ってきた琴乃は、寝起きの顔の兄を見ると呆れたような表情になる。

 まだ眠たげな響は琴乃の言葉を反復するかのように呟くと、立ち上がり冷蔵庫に向かうのだった。


「ごめん兄貴先に私が食べた時に、残り物全部使っちゃった」


 謝るように頭を下げた琴乃の言葉通り、冷蔵庫にはお昼の材料になりそうな物は無く。残っているのは調味料ばかりであった。

 材料がないことに悩んだ響は乾麺の類がないか探してみるが、麺はあってもソースが無かったり、だしはあっても麺が無いために食べることは出来なかった。


「嘘だろ……」


「もう兄貴家で食べずに外で食べたら? あ、もし外で食べるなら材料買ってきて」


 悩む響に対していっその事外食をすればいいと提案する琴乃、それを聞いた響は軽く頷くのだった。


「そうするか……琴乃何買って欲しい?」


「三キロぐらいのお肉と袋詰された野菜を幾つか、後は何でも良いよ」


「遠慮を知らんのかこの子は……」


 響は頭を抱えながらもリビングに置かれていたお買い物袋を手に取ると、着替えに自室に戻ろうとしていた。


「あ、そうだ兄貴、最近不審者の出現情報が多いから遅くならないでね」


「そんな遅くに帰るわけ無いだろ……多分。それより琴乃の方が心配だよ」


「私はもう今日は出かける予定ないもーん」


 琴乃はあっかんべーと返事をする。そんな彼女の視線を背に受けながら、響はお買い物袋を片手に自室に戻るのだった。




 質素なワイシャツとジーパンに着替えた響は、お買い物袋をリュックに入れると背負って玄関に向かう。


「行ってきまーす」


「いってらっしゃ~い」


 琴乃からの返事を聞いた響は、空腹に襲われるお腹を擦りながら家を出るのであった。

 昼食はショッピングセンターのフードコートで食べるか、響がそう考えて歩いていると、金属と金属がぶつかったような鋭い音が響の耳に入る。

 休日の真っ昼間に聞こえる音ではないと判断した響は、音の発生源に向かって走り出す。

 アスファルトで舗装された道路を走り、ブロックが山積みされた壁を飛び越え、音の聞こえる方向に向かって行く。


「何だ……」


 たどり着いた響が見たものはかつて戦ったグールと、それに斬りかかる大剣を持った異形の姿であった。

 すぐに響は身を隠すように物陰に隠れると、グールと異形の戦闘を遠くから見始める。


「ふん!」


「ごががが!」


 戦況は圧倒的に大剣を持った異形の方に傾いており、反撃しようとするグールはめった切りにされていた。

 大剣を勢いよく振り回した一撃を食らったグールは、そのまま倒れ込み地面を転がっていく。

 倒れたグールに向かって異形は大剣を振り下ろし縦一文字に斬りつける。

 切りつけられたグールは顔の真ん中を両手で抑えながら、苦しそうに呻くのであった。


「あああ……」


「ふんグールでもいっちょ前に呻くのか」


 肩に大剣を担いだ異形は、座り込んでいるグールに対してヤクザキックを放つ。

 衝撃で地面を転がっていくグールであったが、すぐに体勢を立て直すと異形に向かって飛びかかる。

 しかしグールの攻撃を異形はヒラリと回避すると、振り向きざまに大剣で斬りかかる。

 斬られたグールの背中からは、傷からおびただしい量の鮮血が溢れ出始める。


(圧倒的でグールの方が可哀想に見えるな……)


 異形とグールの戦闘を隠れてみている響は、圧倒的な戦いに心のなかでそうひとりごちるのだった。

 その間にも戦闘は進んでいき、大剣を持った異形がグールを斬りかかる。

 グールも何度か攻撃を回避しているが、異形の連続攻撃を全て回避することは叶わずに何度も斬られていく。

 そして倒れ込んだグールの体に向かって異形は、大剣を勢いよく突き刺すのだった。


「ががが……がが……」


 その身を大剣で貫かれたグールは断末魔を上げながら、塵となって崩れていくのであった。

 一方的な戦闘であった、物陰に隠れて見ていた響は最初にそう思った。

 大剣を操る技量も動きも、異形は全て一流のものであった。もし戦うのであれば勝てるかどうか響には分からないほどだ。


「おい、そこに隠れている奴出てこい」


 自分のことだと思った響は驚いて体を震わせると、ゆっくりと物陰からその身を露わにする。


「ほう、逃げずに本当に出てくるとは……感心した。小僧名前は何だ」


「加藤響……」


「加藤響……ふむお前これを見たことはあるか?」


 そう言うと異形はデモンギュルテルからイヴィルキーを引き抜き、変身を解除する。

 先程まで異形がいた場所には、身長百六十センチ程の黒髪の成人女性が立っていた。

 そしてイヴィルキーを見せびらかすように、左右に動かすのだった。


「っ……」


 イヴィルキーを見てしまった響は、条件反射的に反応をしてしまう。

 響の反応を見た成人女性は、ニヤリと笑みを浮かべるのであった。


「ああ知っているのか。そうだ私がこの姿では説明が難しいな」


 そう言うと成人女性はダラリと両腕を力なく脱力すると、影から鮮やかな金髪を伸ばして腰まで伸ばして、黒の装飾の多い服を着た美しい少女が現れる。


「さて本格的に話そうか?」


「何……!?」


 成人女性が喋っていると思っていた響は、少女の声が先程まで話していた声であることに驚きを隠せないでいた。

 驚く響の反応を見た少女は、満足そうな顔で胸を張るのだった。


「いいぞその顔、やはり私が出てきただけはあったな。まずは私の名だがアスモデウス、七十二の軍団を従える者だ。さて本題だが、貴様も魔神と契約した人間であっているか?」


「そうだったらどうするんだ?」


「決まっている、我が契約者に相応しいか確かめるまでよ。なにせ未だに魔神と契約した者は見つからずに、アストラル界の木っ端共しか出会わない始末だからな」


 そう言うとアスモデウスは成人女性の体に戻っていき、その手に持ったイヴィルキーを起動させる。


〈Asmodeus!〉


 響の記憶にあるどのイヴィルキーと比べても、まるで恐怖を駆り立てるような恐ろしい起動音に、響は額から冷や汗を流す。


『響、気をつけろ! アスモデウスと言ったら王の爵位を持つ魔神。他の魔神とは一線を画する!』


『OK! どちらにせよ死ぬ気で戦うにしかないだろうな!』


 キマリスの助言を聞いて心を震え立たせる響。そんな響の表情を見てアスモデウスは楽しそうに笑うのだった。


「そうだ、それぐらいの覇気が無ければ私の契約者に相応しいとは言えん!」


 アスモデウスは大きくイヴィルキーを持った腕を振ると、そのままデモンギュルテルに装填する。


「憑着」


〈Corruption!〉


 デモンギュルテルから起動音が鳴り響くと、まばゆい光がアスモデウスを包み込んでいく。

 そして光が消えた後には背中に大剣を背負った竜の意匠持つ異形、アスモデウスイヴィルダーがそこに立っていた。


「さあ、私の契約者となる資格を見せてみよ! さもなくば死だ」

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