妄執の刃

 響と椿がバラムイヴィルダーに襲われた翌日、響は図書室で放課後を過ごしていた。

 本を読んでいる響は、ふとポケットに入れているスマートフォンのバイブに気づく。

 すぐに響は本を閉じてスマートフォンを取り出すと、画面には椿からのメールを受信していた。


(ん、何だ?)


 メールを見てみると、件名には「すいません」、本文には「今すぐ弓道場に来てくれませんか?」と書かれていた。

 メールの文面が気になった響は、すぐに図書室を後にして弓道場に向かうのだった。





 上之宮学園の弓道場は、広大な上之宮学園の土地を遠慮なく使用しており、四方の広さ百メートル以上である。

 そんな弓道場であったが雰囲気は暗く、険悪なものであった。

 険悪な雰囲気の出どころは指導している椿と、椿から指導を受けている坂井洋子の二人からであった。

 正確には坂井洋子は嬉しそうに指導を受けているが、椿は嫌そうな顔で後ろから指導している。


「ここはこうしてください……」


「はい! お姉……先輩!」


 嬉しそうに返事をする洋子であったが、対照的に椿の表情は苦痛に満ちていた。

 そんな二人を見ている弓道部員達は、腫れ物を見るような目で椿を見ていた。

 そんな空気が漂う弓道場に響が現れる。


「すいませーん、見学していいですか?」


 響を見た弓道部員達は、サッと視線をそらして練習に励みだす。

 以前大学生に椿が虐められていた際に、響が介入してきたことで、弓道部員達にとって響は関わりたくない存在だった。

 そんな弓道部員達の様子を見て響は、疑問に思いながら首を傾げるのだった。


(先輩来てくれたんですね)


 響を見た椿は、内心嬉しそうになりながらも何も言わずに、表情だけは明るいものになっていた。

 椿の様子に気づかない洋子は、そのまま嬉しそうな表情で矢を射るのだった。


(何か椿君の様子が変だけど、練習を見ておくか……)


 響は弓道部の練習の邪魔にならないように、弓道場の端の壁に背中を寄せるのだった。

 そうして響が見学している中で、弓道部の練習は問題なく続いていった。

 そして響が見学をし始めて十分ほど時間が過ぎると、弓道部女子部長が響の横に来るのだった。


「失礼、隣いいかい?」


「どうぞ……」


 練習は続いているはずなのに、部外者のところに来た弓道部部長を訝しんだ目で見る響。

 そんな響の視線を向けられた弓道部部長は、愛想よく笑うのだった。


「やあ騎士ナイト君、久しぶりだね」


「久しぶり? 会ったことありましたっけ?」


「覚えてないかい? 指導に来た大学生に下屋椿が虐められていた時、話したじゃないか」


 そう言われて響は弓道部部長の事を思い出す。

 確かに一度だけ、響から一方的に話したことがあった。

 恐らくその時の出来事からなぞらえて、響の事を騎士ナイトと呼ぶのだと響は推察した。


「まあ君のことは今はどうでもいいけど、下屋のことでちょっと独り言を話させてもらうよ」


「はい?」


 練習している弓道部員に聞こえないように、小さく喋る弓道部部長の声を聞いた響は、怪訝な表情をしてしまう。

 そんな響のことは無視して弓道部部長は喋り続ける。


「下屋を虐めていた大学生さぁ、最近指導に来ないんだよね。だからうち弓道部らの間じゃ、下屋に反撃されて怖くてこれない、なんて噂になってんのよ」


「はぁ?」


 周りの弓道部員に聞こえないように話された内容に、聞いた響は険しい顔になる。

 事実無根の噂だなと、響は思った。

 椿を虐めていた大学生は、イヴィルキーによって暴走していた。それを響達によって開放されて、毒気がなくなり弓道部に指導に来ないのが真相のはずだった。


(でも弓道部員達はイヴィルキーのことなんて全然知らない……)


 イヴィルキーのことを知らない弓道部員達は、椿を恐れて根も葉もない噂を作ってしまったのだった。

 それを分かってしまった響は、顔を歪ませていると弓道部部長が「それにさぁ」と続ける。


「下屋の奴最近ストーキングされてるって、噂まで流れてるんだよねぇ。一人は坂井の奴でもう一人は男子らしいけどさ」


 弓道部部長は半笑いの表情になりながらも、響に話しかける。

 椿を見る弓道部部長の目は、まるでゴミを見るような目であった。


(弓道部にとって椿君は、不祥事とかスキャンダルの発生源としか見てないんだ……)


 響は弓道部部長を内心では軽蔑するが、外面では弓道部部長にバレないように愛想笑いをしていた。

 言いたいことを全て言い終わったのか、「じゃ」と言って弓道部部長は響の元から離れて行くのだった。

 離れていく弓道部部長の背中を見ながら、響は深くため息をつく。

 そして椿と洋子の様子を響はジッと見つめているのだった。


「よぉし練習止めぇ、皆片付けろ」


 弓道部部長の一声を聞いた弓道部員達は、練習を止めて道具を片付け始める。

 そんな中でも響は二人の様子を見続けていた。

 そして片付けが終わった弓道部員達は、全員更衣室に着替えに行くのだった。

 着替えに行った椿を待つ響は、一人弓道場でポツリと待っていた。


「先輩お待たせしました!」


 壁に背中を預けながら待っている響に向かって、椿は手を振りながら近づいていく。その後ろには機嫌が悪そうな坂井洋子がいた。

 椿は響の姿を見ると安心したのか、ホッと笑みを浮かべて響の横に立つ。

 そして二人は並びながら弓道場を後にするのだった。十メートル程背後に酒井洋子を連れて。


「先輩、いきなりメールで来てほしいなんて、ごめんなさい……」


「いいよ、俺も図書室で本を読んでいただけだから。弓道部の練習とか珍しいもの見れたし」


 和気あいあいと話す響と椿を見て、酒井洋子は嫉妬したように響に視線を向ける。

 そんな酒井洋子の視線を気にもとめず、二人は下校するのだった。

 そして校舎の横を三人が通り過ぎようとした瞬間、行く先を遮るように誰かが立ちふさがる。


「ん?」


 誰かを見て響は怪訝な声を上げる、遮った影は懐に何かを抱えた岩居隆一であった。

 岩居隆一はハァハァハァと矢継ぎ早に呼吸をして、額には汗がにじみ出ていた。

 ただならぬ岩居隆一の様子を見た響は、椿の前に立つと椿達を後ろに下がらせる。


「何なんだよお前、俺と椿ちゃんの邪魔をしやがってよぉ!」


 岩居隆一の言葉を聞いて響は、サッと椿に視線を向ける。しかし椿の表情は恐怖一色に染まっており、何も聞けそうな状態ではなかった。

 下校中の周囲の生徒たちも岩居隆一の様子を見て、周囲に集まり始める。


「クソクソクソ、どいつもこいつも俺を蔑みやがってよ!」


 そう言うと岩居隆一は懐に抱えたタオルの塊を手に持ち、響に向かって突進してくる。

 響はすぐに避けようと判断したが、響の後ろには青ざめた表情の椿がいた。

 動けない椿をかばうように、響は椿の前に立つ。

 そしてドスリという音と共にタオルに包まれたコンバットナイフが、響の脇腹に深々と突き刺さる。


「キャァァァーーー!」


 コンバットナイフが突き立てられて真っ赤に染まった響の制服を見て、野次馬として周囲に集まっていた生徒たちは悲鳴を上げる。

 日常を逸脱した光景を見た椿と酒井洋子は動けないでいた、周囲の野次馬たちもあまりの光景に動けないでいた。

 そんな中で動けていたのは響と岩居隆一であった。

 岩居隆一はポケットからバラムのイヴィルキーを取り出し、それを見た響はコンバットナイフが突き刺さった傷口を強く抑え「逃げろ」と叫ぶ。


「ふざけんなカッコつけやがって!」


 叫びだす岩居隆一の腰にデモンギュルテルが巻き付く、それと同時にイヴィルキーを起動させて、デモンギュルテルに装填するのだった。


〈Demon Gurtel!〉


〈Balam!〉


「憑着」


〈Corruption!〉


 起動音と共にデモンギュルテルの中央部が開き、中から羊と牛が現れて岩居隆一の周囲を回る。

 そして岩居隆一に牛と羊が飛び込むと、肩に牛と羊の頭を持つ異形バラムイヴィルダーが現れる。

 バラムイヴィルダーを見た生徒たちは、悲鳴を上げて逃げ出し始める。

 しかし椿は足が震えて逃げることが出来なかった。


「逃げましょう先輩」


 動けない椿の手を引っ張って逃がそうとする酒井洋子、しかし椿の足は一歩も動けないでいた。

 椿に近づいていくバラムイヴィルダーであったが、響のタックルによって邪魔される。


「お前ぇ!」


 苛立つ声を上げるバラムイヴィルダーであったが、そんな事を無視して響はバラムイヴィルダーを別の場所に移動させる。

 周囲の野次馬たちも逃げ出し、周辺に人影がないグラウンドまで移動した響は、苦しそうに表情を歪ませながら、キマリスのイヴィルキーを取り出す。


「キマリスゥ!!!」


『戦えるのかい響?』


『戦えるじゃない、戦うんだ!』


 響の腰にデモンギュルテルが装着されると同時に、響はイヴィルキーを起動させてデモンギュルテルに装填する。


〈Demon Gurtel!〉


〈Kimaris!〉


「憑着ぅ!」


〈Corruption!〉


 起動音と共にデモンギュルテルの中央部が開き、中からケンタウルスの姿をした騎士が現れる。

 騎士は一瞬でパーツ状に分解され、響の体に装着されていく。そして響はキマリスイヴィルダーに変身するのであった。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 しかし響は苦しそうな様子で息を吐いて吸う、そして脇腹を押さえるのだった。


『響!』


『大丈夫だ!』


 キマリスの叫びを一喝した響は、バラムイヴィルダーに向かって走り出すのだった。

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