不可視の視線

 ある日の放課後、響はかばんを持って教室を出ようとした瞬間、「先輩!」と呼ばれる。

 振り向いた先には、かばんを持った椿が教室の入口に立っていた。


「あの……今いいですか?」


「ああ良いよ」


 椿は遠慮した様子で教室に入ってくる、それを見た響は安心させるように笑顔で答えるのだった。


「実は……家まで送ってくれませんか?」


「ん?」


 訳の分からないといった顔をする響に説明するように、椿は廊下を指差す。

 椿を連れて響が廊下に向かうとそこには、壁に隠れて教室を凝視している男子生徒が居た。

 凝視している男子生徒の見た目は、全体的に丸まっており肥満という言葉をイメージさせる体型だった、また顔には瓶底眼鏡のような眼鏡をかけていた。


「先輩、こっちを見ている人なんですが……」


「あの壁に隠れている人?」


「はい、最近ずっと下校中に後ろを付かれていて困っているんです」


 困った様子の椿を見て響は「確かにな」と思った、下校途中まで付いてこられるなら怖いだろうし、第三者である響から見てもこれはストーキングと思われても仕方ない。


「わかった、今日は家まで送るよ」


「本当ですか!」


 響の言葉を聞いた椿は、嬉しそうに顔を明るくすると響の手を握るのだった。




 学校を出た二人は横に並びながら下校をする、下校途中に椿がチラチラと響に向かって視線を向けていたが、響はそれに気づくことはなかった。

 話す話題が無いと思った椿は、何か話題は無いかと考えを巡らせていく。


「あの先輩!」


「んどうしたの」


「この前の加藤先輩が血まみれだった件は、大丈夫でしたか?」


「ああすぐに駆けつけたおかげで、大事に至らなかったよ」


「よかったぁ」


 椿は一安心したのかホッと息を吐くのだった。


「私、加藤先輩が死んじゃうかと思って急いで電話をかけたんですよ」


「でも椿君のおかげで達也を助けることが出来たんだ、ありがとう」


 響にお礼を言われた椿は、頬を赤らめながらも嬉しそうに笑うのだった。

 そして椿は言いづらそうに小さな声で、少しずつ話し始める。


「あの……加藤先輩の時もイヴィルキーを持った人の暴走だったんですか?」


「あーうん、そうだねとしか言えないんだ」


 正確に言えば響は、オセイヴィルダーに変身した女子生徒が起こした事件について、詳しい情報を知っていた。

 オセイヴィルダーに変身した女子生徒が回収された後、警察で事情聴取を受けた女子生徒の供述によれば。達也のことが好きだった女子生徒は、オセのイヴィルキーを手にして自分より美人に変身することで達也に告白することを考えたそうだ。

 そして美人に変身するために、モデルとなる女子生徒を拉致して監禁したと供述した。

 しかし達也に告白を断られたために、さらに女子生徒を拉致して顔を変えていったのだ。

 だが何度も告白を断られた女子生徒は、ついに逆上して達也に襲いかかったそうだ。


「でも先輩は暴走しないって、私信じていますから!」


 響の内心を知らない椿は、満円の笑みで響に向かって笑顔を見せつけるのだった。

 そんな椿の笑顔を見た響は、少しだけ心が晴れた気がした。

 そのまま歩いていく二人であったが、途中で椿が「えい」と指を絡ませるように響の手を握るのだった。


「椿君!?」


「私、先輩のこと信じてます! 先輩が私の事を助けてくれるように、私も先輩のこと助けますから」


 椿の勇気を出したその言葉を聞いて響は内心嬉しかった、イヴィルキーを巡る事件に巻き込まれて様々な人と触れ合ったが、助けると言われたのが始めてだったからだ。

 嬉しかった響は、そのまま無言で椿の手を強く握り返すのだった。

 そのまま夕日に照らされた二人は手を握ったまま歩いていき、椿の家の前まで手は握ったままであった。


「先輩、送ってもらってありがとうございました!」


「いいてことよ、何も問題はなかったし」


 椿は頭を下げて家の中に入っていく、響は家に入っていく椿を手を振りながら見守っているのだった。


「さて帰るか」


 椿が居なくなったことを確認した響は、くるりと家のある方角に向く。

 しかしその瞬間誰かの視線を感じ取って周囲を見渡す、だが周囲には人影は一切無かった。


(前の視線とは違ってねっとりとした視線だったな)


 感じた視線に違和感を感じつつも、響は帰路につくのだった。




 家に帰った響は自室でゆったりと椅子に腰掛けながらコミックを読んでいた、すると部屋の中にキマリスが実体化する。

 キマリスの格好は短めの白のキャミソールに、黒のホットパンツという露出度の高い服装であった。

 そのままキマリスは響の片足に座り込み、響の体を抱きしめるような体勢をとる。


「どうしたんだよキマリス」


「いやなにねぇ、今日は随時楽しそうだったからさ。僕も響と触れ合いたいなーと思って」


 するとキマリスは響の首に顔を近づけると、まるで猫のように顔をこすりつけ始める。

 スリスリとこすりつけられるキマリスの感触に、響はこそばゆさを感じる。

 さらにはキマリスの体臭なのか、彼女から漂う甘い香りが響の鼻孔をくすぐるのだった。


「キマリス?」


「ん、椿よりももっと僕が触れ合いたいだけだよ」


 そう言うとキマリスは、ゆっくりと響の手に指を絡ませるように握りしめる。

 そしてそのまま唖然としている響の口元に、キマリスの鎖骨が触れ合う寸前まで体を密着させていく。


「ねえ響、僕の体に響の物だって、証を付けてみない?」


 キマリスはそう言うと、肩にかかっているキャミソールの紐をずらしていく。

 そしてキマリスのシミ一つ無い色白な肌をした鎖骨を、響の目の前で無防備に晒すのだった。


「キ、キマリス……」


 キマリスの美しい鎖骨と素肌を見せられて、ゴクリとツバを鳴らしてしまう響。

 まるで誘蛾灯に誘われる虫のようにゆっくりと近づいていく響、キマリスもクスリと笑いながら誘うように体を密着させていく。

 そしてついに響の口がキマリスの鎖骨に吸い付く。


「んんん、んんんんんん」


「ん……響激しいよ……」


 まるで哺乳瓶に吸い付く赤子のように、響はキマリスの肌に吸い付いていく。

 逆に吸われているキマリスは、声を出さないように口を閉じるが、それでも口から蠱惑的な声を漏らしていく。

 そして響がキマリスの肌を吸い続けること三分後、響はようやくキマリスの鎖骨から口を離す。

 先程まで響が口づけしていた場所は、虫に刺されたように真っ赤に染まっていた。


「フフフ、響ったら可愛かったよ」


 まるで聖母のように響に微笑みかけるキマリス、それ見て響は先程の行為が恥ずかしくなって赤面するのだった。


「こんなに僕の肌を吸い上げてさ、人間だったら簡単には消えないよね」


 そう言いながらキマリスは、色白な肌にできた痣を優しく指でなぞり上げる。

 そんな何気ない動作がとても小悪魔的で、それを見た響の心拍数は一気に跳ね上がっていく。

 響と密着しているキマリスは、響の心拍数が早くなった事に気づき楽しげに笑う。


「どうする響、もっと僕に君の証を付けるかい?」


「な!?」


「例えば此処とか」


 そう言ってキマリスは手のひらにちょうど収まりそうなな胸元に指を差す。


「此処もどうかな」


 次にキマリスが指差したのは、細長いながらも肉付きの良いふとももであった。


「それともへそ?」


 そのままキマリスはキャミソールをたくし上げて、小さなへそを見せつける。


「それとも僕の口を奪うかい?」


 そう言うとキマリスは指を潤いのある唇に動かす。

 次々と行われるキマリスの誘惑に、響の耐久力は限界に達する。

 そのまま響は顔を真っ赤に染めて、パタリと意識を失うのだった。


「あらら、全く可愛いなぁ」


 そう言うとキマリスは響の額に軽くキスをすると、実体化を解いて部屋から消えるのだった。




 犬も吠えぬ丑三つ時、椿は自分のベットで目を覚ます。

 珍しく夜中に目が覚めてしまった椿は、もう一度眠ろうと目を閉じるしかし眠気が襲ってこない。

 なんてことはない、ただ目が覚めただけのはずなの嫌な予感がする。そう思った椿は窓の外を見る。


「っひ!」


 窓を見た椿は小さく悲鳴を上げる、そこには牛と羊と人間のような三つの顔持った異形が立っていたのだ。

 とっさに視線を逸してしまう椿であったが、もう一度窓を見るとそこには何もいなかった。そうまるでそこには元々誰もいなかったように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る