儚い日常其の一

 オセイヴィルダーとの戦いがあった日から数日後、照りつける朝日の下で響は登校していた。

 千恵からオセイヴィルダーに変身していた女子生徒に、拉致監禁されていた女子生徒達は無事に退院できたと昨日に連絡を受けて、響は安心して登校していた。

 普段なら琴乃も一緒に登校していたが、今日は用事があると言って先に家を出ていった。

 響が普段どおりに下駄箱で靴を履き替えて教室に向かおうとしたその時、下駄箱前に設置されている掲示板に人だかりがあることに気がつく。


(珍しいな何か張り出されているのか?)


「すいません、通らしてください」


 掲示板に何があるのか気になった響は、どんどんと人混みをかき分けていき掲示板の前に移動する。


「どれどれっと」


 掲示板にはでかでかと張り紙が貼られていた。号外と目立つ文字が書かれたソレは、上之宮学園の新聞部の作った新聞であった。

 貼られている新聞の見出しは、「上之宮学園に犯罪者か!?」と大きく書かれており、見出しを見た響はすぐさま記事の内容に目を通していく。

 記事を一番最初から読んでいくと、「先日上之宮学園の生徒が拉致監禁されていた、被害者は全員高等部の二年生で美少女ランキングにランクインしていた」と書かれていた。

 また拉致監禁の被害者の顔写真から名前、クラスまで大きく掲載されていて、プライバシーなど考慮は全くされていなかった。


(おいおい、こんなの書いて大丈夫か?)


 プライバシーを考えていない記事の内容を見た響は内心汗を流す。

 さら記事を読み解いていくと事件の容疑者として、上之宮学園の生徒が警察に事情聴取を受けていると書かれており、その生徒の顔写真、名前、学年、クラス、部活がオカルト研究会であることさえも公になっていた。

 その女子生徒の顔写真に響は見覚えがあった、倒したオセイヴィルダーに変身していた女子生徒であるからだ。


(何でこんなことまで書かれているんだ?)


 響は急いで記事の内容を見ていくが、容疑者の女子生徒がどのような奇行をしてたなど、女子生徒のプライバシーを暴き立てるような内容ばかりであった。

 また被害者の女子生徒達はスタンガンを首元に押し付けられて、そのまま縛られてさらに猿ぐつわをされて監禁された、と詳細に記事が書かれている。

 しかし記事には容疑者の女子生徒がオセイヴィルダーに変身したことは、全く書かれてはいなかった。

 容疑者がオカルト研究会に所属していると知った周囲の生徒たちは、平然として陰口を言い出すのだった。


「やっぱりオカルト研究会はヤバい人だよね」


「近づかないほうが良いわね」


(こいつら平然と陰口を言いやがる)


 周囲から聞こえる陰口を耳にしても、響はなんとか表情を変えずにいた。

 すると新聞を見ている人だかりが、ザワザワとざわめきだし始める

 何ごとだと響は周囲を見渡すと、響の後ろの人だかりがモーセが海を割ったかのように真っ二つに割れる。

 割れた人だかりを歩くのは、老人ではなく一人の女子生徒、高等部三年生オカルト研究会部長の豊崎千歳であった。

 周囲の生徒達は千歳の顔を見て、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに距離を取り出す。


「あら、ありがとう」


 周囲の生徒の見る目など気にせずに、千歳はゆったりと響のもとに進んでいく。

 そして響の横に立つと千歳は、響の耳元にその西洋人形のように美しい顔を近づける。


「少しいいかしら?」


 聞こえる千歳の声にこそばゆいと思いながらも、響は小さく顔を縦に振る。

 それを見た千歳はまるで汚れのない童女のように笑うと、響の手を取り先導していくのだった。

 千歳に連れて行かれる響を見て生徒達は、まるで響を死地に向かう兵士を見るような視線を向けていた。




 響は千歳に連れられて、人気のない廊下まで連れていかれた。

 見渡しても人影は全く無く、隠し話をするにはうってつけの場所であった。


「あの部長さん、用件って何ですか?」


「用件? ああそのことね、加藤くん貴方が監禁されていた生徒達を助けたらしいですってね」


「え、まあはい。ところでどうしてその事を?」


「警察の方に事情聴取を受けましたもの、オカルト研究会の部員が拉致監禁をしていたということで」


 くるりと一回転をして平然とした様子で、千歳はそう言い切る。

 その様子はまるで、道路の小石を邪魔だから動かしたように何ともなさげであった。


「ああでも、校長先生にも怒られましたわ。監督責任がどうこうと」


「どうこうって……」


「あら、心配してくださるの? それはとても嬉しいわね」


 嬉しそうに笑う千歳、その様子を見た響の印象は頭のネジが一本外れてる人かな、であった。


「心配といえば、貴方に助けられた女子生徒達が羨ましいわ。だってそうでしょう、王子様に助けられるようなシチュエーションなんて、女の子の憧れではありませんか。私も監禁されていれば貴方に助けてもらえたのに、でもそうすると助言はできなくなってしまうわね……」


 タガが外れたかのように有無を言わせぬ勢いで喋り続ける千歳、響は全部聞こうとしたが途中から千歳の声が小さくなっていったために、全てを聞くことは出来なかった。


「ああごめんなさい、一人でずっと喋ってしまいましたね」


「いえ大丈夫ですよ」


「そう? お世辞でも嬉しいわ」


 そう言うと千歳は、クスクスと小さく笑い出す。その様子はまるで不気味なのだが、千歳の整った顔立ちのせいか美しさを感じさせるものだった。


「お話を聞いてくれてありがとう、そろそろ始業の時間ですし、お別れと行きましょうか」


「え、本当ですか?」


 響はポケットからスマートフォンを取り出して画面を見ると、数分後には予鈴のチャイムが鳴る時間であった。


「ほんとだ、じゃあ失礼します部長さん!」


 そう言うと響は階段に向かって走り出す、その後姿を千歳は怪しい目で見ているのだった。




 急いで走って行った響であったが、何とか予鈴がなる前に教室に着くことが出来た。

 しかし教室に入った瞬間、教室内の空気がピリピリしてるのに気づく。

 正確にはピリピリした空気の出本は、既に席に座っている達也から出ていた。

 そんな達也の様子に当てられたのか、他のクラスメイト達も普段とは違う様子であった。

 昼休みになって響は達也を昼食に誘おうとするが、達也はすぐに教室を出ていくのだった。

 その後も達也とは話すことは出来ずに時間は過ぎていき、時間は放課後となった。

 

「よう、達也今いいか?」


 響に話しかけられた達也は、不機嫌そうに眉をひそめるが「いいぞ」と言って、手に持っていたかばんを机に置く。


「今日不機嫌そうだから、どっか飯食いに行かね。俺のおごりでさ」


 それを聞いた達也は一息つくと、かばんを持って立ち上がる。


「おいどこに行くんだよ!」


「飯屋だ、おごってくれるんだろ?」


 そう言って達也はニヤリと笑うのだった。



 響と達也は上之宮学園からすぐ近くにある、チェーン店の牛丼屋に着ていた。


「空いてる席にどうぞー」


 二人は店員の指示に従い二人席に座ると、置いてあったコップに水を注ぐ。


「んで、何であんなに機嫌が悪かったんだよ?」


 響の質問を聞いた達也は、手に持ったコップを一気飲みして机に叩きつける。


「聞いてくれ、この前のオセイヴィルダーのした監禁事件だが、被害者の名前は公表しないと生徒会と教師間で協議されていた……それを新聞部が全部公開しやがったんだ!」


 協議されていたと聞いて響は思い出す、今日の朝に見た下駄箱前に貼られていた新聞部の号外のことを。

 号外の内容には被害者の名前から、顔写真、クラスまで記載されていた。


「ああ、プライバシーのへったくれもない記事だったな」


「そうだろ、教師陣も被害者の事を考えて名前の公表はしないでくれって、警察に提言したのに……」


 そう言う達也の顔は悔しそうな表情であった。

 達也が続けて話そうとした瞬間、店員が机の前に立つ。


「すいません、ご注文はいかがしますか?」


「ああ、すいません俺チーズ牛丼一つ」


「俺は豚丼で」


「チーズ牛丼と豚丼ですね、ありがとうございます」


 そう言うと店員はハンディに注文を打ち込み、そのまま厨房に戻っていくのだった。


「話しを戻すぞ、それで今日生徒会に臨時集会があって、誰が新聞部に漏らしたかについて話しになった」


「わかったのか?」


「結論として誰も漏らしてないってなったよ」


 ヤレヤレと肩をすくめた達也は、残念そうに言う。


「このままだと生徒のプライバシーも危なくなるから、新聞部には教師から抗議を入れる事になっている」


「まあだろうな」


「だけど俺は、新聞部がまた同じような事をしでかすんじゃないかとハラハラしてるよ」


 達也の意見は最もだと響は思った、あそこまでプライバシーを公にするような記事を書く新聞部だ、あのような記事が再び繰り返されるのではないかという懸念は最もだ。


「注文のチーズ牛丼と豚丼です」


 その瞬間注文していた商品が机の上に置かれる、すぐに響はチーズ牛丼を、達也は豚丼を取るのだった。

 そのまま二人は注文した物を食べ始めて、一言も喋らなくなる。

 二人が食べきるのは十分後のことであった。


「「ごちそうさまでした」」


 二人は食べきると手を合わせるのだった。


「んじゃ、支払いは任せたぞ」


「現金だなぁ、まあ良いけど」


 達也は響に支払いを任せると、そのまま店を出ていく。

 残された響は、財布を取り出してレジへと向かうのだった。


「ありがとーございました!」


 店員のあいさつを背に受けて、支払いを済ませた響は店を出る。


「ん?」


 店を出た響はふと視線を感じ取って後ろを向く、しかし後ろには誰もいなかった。それを確認した響はさっさと家に帰るのだった。

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