響よ飛べ!急いで現場に急行せよ!

 午後九時、響たちが住んでいる県の県境にある湾岸で、いくつもの覆面パトカーが集まっていた。

 彼らが集まった理由はひとつ、最近流通している薬物Blood Wineの売人の摘発。

 厚生労働省と県警は流通しているBlood Wineの量から考えて、巨大な組織犯罪であると推測したために五十人以上の捜査官を用意した。

 そして響と男性が会った翌日の夜、大規模な取引があることを掴んだ捜査官達は、取引がある倉庫を摘発のために包囲していた。


「捜査官、準備は完了しました!」


 県警から応援に来た刑事が響と会った男性に、突入可能だと報告する。それを聞いて男性は、「うむ」と頷くとトランシーバーを手に取る。


「各員に通達する、これより突入する!」


 男性の言葉を聞いて、倉庫を包囲していた捜査官が突入する。倉庫の扉を開けると、そこには大量の積荷を載せたトラックと、取引のための現金が入ったトランク、そして捜査官を見て驚く男達だった。

 取引をしていた男達の内、黒服を着た男達は額に脂汗を流しているが、もう一組のアロハを着た二人組の男はニヤニヤと捜査官達を見て笑っていた。


「動くな! 麻薬取引の現行犯で全員逮捕する!」


 捜査官達がその場に居た全員を捕縛しようと突入するが、アロハを着た男二人は唐突に捜査官を殴り飛ばす。


「仕方ないからここから逃げるのはロハにしてあげますよ。行きますよ」


「ヘイ兄貴」


〈Demon Gurtel!〉


 アロハを着た男二人の腰にデモンギュルテルが巻き付く。それを見た捜査官達は手品か奇術の類と思い、一瞬動きを止めてしまう。

 そうしている内に二人の男は、イヴィルキーを取り出すと起動させてデモンギュルテルに差し込む。


〈Zagan!〉


〈Haagenti!〉


「「憑着」」


〈Corruption!〉


 ベルトから起動音が響くと共に、二人組のデモンギュルテルの中心部が観音開きになり、紋章が体を包み込む。

 そして紋章が消えた時にそこに居たのは、翼が生えて腕が黄金色に輝く、牛の頭を持った人型の怪物ハーゲンティイヴィルダーと、同じく翼が生えて全身が黄金色に輝く、牛の頭を持った人型の怪物ザガンイヴィルダーが現れた。


「うあああぁぁぁ!」


 いきなり現れた怪物に捜査官達は、正気を失いかけて狂乱状態に陥る。そして二人のイヴィルダーに対して、銃撃を試みるのだった。

 捜査官達は皆、イヴィルダーに狙いをつけて拳銃の引き金を引く。数え切れないほどの銃声が、倉庫の中に響き渡るのであった。


「ふふふ、むず痒いですね」


「こんなの豆鉄砲だな!」


 銃弾をくらったハーゲンティイヴィルダーとザガンイヴィルダーは、何もなかったかのようにピンピンしていた。


「軽く蹴散らしてこい」


「うす」


 ザガンイヴィルダーはハーゲンティイヴィルダーに命令すると、銃撃をくらいながらもハーゲンティイヴィルダーは捜査官達の方へ歩いていく。


「撃て! 撃て! 撃て!」


 捜査官達は目や心臓など急所を狙って銃の引き金を引くが、ハーゲンティイヴィルダーの体には弾丸が貫通しない。

 そしてハーゲンティイヴィルダーが一人の捜査官の目の前に立つと、捜査官の首を絞め上げる。

 ギリギリと首が軋む音が鳴り響く中、捜査官は逃げようと必死にもがくが微動だにしない。他の捜査官達も絞められる捜査官に当てないように移動をして、ハーゲンティイヴィルダーに銃を発砲する。


「県警本部に連絡! 怪物が出現! 発砲するも効果なし!」


 捜査官達が命がけの攻防をしている中で、倉庫を包囲している後方では県警本部に「怪物が出た」と報告を上げていた。









 同じ県内で壮絶な戦いが繰り広げられている午後九時、響は自室で本を読んでリラックスしていた。

 そんな時間を過ごしていると、響のスマートフォンに電話がかかってくる。響が画面を見ると、そこには桜木千恵と映っていた。


「もしもし加藤です」


「あ、加藤君今大丈夫?」


 電話をかけてきた千恵の声は、焦った様子が響には感じ取れた。すぐに響は「大丈夫です」と答えると、千恵はホッと安心したのか一息つく。


「あのね緊急事態なの、県内の埠頭にイヴィルダーが出現したの! しかも二体。今すぐ立花君と合流して現地に向かって!」


「え? 本当ですか達也に連絡してみます」


 千恵から聞いた内容に響は驚く。そのまま住所を聞いてみると県境にある湾岸地帯で、響の住んでいる場所からかなりの距離があった。


「ごめんなさい、お願いするわ」


 千恵は謝るとそのまま電話を切った。電話が切れた事を確認した響は、すぐに達也に電話をかける。電話が繋がるまでに、響は急いでパジャマを着替えて外に出れる服に着替えるのであった。

 着替えが終わってもスマートフォンからは「TLLLLLL」と鳴り続けて、達也は電話に出なかった。しかし電話自体はかけ続いてるため、響はそのままにして達也の家に向かうことにした。


「あれ、兄貴今から外に出るの?」


 外出しようとしている響を見て、琴乃は首を傾げる。しかし響は急いでいたために、妹に嘘をつくことにした。


「ああ、ちょっとノート貸しっぱなしだった事を思い出してな」


「そっかー行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 電話をかけ続けているスマートフォンをポケットに入れて響は家を出ると、達也の家に自転車で向かった。

 響の家と達也の家の中間地点で、遂に電話が繋がる。しかし最初に飛んできた言葉は怒号だった。


「ずっと電話をかけるな!」


「すまん達也、急用で……」


 珍しい態度に達也は怒りを一旦鎮めると、響の用件を聞くことにした。もしくだらない用事の場合は、殴る気であったが。


「で用件は?」


「うちの県境にある埠頭にイヴィルダーが出たらしい、って連絡が桜木先生から来たんだ。達也今行けるか?」


「それならそうと早く言え。すぐに出かける用意をする」


「じゃあ今からそっちに行く!」


 ガサゴソと電話から着替える音が聞こえてきたが、響は無視して電話を切った。そして急いで達也の家に向かうのであった。

 五分後響は達也の家の前に居た。既に達也は家の前で待機していて、響の姿を捉えると手を振った。


「すまん遅れたか?」


「いやそんなに待ってない。それよりどうやって埠頭まで行くつもりだ?」


 イヴィルダーが現れた埠頭は交通の通りが悪く、電車を乗り継ぎしていかないと行けない。もちろんバイクや自動車なら早く着けるが、響達は免許も持ってないし家族に相談できない。


「電車だと三回乗り換えて到着は一時間後だからな」


「だから?」


「飛んでいく!」


 響はハルファスとマルファスのイヴィルキーを取り出すと、声高らかに宣言するのであった。それを見て達也は頭を抱えるが、それしか方法が無いのも事実なので自分もアンドロマリウスのイヴィルキーを取り出した。

 辺りに人が居ないことを確認して、響と達也はイヴィルキーを起動させてベルトに差し込む。


〈Halphas Malphas!〉


〈Andromalius!〉


「「憑着!」」


〈Corruption!〉


 ベルトの起動音が鳴り響くと共に、紋章に包まれる響と達也。そして紋章が消えると、ハルファス・マルファスイヴィルダーに変身した響と、アンドロマリウスイヴィルダーに変身した達也がいた。


「んじゃ行くか」


「ああ」


 響と達也が肩を組むと、響は翼をはためかせて空へと上昇していく。そして二人は大空へと舞うのであった。

 上空二百メートルで響達は現場に急行していた。生身の人間がいれば無事では済まない風が吹き荒れるが、イヴィルダーとなった二人には問題ない。

 そして埠頭が目に見える距離に近づくと、響達の耳に銃声が聞こえ始める。まだ生きている人が居ることを確信した響達は、先程以上のスピードを上げて空を飛ぶのであった。





 先程捜査官達が突入した倉庫では、今も捜査官が命がけの攻防を繰り広げていた。しかし立っている捜査官は残り五人で、残りは既に地面に倒れていた。

 まだ立っている捜査官は、焦りながらも銃を発砲し続ける。なぜなら倒れている捜査官のうち重傷者もいて、酷い者は血を流し続けているのだ。

 そんな捜査官を見てハーゲンティイヴィルダーは鼻で笑う。そして飽きたかのように首を回し始める。


「兄貴もう全員ヤッていいですよね」


「ふん好きにしろ」


 ザガンイヴィルダーの言葉を聞いて、ハーゲンティイヴィルダーは嬉しそうに捜査官達への方へ走り出す。

 その瞬間倉庫の窓が割れて、二つの影がハーゲンティイヴィルダーと捜査官達の間に現れる。その影は現場に急行した響と達也だった。


「なるほど、派手に暴れたみたいだな」


「響あっちにイヴィルダーが居るぞ」


 響は倒れている捜査官を見て呟き、達也はハーゲンティイヴィルダーとザガンイヴィルダーを指差すのだった。


「さぁて二次会の主役は俺たちだぜ!」


 響はその場にいる全員に聞こえるように言って、決めポーズを取るのであった。

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