うまれてきてくれてありがとう

 薫が放った黒炎は、真っ直ぐに響と結奈へ襲いかかる。


「危ない!」


 響は結奈の体を抱えて回避するが、黒炎はそのまま部屋を焼き始める。炎の高熱を感知したのか、火災警報器が鳴り響き、それはマンション全体に広がっていく。


「青樹さん、悪いけどまずはこの部屋から脱出だ」


「そうですね、このままだと焼け死んでしまいます」


 響は結奈の体を抱きかかえて走り出すと、玄関に立っている薫へと向かっていく。


「加藤さん! もしかして……」


「その通り!」


 響は勢いよくジャンプすると、薫の上空を飛び越えて部屋を脱出する。そのまま階段へ向かおうとする響達であったが、彼らの退路を阻むように黒炎が壁を作る。


「これじゃ広い所へ行けない」


「逃さないよ……みんな燃えろ!」


 響達が足を止めていると、両手に炎を纏った薫が歩いてくる。どうしようか悩んでいる響を結奈が一喝する。


「加藤さん、私のことはいいので宮島さんを止めてください!」


「わかった……何とかして逃げてくれよ」


 響は一瞬悩んでしまうが、すぐに決断する。結奈を降ろすと、そのまま薫に向けて一直線に走り出す。


「はぁ!」


 薫は響に向けて、無数の炎弾を放つ。しかし響は走りながら左右にステップして、炎弾を回避する。

 

「どっこいせー!」


 拳が届く距離まで近づいた響は、そのまま薫を持ち上げると、地上に向けて勢いよく飛び降りる。

 地上十階からノーロープバンジーに心臓が冷える響だが、冷静にポケットからイヴィルキーを取り出す。


〈Demon Gurtel!〉


 響の腰にベルトが生成されると、急いでイヴィルキーを起動させてベルトに挿入する。


〈Halphas Malphas!〉


「憑着ぅ!」


〈Corruption!〉


 空中でハルファス・マルファスイヴィルダーに変身した響は、薫を掴んだ手を離す。墜ちていく薫を見ながら響は、空を飛びゆっくりと地上に降り立つのだった。

 地面にめり込んだ薫に視線を向けながらも、響は構えを解除しなかった。すでに何度もイヴィルダーとの戦いを経験した響は、この程度でイヴィルダーが倒れないと判断したのだ。


「そうか……やっぱり僕は要らないんだ」


 起き上がった薫は、俯きながらブツブツと呟き続ける。そして間髪入れずに響へと襲いかかる。


「あああぁぁぁ!」


 普段の声とは違う、まるで喉が潰れそうなほどに叫ぶ薫。そしてそのまま響へと殴りかかる。

 がむしゃらに殴ってくる薫の拳を響は、難なく受け止める。そして大振りのパンチが放たれた瞬間、攻撃を両手で受け流してそのまま背負投で投げ飛ばす。

 勢いよく投げ飛ばされた薫は、そのままコンクリートに叩きつけられて大の字になり突っ伏す。


「ううう、燃えて燃えてしまえ!」


 立ち上がった薫は、うめき声を上げながら黒炎を両手に纏わせ、炎弾を響へと連射する。

 襲いかかる炎弾の雨を響は、真っ直ぐに進みながらも回避し続ける。目的は唯一つ、薫と分かり合うためだ。


「薫! 落ち着け!」


「うるさい! 君も僕のことを俳優のカオルとしか見ていないんだろ! そんな奴皆燃えてしまえ!」


 響は両手で薫の肩を掴むが、それでおとなしくなる薫ではなく。黒炎を纏った両手で響の首を絞め始める。

 イヴィルダーの強靭な力で首を絞められている響の首は、ギリギリと骨が軋む音が鳴る。さらに黒炎で体は焦げづつけるのであった。


「そんなに燃やしたいなら、燃やしてみろ!」


 響は肩から両手を離すと、ベルトからイヴィルキーを抜き取り変身を解除する。


「え!?」


 響の突然の行動に薫の手からは黒炎が消え、首からも手を離してしまう。


「どうした? 俺を燃やすんじゃなかったのか?」


 薫は響の気迫に圧倒されて、「ううう……」と声を上げて後ずさってしまう。


「できないよ、そんな事僕には……」


 頭を抱えて叫ぶ薫を見て響は、これでいけると判断するのであったがその直後、事態は一変する。


「なら俺が燃やし殺してやろうか?」


 薫の口から大人の男の声が聞こえ始める。まるで薫でない存在が、薫の口を使って喋ってるかのようだった。


「やめ……」


 薫が静止するよりも早く薫の体は、生身の響を殴りつける。イヴィルダーの一撃を食らった響は、そのままコンクリートの地面を転がっていく。


「安心しろ薫、どんな時でも俺がお前の側に居てやる。だからこいつは燃やしてしまおう」


「違う、僕はそんな事を望んでは……」


「この男がお前自身を見てないかもしれなくてもか?」


 男の声と口論する薫。しかし彼は男に説得されそうになっていた。しかしそこに倒れている響が介入する。


「うるさい、俺は薫と話をしているんだ。おっさんみたいなだみ声のお前じゃない!」


「ならば死ね」


 男の声が響に宣告すると、薫の体は動き出し、倒れている響に近づき踏みつけ始める。


「ぐうううぅぅぅ」


「やめろベリアル!」


 薫はベリアルに静止を呼びかけるが、それでも薫の体は止まらず踏み続ける。


「なあ薫、これが終わったらもう一度話そうぜ。今度は全部腹の中さらけ出してさ」


 響は苦しさに耐えながらも、薫に語りかけ続ける。


「うん……だから死なないで!」


「応ぅ!」


 薫の言葉を聞いて、響は全身の力を振り絞ってキマリスのイヴィルキーを取り出す。そしてボタンを押して起動させて、ベルトに差し込むのだった。

 

〈Kimaris!〉


「憑着!」


〈Corruption!〉


 ベルトから起動音が鳴るとともに、キマリスの紋章が響を包み込む。紋章が消えるとそこには、キマリスイヴィルダーに変身した響が居た。


「いつまでも踏んでんじゃねーよ!」


 踏みつけている足を掴み、持ち上げる響。体が自由になると転がって、踏みつけから脱出するのであった。

 そして響はそのまま立ち上がると、ベリアルイヴィルダーの首を掴み膝蹴りを放つ。


「さっさと薫の体から出ていけ!」


「無理だな、ここでお前は死ぬからな!」


 ふらつくベリアルイヴィルダーは、両手で響を突き飛ばすと一気に距離を取る。

 構える響とベリアルイヴィルダー、二人は同時にベルトに刺さったキーを二度押し込むのであった。


〈Finish Arts!〉


〈Finish Arts!〉


 ベルトからエネルギーがほとばしり、響の右腕には純粋な闘気が、ベリアルイヴィルダーの右腕には黒炎がまとわり付く。


「タァー!」


「ハァー!」


 眼前の相手に向かって走っていく二人、響は両手を構えて進み、ベリアルイヴィルダーは正拳突きを狙って進んでいく。

 そして放たれる必殺の一撃、凄まじい音と衝撃がマンション中に響き渡る。

 ベリアルイヴィルダーの拳は響の頭を狙って放たれたが、響はそれを紙一重で回避するが頬は黒炎で黒く焦げてしまう。

 響の拳はベリアルイヴィルダーの左胸を狙って放ち、襲いかかる一撃をベリアルイヴィルダーは防ぐことは出来ず、胸元に一撃を叩き込まれた。


「う……」


 肉体を襲う激痛に、薫はうめき声を上げながら、膝を付き、そして倒れ伏して変身を解除してしまう。響は仮面の下では悲しそうな表情で、倒れた薫を見ていた。


「加藤さーん、そちらは終わりましたかー? こちらは住人の避難無事完了です!」


 響と薫の戦いが終わったのを頃合いと見て、結奈が走って駆け寄ってくる。


「ああ、こっちも終わったよ」


「あの宮島さんは……」


「意識は失っているが、多分大丈夫なはず」


「では学院が手配した病院に運びましょう。桜木先生には連絡済みです」


 それを聞いた響は、倒れて意識が無い薫を背負うと、煙に包まれたマンションを後にして、結奈の先導に従い病院に向かうのであった。







 学院が用意した病室は個室で、そこには眠っている薫と、そんな彼を見守る響と結奈が居た。


「薫はさ、昔から美形の俳優カオルとしか見られていなかったらしい。だから宮島薫に自信を持てなかったんだと思う」


「なるほど、そこにベリアル無価値なる者が憑いて、暴走してしまったと……」


 二人が薫について考察している内に、薫はうめき声を上げながら目を覚ます。


「薫!」


「宮島さん!」


 二人は薫が目を覚ましたことに気がつくと、すぐさまベットの側に寄る。


「あ、響君に青樹さん……だよね?」


 二人に気づいた薫は、儚く笑みを浮かべる。しかし今自分が素顔でいることに気づくと、焦ったように両手で顔を隠す。


「薫、俺とお前は友達じゃないのか!?」


 響は薫の顔を隠すように抱きしめる。突然の奇行に薫は驚くが、そんな事は我知らずと響は訴えかけ続ける。


「俺は俳優のカオルじゃなくて、クラスメイトの宮島薫と友達でいたいんだ!」


「でも僕は君を傷つけて……」


「それが何だ!」


 拒絶しようとする薫を、響は有無を言わさず黙らせる。響の言葉を聞いてる内に、薫の目からは涙が零れ始めていた。


「いいんですか、こんな僕でも友達で」


「もちろん、俺と友達になってください」


 涙ぐんだ声で薫は響に問いかける。そして響の答えを聞いて、薫の涙腺は決壊した。


「ひ、ひびきく……ん」


 薫は響の胸元に顔を寄せると、勢いよく泣き始める。そんな彼を響は無言で抱きしめ、頭を撫でてあやしていた。


「いいですねー男の友情って」


 抱きしめ合う二人のから外れて、壁際で一人蚊帳の外であった結奈は、ポツリと独り言を呟いていた。


(まあ、今度加藤さんをイジるネタにはなりそうですね)


 第三者が聞けば、まるで告白のようであった。そういう内容で今度響をからかおうと思う結奈であった。

 抱き合う男二人と、壁際にそれを見ている少女一人の病室に、新たな訪問者が音もなく現れる。


「どうですか宮島君の調子は?」


 入ってきたのは白衣を着た千恵だった。彼女は急いで学校から来たのであろう、白衣のシワが目立っていた。


「ええ、加藤さんのおかげで宮島さんは大丈夫そうです」


「そっかじゃあ記憶処理も不要ね」


「いいのですか? イヴィルキーを所持して暴走した彼に記憶処理しなくて」


 千恵の言葉を聞いて結奈は驚き、千恵を問いただす。千恵はイタズラっ子のような表情をして、指を口に当てる。


「だって宮島君からイヴィルキーの記憶を消してしまうと、救われた今の記憶まで消えてしまうかもしれないでしょ。なら消さない方針で報告するわ」


 千恵は「さ、お邪魔虫は退散しましょ」と結奈を病室から連れ出そうとする。仕方なく結奈は退室しようとするが、その前に抱き合う二人をスマホで激写するのであった。


(漫画研究会にこの写真を売れば、お小遣いにはなるでしょう)


 後日、漫画研究会からガタイのいい男×少女のような美少年の漫画が作成されるのであった。

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