魔神との契約者(イヴィルダー)~悪魔と契約したら同じ契約者と戦うことになりました~

高田アスモ

砕けた日常

平穏の終わりは唐突に

 朝、春の陽気に包まれ黒髪の少年は目が覚める。目を擦りながらベッドから起き上がる少年の名は加藤かとうひびき、今年で高校二年生になる。


「ふぁ……」


 眠気に足をふらつかせながらリビングのあるフロアに降りていく。リビングにはすでに赤みがかった髪をツインテールにまとめた少女が、朝食を食べていた。


「兄貴おはよう」


 眠たげながらもパンを食べている少女は響の顔を見ると食事を止めて挨拶をする。少女の名は加藤かとう琴乃ことの、響の妹で今年中学三年生になる。


「琴乃おはよう。父さんたちは?」


 挨拶しながらトースターに食パンを入れて自分の席に座る。そのままパンが焼けるまでの時間つぶしに琴乃に話しかける、話題はリビングにいない両親のことだった。


「ママは五時ぐらいに帰ってきて今も寝てる。パパは一時間前に仕事に行ったよ」


 加藤家は共働きで二人共キャリア組のためか揃って見ることはめったにない。響の記憶が正しければ最後に家族四人が揃って一日を過ごしたのは琴乃の誕生日である。それでも響と琴乃は両親のことを大切に思っており、両親も子供たちのことを大切に思っている。


「そっか、じゃあ母さんは寝かしとくほうがいいな」


 席に置かれていた冷たいコーヒーを味わいつつも母のことを考える響。一服した後に思いついたのか、そういえばと口から漏れる。


「今日買い物に行くけど、何買ってくるものとかあるか?」


「んーお肉はまだあったけど、野菜がないからキャベツと小松菜を買ってきて」


 目をつむりながら冷蔵庫の中身を思い出す琴乃の言葉に「わかった」と返しながらトースターから食パンを取り出す響、彼は平穏な日曜日だと思っていた少なくとも今は。






 朝食を終えて外行きの服に着替えた響は、最寄りのショピングセンターに続く道を歩きながら好きな曲を口ずさみリズムに合わせて指を鳴らしていた。


「ぎゃあああああああああ!」


 響以外誰もいない道に耳をつんざくような男の悲鳴がこだまする。パチンパチンと指を鳴らしていた響は油断していたのか聞こえた悲鳴に、ギョッと表情を変えた。

 悲鳴を聞いた響の脳内では思考を巡らせていた。逃げるべきか、警察に通報すべきか、助けに行くべきか、様々なプランが頭に浮かび消えていく。

 数秒の思考の後に悲鳴の現場を見て、警察に通報しようと響は決めた。

 ポケットからスマホを取り出し、周囲の様子を見ながら悲鳴が聞こえた方角に近づいていく。一歩、二歩と近づいていく響の耳に「シュルルルル」と奇妙な音が聞こえる。


「何の音だ?」


 鳥の鳴き声というにはあまりにも生々しく、何かが擦るような音というより啜るというほうが近いだろう。

 響は音に注意しながら悲鳴の元に近づいていく、そこは大きな森林公園だった。木に隠れて見落としがないように注意しながら公園の中央に近づいていく、そして人影を見つける。


「すいませーん。さっき悲鳴が聞こえませんで……し……た……か?」


 人影に向かって質問を投げかける響だったが途中から信じられないものを見ておかしな口調になる。人影は倒れた男と覆いかぶさる女だった。

 響が女と判断したのは細い手足と胸元の乳房を見てそう思ったに過ぎない、ソレは手足が毛深く、顔には八つの目が見え、背中から四本の足が生えていた。

 まるで蜘蛛女だな。と考えてる響をよそに蜘蛛女は倒れている男を響の足元に投げ飛ばす。響はすぐに息を確認するが荒いだけで呼吸はしていた、しかし首元の皮膚はただれて小さな穴が空いていた。


「良かった、生きてい゛」


 男が生きていることに安堵する響の前に蜘蛛女が立ち、片手で首を掴み持ち上げる。響は力をこめて体を揺らすがびくともしない。

 瞬間、響の世界が反転して背中に衝撃が走る。蜘蛛女が響の体を木に向かって投げ捨てたからだ。

 響は痛みで泣き出しそうになるのを我慢しながら立ち上がろうとする、その時手に妙な感触が伝わった。目を向けると手元にカードキー状のモノがあった。それは掌より少し大きく、中心には紋章のようなものが描かれていた。

 カードキーを拾い上げた響はグッと体に力を入れて立ち上がる、その瞬間少女の声が響の口から聞こえてくる。


「あー聞こえるかね。聞こえるならキーを持っている手を上げてくれ、そうすればこの危機から助かる方法を教えよう」


 響は自分の口から聞こえた少女の声に動揺しつつも、声に従ってキーを持った右手を肩の位置まで上げる。


〈Demon Gurtel!〉


 その瞬間、腰にベルトが生成され巻きつく。それと同時に響の右手親指が、響の意思に逆らってキーのボタンを押そうとする。

 いきなりの怪現象に驚いた響はキーのボタンを押さないようにギリギリと全身の力を込める。

 右手の操作権を巡って四苦八苦している響に対して、我慢できなくなったのか蜘蛛女は響に襲いかかる。


「うぉおぁお!」


 なんとも言えない悲鳴をあげながらも響は飛びかかってきた蜘蛛女を回避する。もちろん右手に力を入れるのは忘れていない。


「ちょっと待ちたまえ。何をしてるんだ君は!?」


「うるさい! 人の体を操るとか悪魔かお前!?」


「いや悪魔だけど。じゃなくて助かりたいんだろ? じゃそのまま操られたまえよ!!!」


 響は少女と口論しつつもボタンを押さないようにしていたが、少女の声が力強く叫ぶとついにボタンが押される。


〈Kimaris!〉


 ボタンを押すと同時にキーから地の底から聞こえるような唸り声が響きわたる。それと同時に右手は響の意思とは関係なく腰まで下がり、キーをベルトに挿入しようとする。


「後少し、後少しだから我慢したまえ。君が憑着! と叫ぶだけで終わるから、ね。三・二・一でだ」


「スリーカウントだな。三・二・一」


「「憑着!」」


〈Corruption!〉


 二人が同時に叫んだ瞬間、キーはベルトに挿入される。そしてベルトの中心部にある円状のユニットが観音開きとなり、そこから騎士の鎧を纏ったケンタウルスが現れ蜘蛛女を牽制しながら響の周囲を走る。

 大きく一週した騎士はパーツとなり響の体に装着されていく、最後に残ったのは鋭利な印象をもたせる騎士が立っていた。


「おーこりゃすごい」


「そうだろう、そうとも、もっと僕を讃えたまえ。二十の軍団を従えし偉大なる侯爵たる僕を!」


 二人が掛け合いをしているなか、蜘蛛女は首を捻りながらも襲いかかる。近づいてくる蜘蛛女に対して響は、タイミングを合わせてみぞおちに横蹴りを放つ。

 みぞおちを蹴られた蜘蛛女は、グルゥと唸りながら数メートル程後ろに飛ばされる。


「なんだいまったく、僕が名乗り上げている途中に襲ってくるなんて野蛮じゃないか。いやそもそも知性というものが無いに等しい存在だからかね? まあいい聞け我が名を! 我が名はキマリス! 二十の軍団を従えし大いなる公爵だ!」


 少女――キマリスは蜘蛛女に侮蔑的な罵倒を浴びせつつも、その名を声高々と名乗り上げる。

 響はキマリスの名乗りあげなどどうでもいいのか、地面に倒れている蜘蛛女に対して、馬乗りの姿勢となりそのまま顔面に拳を浴びせる。


「うおおおぉぉぉ!」


 コミックスで見たヒーロー達の格闘を、テレビで見た格闘家達の技を、画面の向こう側で見た必殺技を、響は自分なりにアレンジして放つ。


「あの……ちょっと、野蛮すぎないか少年? もっとこう騎士的なエレガントな戦いをだね、ほら僕の権能を使えば剣ぐらい生み出せるしね」


 無言で蜘蛛女の顔面を殴りつける響を見てキマリスはドン引きしてしまい、わざわざアピールまでして戦法を変えないか声をかける。それを聞いた響は手を止めてしまい、蜘蛛女にマウントから抜け出されてしまう。


「シャァァァ!」


「よくもやったな蜘蛛野郎オラァ!」


 そのまま向かい合う二人は、殴り合いを始める。最初は両者の拳は拮抗してクリーンヒットしていたが、徐々に慣れてきたのか響は蜘蛛女の拳を捌きつつ攻撃を放つ。顔面にストレート、あごにフック、ついには回し蹴りを首に当て始め、響が優勢になっていく。

 たまらず蜘蛛女は膝から崩れ落ちるがそうは終わらせないと響が立ち上がらせ、脇に頭を差し込み、足の間に腕を入れて肩で持ち上げる。俗に言うファイヤーマンズキャリーの体勢になった後、そのまま頭を地面に叩きつける。

 叩きつけられた蜘蛛女は頭を抱えて転がるが、響はそのまま放置せず追い打ちをかけるように踏みつけ始める。


「少年待ちたまえ! 無手の戦いもいいが僕の力を使う以上、剣の扱いにも慣れてくれ」


 剣の出番が無い可能性が出てきたことにキマリスは焦り、響の前に片手剣を生成する。


「何だこりゃ?」


「僕の権能で作った剣、キマリススラッシャーだ。存分に使い給え」


 響はキマリススラッシャーを取ると振り下ろし、斬りつけ始める。なんとか武器を扱ってくれた響にキマリスは安心するがすぐに終わりを迎える。

 響の剣を使った戦い方は素早く切りつけ、隙きを見れば殴る蹴るいわゆる喧嘩殺法であった。  

 剣術のけの字もなく、騎士道のきの字もない戦い方にキマリスは唖然としてしまう。

 十数秒程キマリススラッシャーを使って戦っていた響は、キマリスの声が聞こえなくなりついにキマリススラッシャー投げ捨て格闘戦に再度突入する。蜘蛛女の脇に頭を差し込み、足を片手で掴み、肩を使って蜘蛛女の体を担ぎ上げる。響はそのままあごと太ももを掴み、首を起点に蜘蛛女の体を弓のように反らせる。


「くらえ! アルゼンチンバックブリーカー!」


「ぎぃぃぃ! ががが」


 背骨を中心に痛めつけられ、蜘蛛女は苦悶の声を上げるが、そんなこともお構いなしに響は蜘蛛女の背骨を反らしていく。


「ああもう。こうなったら必殺技だ! そんな奴投げ捨ててくれ」


「OK! 行くぞ」


 キマリスの指示に響は意気揚々と返事をする。蜘蛛女への拘束はそのままに体を回転させていく、そのまま勢いが最高潮になった瞬間、上空に蜘蛛女ニーを放り投げる。


「いいぞぉ、そのままベルトに差し込んだキーを二回押せ!」


〈Finish Arts!〉

 

 キマリスの指示に従い響はベルトに接続されたキーを二度押す。ベルトから重々しい音声が流れ出し、右足にエネルギーが集まる。響は目の前に落下する蜘蛛女に狙いを定め、回し蹴りを放つ。


「ぐぅう。があぁぁぁ!」


 蜘蛛女は蹴りをくらい地面を転がる。そして響の一撃に耐えきれなくなったのか苦悶の声を上げ爆発する。


「しゃあ!」


「まあ、やるじゃないか。六十五点といったところかな」


 響は蜘蛛女を倒したことが嬉しかったのかガッツポーズをとり、キマリスは響の戦い方に少し文句を言いたげだが、合格点を出していた。


「ところで少年。君はこんなところに一人で何をしていたんだい?」


「何って、買い物をしにここまで来たってあ! 買い物を忘れてた」


 キマリスの質問に、響は声を上げる。そもそもここまで来た理由は買い物をするために通っただけなのに、命の危機にあったために目的を忘れていた。

 慌ててショピングセンターへの道に向かおうとした瞬間に倒れている人が目に入る。


「あーこの人も放置しておけないしとりあえずキマリス、落ち着いたら詳しいことを教えてもらうぞ」


「いいとも、急ぎの用事があるならそちらを優先するといい。その後に話せることは話してあげよう」


 響の後回しにする発言にキマリスは文句を言わずに肯定する。キマリスの言葉に満足したのかうなずき響は警察と消防署に連絡してけが人がいることを伝えて、公園を後にしてショピングセンターに急いで向かった。

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