第26話 変容した世界で(裏面)・後編

 葬式のあとも、毎年亜香里の命日の日昌一郎さんとは顔を合わせていたので昌一郎さんと彼の父親の間で軋轢が生まれたことは知っていた。

 その内容について自分が知る範囲で全てを俺は話し終えると、皆が浮かべていた険しい顔は一層飛躍を見せた。


「平行世界は必ずしも、同じだとは限らない。例えば、坊主の世界では白石一家が死にこちらでは白石一家は生きている。それが良い例じゃ」

「はい」

「ごめんねあきらくん。もう一度確認なんだけど、親父は置き手紙もなく姿を眩ませたんだね?」


 その問いに無言で頷く。


「ちょっとこれは不味い気がするぞ……」


 亮さんの放った一言の意味が、俺にはサッパリ分からないまま辺りは沈黙してしまう。


※※※


「はぁ?この子を帰さないってどういうことなの昌一郎!」


 今まで出会ってきた女性の中でも、一際美人な女性が俺が今滞在している研究室の一角へと威勢とともに乗り込んできた。


「どこで聞いたんだそれってか、帰さないんじゃなくてすぐには帰せないだけ。勘違いしてんぞ静香」

「いやいや、どっちもほぼ同じ意味だと思うわ。ねぇ君もそう思うよね?」


 自己紹介もなく、唐突に出現した彼女は俺に激しく同意を求めてくるがどうして昌一郎さんたちが俺を帰す日程を延期したのかその理由を頑なに説明することはせずにいた。

 だから俺も気にはなっていた。

 ただ先程の三人の放つ異彩な空気の前にわけを聞き出せる雰囲気などなく、聞くのを先延ばしにしてしまったのである。


「まぁ俺も教えてくれるとありがたいですが……」

「うぅぅ~ん、言っていいんだな」

「ええ、言いなさい!」

「お前の父親が、もう一つの世界に深く関わっているからこそ。今あきらくんを何の策も講ずに送り戻すには危険すぎる」

「父さんが……。なら亮さんと昌一郎のお父さんが過去に潰したまだ活動している」


 マントル? 

 俺が知らない言葉が飛び出る。


「そっかなら仕方ないか。うんそれならそうと先に言ってくれればいいのに」

「でも静香が嫌がるなぁ~と思って、伏せていたんだが」

「別に気にする必要はないわよ」

「ちょ、すいません。話の筋が見えないんですけど、勝手に完結しないでください」

「そうだね。ここから先は覚悟して聞いて欲しい。ただここから先は当事者たちも交えたほうが良いと思うからちょっと待っててくれ」


 そして昌一郎さんの呼び出しに応え、阿笠所長と亮さんが合流した。

 そこから彼は、四年前の春先に起きた出来事を語る。


 事の発端は五年前に学会に提出された阿笠輝雄が書き記した論文にある。

 彗星が持つ特殊な粒子がもたらす「平行世界転移理論」。

 その突拍子もない馬鹿げた論文に学会は匙を投げその科学者は追放された。

 しかしその影で暗躍する何者かがいることに、感づいたのが警視庁特務公安部零課に所属する一人の刑事、白石亮であった。

 彼は持ち前の観察眼で一人、「マントル」の存在に気づき追放された科学者阿笠輝雄と協力し「マントル」を壊滅させその組織に属していた連中を軒並み捕らえたのであった。


※※※


十月十八日 火曜日 午後三時


「それじゃあ行ってきます」


 転送装置の足場に乗る。

 その一歩を踏み出すそしてその手には、往復分の粒子が入っている転移装置を離さないように固く握りしめて。


「確認だが約束は覚えているかあきらくん」


 亮さんが最終確認を取ってきた。

 それに俺は「はい」と答える。

 約束事は全部で二つ。

 今回の目的は向こう側の状況を調べて対策を立てることだが、絶対に身近な者には近寄らないことが絶対条件。

 そしてもう一つは、向こう側で転移する際は誰の目にも触れることのない場所で行うことだ。


「ならば頼んだよあきらくん」


 装置のボタンを押すと、装置の噴出口から周囲に光の粒子が溢れだし俺の身体にみるみると付着していき、視界が遮られた。

 そして浮遊感が漂い地面から足が勝手に離れていく。

 そして……。


「だけど、彼に任せて大丈夫だったんですか白石さん。彼はまだ少年、大人である私たちのいずれかが行くべきだったのでは?」

「何度も話しただろ静香。今回は短時間の滞在、土地勘のない僕らだと事を成せない恐れがあるって」

「そうだけどさぁ~」

「それに光学迷彩のパーカーを渡していることだし、安心しろって」


 取り残された大人たちは、少年の帰還を待ちつつも次の準備へと取りかかった。


※※※


「ありがとうございました」


 人々が行き交う地元の駅前に俺はいた。

 色んな人に聞き込んでは情報を得ようとするが、皆口を揃えるようにして国が学校を封鎖したことそして誰も巻き込まれていないことから奇跡が起きたと吹聴している。


「しかし戻ってきたんだな」


 殆ど違いがないために、実感は湧いて来なかったがここが俺の生きた世界だと頭では認識していた。

 

「さぁ~てと、もうひと踏ん張りしたらアッチに戻るとしようかな」


 これ以上の情報を得られないのなら、一度戻り亮さんたちに相談しようと決断したその時、見てはならぬ光景を目にした。

 

「恭子……」


 人々が行き交う駅前、そのなかで一組のカップルが遠くバスの停留所のある方面へと向かうのがその瞳に映る。 

 亮さんとの約束事の一つに抵触するが、それでも止められない。 

 俺は光学迷彩パーカーを起動し姿を周囲の風景に溶け込ませると二人の後を追って無事バスに乗車した。

 彼女の恭子と、もう一人の本堂あきらの間には重い空気が漂っているのが遠目にも分かる。

 二人の間に何かあったことは、明白だがそれを探る手立てが今の俺にはない。ただ見ることしか出来ない自分が歯痒く今すぐにでも恭子に自分の生存を伝えたい気持ちに駆られてしまう。

 それでも気持ちをグッと堪える。


「この道って確か」


 バスが走る道のりを思い出し、彼らが向かう先に一つの心当たりがあった。

 

「やっぱりここだったな」


 二人の目的地は、俺の想像通りこちら側の白石亜香里が眠る墓石があるこの場所だった。

 既に日も落ち始めた夕方の墓地へと来る者など、少なくだからこそ恭子と本堂あきらに続くように慌てて降りた乗客の男たちに目がいく。

 そして不自然な動きをみせる彼らに近づくと思わぬ収穫を俺は得ることとなった。

 二人の会話のやりとりから俺が最も知りたい情報を入手できたのだ。


「しかし、二人を監視したところで柿大地は現れなかったな」

「だな。おい別々に行動したぞ。一応俺らも分かれる」


 二人の謎の男は明らかに尾行していた。

 そして墓石の前から離れる恭子の悲しい顔に、居ても立ってもいられずついやらかしてしまう。

 姿をみせることは無かったが、彼女に囁くように「済まない恭子。今はまだ……」それだけを伝えると、ここまできたのならと覚悟を決めた。

 

「白石亜香里は生きている」


 本堂あきらをの背後で、それを伝えようとしたとき不意に光学迷彩の機能が切れてしまった。

 思わずバレるくらいならと、転移装置を起動しその場から逃げてしまった。

 だがおそらくは監視していた人間には見られてに違いなかった。


※※※


「おっ帰ってきた」

「すみませんでした」


 帰ってきたことに対して安堵の声を上げる昌一郎さんに、急いで今回のことを伝えた。

 

「だとすると次は……」

「安心していいよあきらくん。ある意味君の行動のおかげと得られた情報から予測は立つ。それと次の転移は明日行う」

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