第25話 変容した世界で(裏面)・前編
十月十六日日曜日 午後一時
目を覚ました時、部屋には誰もおらず自分は知らないベットの上だった。
周りの景色は、医療ドラマで観るような機器一色で自分の居る場所が病院なんだとある程度の推測が立つ。
「しかしどうして病院に?」
昨夜の記憶が朧気で、自分が何故ここに居るのか理由が思い浮かばない。
「室内から声がするし、目覚めたんじゃないか?」
部屋の外から男性の声が聞こえ扉が開く。
「うわぁ~お化けっ!!!!」
入ってきた成人男性の姿に、驚愕しベットから滑り落ちてしまう。
そして俺は、ゆっくりと顔を上げてもう一度男性の顔を確認する。
「なにやってるのあにぃ?」
男性と一緒に室内へと入ってきた妹の唯が呆れを通り越して、哀れみの感情を俺に向けてきた。
「いや、だって亮さんが目の前にいるんだぞ。どうした俺、幽霊でも見えるようになったのか?まさかな……」
思わず皆に聞こえる大きさの声で自問自答してしまう。
「クスッ、亮、私が知らないうちにいつ死んだのよ」
「えっ麻衣さんまてどうして?」
ぞろぞろ二人に続くようにして、母さんと亮さんの妻である白石麻衣までもが笑って入室してきてもう理解不能に陥る。
「麻衣お前まで死んだことにされているぞ」
「あらっ、あきらくん失礼ね。こうしてピンピンしているのに」
「はぁ、心配して損したっ。この調子ならおにぃは大丈夫そうだ」
唯はこの状況を受け入れていて気味が悪い。
でもどうしてここに?
二人は四年前の事故で亜香里とともに……。亡き幼馴染みの顔が同時に過る。
記憶の中の白石家は四年前の夏、キャンプ場からの帰路で交通事故に巻き込まれて帰らぬ人になったはず。
そして三人の葬式もあげ、枯れるまで涙を流した過去の自分が想起される。
弔ったはずの二人が俺に喋りかけ、とても元気そうな姿に最初ここが死後の世界か錯覚した考えが間違っているのだと実感できる。
「おぉここにいたか、白石さん」
「阿笠所長、ここに来られたということは」
「あぁお待たせした。あの現場を調査したがやはり転移した形跡がある。おそらく娘さんは別の世界に行ったものだと思われるよ」
「そうでしたか……」
「亮、あなたのことを疑うわけじゃないけど、本当に平行世界なんてものが存在するわけ?」
「あぁ亜香里は別の世界に飛ばされたからこそ、あの場に居なかった。安心しろ亜香里は生きている」
亜香里が生きている。
淡い恋心を抱いた初恋の女の子。
その言葉を聞いた瞬間、涙が自然と滴り色々な感情が込み上げてくる。
「どうした坊主?」
見覚えのあるおじさんが、涙をみせる俺に対して心配し声をかけてきた。
「亜香里が生きているって聞いたら、勝手にあれ……なんで止まらないんだろ」
「坊主、これを持ってみろ。予想通りだな」
小さな筒を渡され、俺が持つとその道具から警告音が鳴り鼓膜が破けそうになり思わず投げ離してしまう。
その一連の動作を観察した阿笠所長は一人納得した。
「阿笠所長これは?」
「単純なことだ。坊主は向こう側の住人だってことじゃよ。じゃろ坊主?」
「多分その通りだと思います。なにせ俺の知っている亜香里は死んだはずですから……」
正直俺は、その話を聞いて合点が言く。
つまりは自分はこことは違う平行世界から、迷いこんでしまってのだと。
そうでなければ説明がつかない光景が、広がっているのだ。
「えぇ~となら、ここにいるおにぃがおにぃであってそうじゃないのなら私のおにぃはどこにいるの?」
明らかとなった事実により湧いた疑問に唯が真っ先に問う構図が完成した。
「彼がここにいるのであるのならば、おそらく亜香里同様別の世界に転移したのだろう。安心しろ唯ちゃん。この阿笠所長がきっと二人を戻してくれるから」
「そうと決まれば、早速研究所に移動するかの」
※※※
「でもどこからどう見ても、あきらにしか見えないな。偽あきら」
「いや偽物ではないんだよ権ちゃん。彼もあきらくんなんだから」
「そうそう。哲平くんの言う通りだよ」
阿笠博士が所長を務める研究所へと向かうワゴン車の中には、幼馴染みの姿が勢揃いして俺を見ては物珍しそうに雑談をする。
「んっ?あきらくん私の顔に何かついてるの」
「あっ、ごめん。そんなつもりはないんだが」
俺の彼女と全く瓜二つが目の前にいる。
ただ呼び方が違い、そこには違和感の塊しかなく……。
「お前は向こう側の方が綺麗なんじゃないのか。それでつい見てしまったとか」
「権ちゃん…………何か言った?」
恭子の不適な笑みが飛ぶ。
ここで一歩でも誤った言葉をかければ、権ちゃんの首は飛ぶだろう。
「プッハハハ……」
「どうしたんだいあきら君?」
突然笑いだした俺に、隣の席に座っていた哲平が顔を近づける。
それでも笑いは収まらない。
だって
「変わらないんだな」
三人の何気ない会話。
そして俺が、皆の知っている俺でないと知った上で接する思いやりは俺の知る彼らだ。
それが心の底から嬉しい。
全く知らない地のようでいて、彼らの優しさが俺を孤独にさせなかった。
それは彼らとこの世界の本堂あきらと白石亜香里が紡いだ絆の証が滲み出ているようだ。
だからこそ願う。
俺は戻り、そして二人はこの世界に帰るべき存在なのだと。
「坊主たち着いたぞ」
目的地の施設に辿り着いたのか、ワゴン車は停まり全員が降りる。
そしてその後から、四人乗りの黒い車が続いて入りその車の中より母さんと唯、白石夫妻が下車した。
「では帰す準備を始めるとするかのぉ~」
意気揚々と大きな建物の中へと入っていく。
※※※
十月十七日 月曜日 午後六時
「あきらくん、少しいいかな?」
少し日が落ちるスピードが速まった十月の夕方時、薄暗くなった空模様を眺めながら外の景色が見えるベンチに座っていると亮さんが隣に座る。
うぅ~緊張する。
どうしてこうなったのか説明すると、阿笠所長の準備が意外と難航しているのが要因であり、そのせいでこうして亮さんとじっくり話す結果となった。
「どうかな、やっぱり死んだ人と会話するのは緊張するかな」
「いやこっちの亮さんは死んでいるわけではありませんし、縁起でも無いことはあまり口にするべきじゃないですよ」
「そうだな。それで一つだけ聞きたかったんだが、どうして僕たちは死んだんだい?」
いつかは聞かれるのではないかと、身構えてはいたもののあの時のことを思い出すのは今でも堪えるものがあった。
だから正直聞かれたくは無かったが、聞かれたのならば答えるつもりではいた。
「交通事故です」
亜香里一家が事故にあったとの事実を知ったのは帰路についていたその目で目撃した。
前方で事故があり渋滞していることは、帰りの車の中で流れていたナビの情報から知っていたが、それが亜香里が乗った車が関わっていたとは予想もつかなく、事故の横を通る時チラリと不謹慎ではあるものの気になり事故にあった車を注視した。
そこでようやく事故にあった車が亜香里の乗るものだと判明し、俺は一度気を失い。
それから長い時間をかけて、受け入れていったことまで全てを亮さんに告げた。
「そうか辛い経験をさせてしまったんだね」
「まぁ……辛かったです。だって昨日まで一緒に笑いあっていた亮さんらが死んだんですよ」
関係のないこちら側の亮さんに罪悪感を抱かせないためにも泣かないと決めたはずなのに、自然と涙腺が緩んでいく。
「もし可能なら僕ももう一人の僕に会ってあきらくんを悲しませるんじゃないって恫喝してやりたい気分だよ」
「亮さんが恫喝って不思議ですね。そんなタイプには見えないのに……」
「そうかい?実は僕はね」
「亮さん、それ以上は言っちゃ不味いんじゃないですか?」
「久しぶりだね昌一郎くん」
「お久しぶりです亮さん」
そこに研究所の職員である昌一郎さんが顔を出し、その傍らには父親である所長の姿も確認できた。
「二人が来たってことは終わったんですね」
「すまないねあきらくん。ちょっと長引いちゃって、でもこれで君を帰す準備は整った」
やったこれで帰れる
そう心の中で呟くとふと前の二人の距離が近く、逆に自分の世界の二人の関係性を知る俺には驚きしかないことが未だに拭えない違和感となっていた。
「でも不思議ですね。お二人は絶縁してなさそうですし、俺も深湖での二人の仲を知っているから元に戻って欲しいんですけどね」
思わず率直な意見を述べると、阿笠所長の顔が曇った。
「すまないあきらくん。そのことについて詳しく教えてくれないか」
それは亮さんも同じで彼もまた険しい表情を浮かべていた。
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