第17話 エデン計画

「…………」

「おいあんただろ。俺が用意した通路を見つけて勝手に中に入った時は全く肝を冷やしたぞ」

「何のこと?」


 仕事を終え門を出た先には壁にもたれかかるように男がいた。

 怪しみこそしたものの我関せずを貫こうと思い素通りしようとしたら、逆に男の方から声を掛けられ思わず反応してしまった。


「しらばっくれても無駄だぞ。俺があんたのために手を貸したの気づかなかったのか?」

 

 意味不明なことにも思えたが、心当たりは確かにあった。 

 

「もしかしてあの時私が入った痕跡を隠すために一度電子扉を閉めたのはあなた?」


 そう。一度目力ずくで開けた扉を静香は閉めてはいない。

 ならば誰が閉めたか……?

 おそらく部屋に来た研究員ではない。

 もしもそうであったのならとっくに静香は見つかっていただろう。

 しかし違うのであるならば、扉を閉めたのは第三者となる。

 それがこの男だというのか?


「せーーーかぁい。だって扉が開けっ放しなのを誰かが見つければ一発で侵入したのがバレるだろ。現に研究室に一人引き戻ってきたんだしかなり際どかったぞあれは」

「流石にあれは考えもなしに迂闊だったと思っているわ」


 この男の言っていることが正しければ、静香は彼に助けられたことになる。


「ちなみにボヤ騒ぎの主犯も俺だ」

「そこまで言うのなら信じるわ。で、私に何か?」


 男はいきなり手を差し伸べてくる。

 

「情報交換といかないか」

「情報交換?」

「あの場で何を見たのかを教えてもらう代わりにこっちも知っている情報を全て教えるつもりだ。どうだ良い提案だろ」


 向こうがどういった意図で提案してきたのかはある程度こそ頭では理解しているものの何故殆ど素性も知らない女性をここまで信頼できるのか、自分では到底分からない。


「実際話には聞いていたが一度も会ったことは無かったし初めましてだ」


 静香はその名前に聞き覚えがあった。


「こちらこそ初めまして柿さん。相葉静香です」


 彼氏から。

 同僚から。

 共通の知人である阿笠昌一郎から耳だこが出来るくらい聞かされていた。

 お互い存在だけは知っていたその二人が初めて挨拶を交わした瞬間でもあった。


※※※


同日 午後十一時


 町の外れにある廃倉庫に案内されるとそこには見知った老人と学生と思しき少年が、廃倉庫に唯一置かれていたソファに腰を下ろしていた。

 老人の正体は彼氏の父親であり大学生時代、昌一郎の紹介で何度かあっていて面識もある阿笠輝雄。

 もう一人いた少年の方は、この状況から察するに先日の彗星落下に関わった四人の少年少女の内であるのだろうと推察した。

 そして阿笠輝雄の口から内藤所長らが計画しているその全容が明かされた。


「なるほどそれが本当なら事態は急を要すると言う事ね」


 静香は深く考え込む。


「それでこのことを昌一郎は知ってるの?」

「勿論知っていると言いたいところだが昌一郎が知ったのはつい昨日じゃよ」


※※※


十月十七日 月曜日 午後五時四十分


 父と会ったオンボロ倉庫を目指しつつ車もない昌一郎は自力の足だけで向かい歩き続け、ようやく建物が見えてきた。

 倉庫の開け放たれた扉から漏れでる光から確かに誰かが居るのは確定的だ。

 手元には念のためにと支給された電気銃レールガンを構え一歩また一歩と歩を進め勢いよく突入する。

 昌一郎が電気銃を持つのには理由がある。

 柿が国家安全監理局に保管してあった同じ電気銃を許可もなく持ち去っていたため、捕縛の為に携帯が義務付けられた。


「あちっ、驚かすなよ昌一郎」


 ただ探していた人物は、呑気に倉庫内で寛いでいて昌一郎の張りつめた筋肉が一気に弛緩する。


「大丈夫ですか柿さん。あっお久しぶりです昌一郎さん」


 珈琲の入ったカップを落としズボンに熱い珈琲をぶちまけてしまった柿が文句を垂れる。

 そんな彼の様子を気遣う少年の姿は誘拐されたと目されていた岩沼哲平、本人であり、彼は縄で縛られもせず元気そうに床に溢れた珈琲をタオルで拭く。

 そして能天気な態度の柿に、昌一郎は次第に腹を立てる。


「何がどうなってるんだ説明しろ、柿。あと親父もどこかにいるんだろ出てこいよ」

「どこかも何もお前の後ろにいるぞ」


 振り向くとそこに阿笠輝雄は立っていた。


「さぁ聞きたいことをなんでも言え。約束通り全てに答えるつもりだ。ただなぁもしこの事を知れば引き返すことは出来ないぞ」


 いつになく真剣な表情の父親に幾ばくか尻込みしそうになったが、気を引き締め直し父親に歩み寄るべく一歩前進する。


「教えてくれ親父何もかも」


 そして今、昌一郎は自分が立てた推論が、正しいのか間違っているのかその答えを知ることとなる。


※※※


十月十八日 火曜日午後九時


「そうだな昌一郎、お前には伝えようと思う。我々の計画、エデンの計画の全てを」


 火曜日の夜、彗星が落下してから三日が経過したが未だに調査は続行されている。

 無論建前上は危険な細菌があるかも、知れない場所に市民を近づけないようにする為。

 だがそれが真実でないことを、昌一郎は昨日のうちに彼の父親から聞かされた。


「エデン計画?」


 一人呼び出された昌一郎を待ち受けていたのは、彼の上司である相場秋と国立科学研究所所長の内藤だった。

 誰もいない静けさ漂う空間に赴いた昌一郎は、何故呼び出されたか検討もつかない風を装って緊張感を持ち臨む。


「エデン計画とは?」

「君はこの世界と表裏一体にあるもう一つの世界があるという世迷言を信じるか」

「信じるも何もそれは父が研究していたテーマです。しかしそれは絵空事と一蹴されたはず……。そのせいで父は学会から追放され国立科学研究所に居場所も無くなったと聞きました」

「聞いたって誰にだ?」

「静香さんにですよ。そしてそのせいで親父は家を飛び出し家族を捨てたっ!」


 憎しみを込めるようにして吐き捨てた。

 今この二人に、父と接触していることを悟らせるわけにはいかない。

 ならば演技で誤魔化すしか無かった。


「でも確かその主導を相場さんがしたんでしたよね?」

「うむ。そうだがあの時はああするしかなかった」

「ああするしかなかったってどういうことですか?」


 昌一郎は声を荒らげ動揺した演技をした。

 すっとぼけに関して、今の俺を静香が見れば腹を抱えて笑ってるんだろうなと心の中で呟く。


「その様子では矢張り何も聞かされて無かったようだな、実は私は彼を守るために汚れ役になったに過ぎない」

「汚れ役?」

「もしあの研究を悪用すればとんでもない事態を引き起こしかねないのは理解出来るよね。そこで私はあれを隠蔽するためにも絵空事のように言うしかなかった」


 悔しそうに語る姿に昌一郎は真実を父から告げる前だったら信用してしまったかも知れない。

 だが今は違う。


「何故隠蔽しなければならなかったので?」

「悪用されないためだよ。私はその後、信頼できるチームを作り阿笠博士をサポートするつもりが彼は独りで消えてしまった……」

「ならあなたの今の行いは父の研究を引き継いだとでも言うのですか?」

「察しの通り」


 目の前の白衣の男は、平然と嘘を吐き続けるさまに昌一郎は苛立ちが込み上がるがグッと抑える。


「エデン計画はその名の通り、理想郷を創る為のものだ。平行世界線上にあり決して交わることの無いもう一つの世界が存在する」


 阿笠輝雄の論文。

 世界は多元宇宙を構成しており、そこには似て異なる平行世界が数多く存在する。

 その世界を渡る方法の一つとして、彗星がもたらす粒子が関係しているのではないかと仮定される。

 簡単に纏めればこんな内容だ。

 親父の研究をコイツらは何に利用するつもりだ?

 阿笠博士は、自分の研究が内藤所長らに悪用されるのを恐れ雲隠れした。

 そして今回のアクロス彗星が、鍵となり何かを企ててるのは容易に想像がついたそうだが、その目的が分からない。


「世界を繋ぎ、向こう側の資源を根刮ぎ奪おうとする計画だ。まぁ嬉しいことに被験者の道具を見るに文化レベルは同格のようであるしこちら側からいきなり攻撃を受ければ向こうは一溜まりもないだろう」


 ハァ?つまり戦争を仕掛けるってことか…

 予想外すぎる思惑に、度肝を抜かす。


「でも必ずしもこちらが勝てる保障はありませんし万が一負ければ……」

「保障も何も、絶対的ながこちらにはある」

「絶対的優位性とは?」

「平行世界の移動を自由にする技術の確立だとも。考えてもみたまえ、今我々が行っている研究が完成すれば平行世界においてありとあらゆる場所に忽然と現れることが可能だ」

「例えば、厳重な核実験施設の内部や某国のトップの寝室などどこにでもだ」


 もし内藤所長が言っていることが現実に起こったら、絶望の一言で収まろうか……。

 実現すれば別の世界はこの醜い思想を有した者らの手で支配されてしまう。


「つまり、人の命を握るってわけですか」

「流石は静香が選んだ男。これだけのヒントで私の考えを汲み取ってくれる」


 相葉がとても悦ぶ姿に悪寒を感じるとともに、昌一郎は絶対に阻止せねばならぬと改めて決意する。


「ですが、それこそ先程懸念されていた父の研究を悪用した恐ろしい計画ではないのですか?」

「それは違うぞ、我々の手でもう一つの地球を導くと同時に我々も向こう側の恩恵を受けられる。WinWinの関係ではないか」


 狂気じみた内容だ。

 何が導くだ。

 恐怖で支配することが、導くのだと言うのならそれは断じて違う。

 ただここで否定し彼らを諭すことは簡単かも知れない。

 しかしおそらく聞く耳を持たないどころか、企みを知られた昌一郎を大人しく調査から降ろすだけに留まらず監禁する可能性がある。

 ならば昌一郎の選択肢は一つだけ。

 ここは賛同するしかなかった。

 それが譬え自分が今貫こうとするものと正反対だったとしても……。


 親父俺は必ずを戻してみせる


 父親と彼女である静香の話を照らし合わせ更に彗星落下と言う一大災害に見舞われた張本人である岩沼哲平の言葉を総合した結果、浮き彫りとなって真実があった。


 別世界から来た本堂あきらともう一人この世界では死人となった白石亜香里をもとの世界に帰すことである。 

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