第16話 受け止めるべきモノ
観覧車が一周回りきりゴンドラから降りる手前、恭子ちゃんによるキス未遂が起こった後彼女は俺の手を握ってきてずっと離そうとしない。
それはゴンドラから降りてもその手は変わらなかった。
俺も無理に離そうとはしない。
帰りの電車の中でもその行為は続いたが二人の間に会話は一切無く、それは行きの話を切り出せず起きた沈黙とはまた別の沈黙であった。
結局最初の待ち合わせ場所であるみやま駅まで、進展はなくその状態は続いた。
「じゃあここで」
「待って!もう一ヶ所だけ付き合って」
彼女のその言葉に俺は黙って頷く。
みやま駅のすぐ近くにあるバス停からバスに乗り込むと、乗り物は南に進路をきり発車した。
遊園地を出た時はまだ日が昇っていた時刻であったにも関わらず電車での帰路、そして電車からバスに乗り換えての移動は時間が進むには十分であった。
辿り着いた場所はその場の雰囲気と日が沈み始めたことによる薄暗さとが重なって不気味な気配を漂わせる。
「ここは墓地?」
「あきらこっち」
幾つもが横並びに置かれている墓石の数々、その中をひたすらにどこに向かうかも告げず進む彼女に付き従うしかなかった。
だがどこに向かっていたのか大体の検討はつく。
「ここが亜香里ちゃんの墓よ」
足を止めた恭子ちゃんの目の前にある墓石には確かに白石家と書かれていた。
「亜香里ちゃんの先祖が残る墓なんだって。亜香里ちゃん達親子が事故で亡くなった後、亜香里ちゃんの祖母が何から何まで手続きをやってくれたの。だから彼女はここに眠っている」
「…………」
言葉が出なかった。
今までは他人からの伝聞で亜香里の死を突きつけられたが、この目で捉えることで実感が湧いてくる。
「私は暫く離れるから。それと私が言える身ではないかも知れないけどあきら、無理にとはいかないくても受け入れる強さも時には必要なのよ」
※※※
「何よ結局綺麗事を並べて自分の力では何も出来ない……臆病者。最後はあきらに丸投げするなんて臆病者で卑怯者なんだわ私は」
一人あきらを視認できない位置まで移動した恭子は独白する。
彼女の横を強い風が通り越し、ブロンドの髪を
「済まない恭子。今はまだ……」
風の音に混ざるようにどこからか自分の名を呼び話しかける声が聞こえる。
しかし周りを見渡しても子供一人おらず恭子は不思議に首を傾げる。
勘違いのはずなのに、彼女の頬に温かな水温が滴る。
「あれっ、なんで私?」
※※※
「俺は一体何をやったいるんだろうな」
亜香里の遺骨が眠るとされる墓石を前に俺は、一人寂しく答えるはずのないものに問い掛ける。
「周りの人を傷付けてばかりで俺はどうすればいい確かに君はあの時まで俺の側にいたはずなのにな」
皆が口を揃えていないと訴える白石亜香里という存在を俺は何故だか記憶に刻まれている。
しかもあるはずの無い記憶が具体的にだ。
何故記憶に刻まれているのかこれはたんなる記憶障害だと答えを出せないまま、時が経過するのをただ黙って過ごすことは無理だった。
心が憶えている。
「白石亜香里は生きている」
突然背後から男の声が聞こえ、心を揺さぶってきた。
背後にいる人物が誰なのか確かめようと振り向いたが、そこには誰も居なかった。
「誰だったんだ……?」
※※※
「恭子ちゃんここに戻ってくるまでに誰かに会ったりしなかった?」
暫くしてから亜香里の遺骨が眠っている墓石の前に戻ってきた恭子ちゃんに俺は思いきって聞いてみた。
墓地で幽霊に会ったなどと気味の悪いことは口が裂けても言えず敢えて別の言葉で濁しての質問だが。
「いいや会わなかった、てかあきらこそ私にちょっかいかけに来なかった?」
「俺はずっとここに居たぞ」
「へぇーならあの声誰だっだんだろ」
「恭子ちゃんこそ何かあったの?」
「………………いいや別に…何にも無かった。うん何にも無かった」
何を考えていたのか俺には検討もつかないが身の毛が逆立つ思いをしているようにも見え、その後まるで恭子ちゃんは自分に言い聞かせるように言葉にした。
「それじゃあ帰ろっかあきら」
「そうだな帰るとするか」
完全に受け入れたのかと聞かれればそうではないのだが亜香里の墓石を初めて見て少しずつだが事実として受け入れなければならないと思う。
がしかし矢張り俺はあの謎の声が非常に気になって仕方がない。
「亜香里が生きている」?
だけど恭子ちゃんが誰にも会ってないのなら、それは俺が生み出した幻聴だったのだろうか……?
※※※
「監察対象者に接近する人影あり」
あきらと恭子のデートをあきらが家を出た時からずっと尾行している二人組は墓地では離れ離れに監視していた。
そもそも監視していた理由は、柿大地が接触する可能性を考慮してだ。
そんな時、あきらの監視をしていた男はいつの間に居たのかあきらの背後に人が立っていた。
監視していた男の位置からは、黒のパーカーを着てフードで顔を隠して入るせいで、あきらの背後に立つ人物の顔をハッキリと視認は出来なかった。
「了解。その者の判別は出来るか?」
「いえ、分かりません。ただその者の背格好から目算するに監視対象者と同じ百七十センチ前後かと。柿の可能性はありえません」
彼らが追っている柿大地は、身長百八十を越える高身長のため明らかに違う。
「任務の変更を通達その者を尾行しろ」
「了解しました」
新たな指令を授けられた男はパーカーを着た人物をもう一度確認しようと電話口から離れ、目視しようとしたがそこにはもう謎の人物は消えていた。
「対象
※※※
同日 午後九時
「先輩っ、あちらの建物って今何か研究してましたっけ?」
東西に分けられている二つの棟の内、現在閉鎖されている筈の東棟に入っていく人物の影を目撃した静香は先輩研究員に質問する。
「いやそんな話、聞いてないわね。それに西棟は改築工事中なんだし、きっと工事の作業員と見間違えでもしたんじゃない」
静香が働いている国立科学研究所は国でも有数の機関として知られており、重要な研究も数多く行われていたため警備セキュリティは万全で、先輩研究員も夜間に侵入者がいるなどと微塵も思わなかったからこそ口にした言葉であった。
「そうですかね。あっ先輩先に戻って下さい」
「あらどうかしたの?」
「ちょっと御手洗いに行ってきます」
※※※
「やっぱり反応しない」
御手洗いに行くと言って飛び出た静香はその足で西棟と東棟を繋ぐ連絡橋の上にいた。
彼女はそこで研究員に持たされているカードキーを使い東棟への侵入を試みるのだが電子扉は開こうとはせず、失敗に終わった。
「でもこの向こうに何かあるのかも知れないのは事実よね……」
先日、医療用ベッドで眠っている女の子の写真を手にした静香は、彼氏である阿笠昌一郎に彼女の素性についての調査を頼んだが連絡はない。
ただ待つだけが彼女の性分ではなく、自分でも分かることはないかと独自に調べを進めていた。
結局写真の女の子に繋がる手掛かりは何一つ見つからなかったが、一部の研究員だけで進めている研究があることだけは掴むことが出来た。
何より一部の職員が昨日から爪弾きにされたのが何よりもの根拠と静香の中ではなっている。
ただ何の研究を行っているのかは、静香には計り知れぬものであった。
一つ言えることはあの論文が関与しているということだけ。
研究を行える環境が国立科学研究所の西棟でないことはこの一日を通して調査済みで、あり得ない。
だとすると東棟でしか研究は行えないとの結論に至った。
「あの内藤所長がデータ流出の恐れがある外部機関で研究するわけはないし、彗星が落下した学校には設備が足りないとなると矢張りここしかないわよね」
改めて開かない扉を見上げ静香は困り果ててしまっていて、扉の前で立ち尽くすしかなかった。
そんな時扉の奥から聞こえてきた。
「あの論文が本物なのかは半信半疑だったが、アレを目の当たりにすれば信じざるを得ないな」
「確かに」
扉の向こう側から聞こえてくる内容は明らかに工事関係者が語るものではなかった。
「ビンゴ!」
彼らの声に、自分の推理が見事的中したことを確信した。
話し声が次第に遠ざかっていき、扉の向こうで話していた誰かが去っていくのを静香は黙って過ごした。
そして声がしなくなったのを、扉に耳を当てしっかりと確認してからなんとか扉を開けようと再度試みる。
「あ~もうなんで開かないのよ。ってあれ……?」
決して答えることのない鉄の塊と化した電子扉を意地でも開けてやろうと力ずくで扉の開閉部分を無理矢理触ると意図も容易く開いて彼女はびっくりした。
扉を開け周りに誰もいないかを顔を少しだけ扉からはみ出して確認し、大丈夫だと判断するとそのまま改築工事中とされ本来であれば立ち入りを禁止されている筈の東棟に足を踏み入れる。
「さっきの声の音から察するにあっちから扉の前を通ってこっちに行ったからまずはあっちね」
扉の前の通路は一本で左右に続いている。
そこでさっきの声を頼りに静香は右側を選択突き進むことにした。
「それにしても暗すぎ」
両端に窓は備え付けられていなく外からの月光が通路に入るのを完全にシャットダウンしており、更に通路を照らすライトが一つも点灯していない状況なせいでスマホのライトを点けざるを得なかった。
しかしスマホのライトを点けることは自分の居場所を教えているようなものなので、誰かに見つかる恐れがあったために使えず彼女の緊張感はより一層高まる。
研究所の扉は全てが電子扉になっていて研究所で勤務する職員が持つカードキーで部屋間の行き来をするのだが、どうやら今はその機能が作動していないが東棟の扉は全て開いており行き来が自由で潜入している静香には好都合だった。
「うっ……………」
奥には半開きの扉があり、その先に広がったのは今までの暗闇の通路とは正反対の光に溢れた空間だった。
急な光は視界をボヤけさせ、慣れるまでに十秒ほどかかり適応すりとそこに広がる景色に驚いた。
「あっあの子は!」
電気が通っている部屋もとい研究室。
その研究室には最新の技術で作られたと思われる医療機材の数々が置かれていた。
静香自身これらの機材が国立科学研究所にあったことを知らないものばかりである。
そんな研究室の奥にはガラス張りの部屋が確かに存在しその部屋にはベッドに寝ている少女の姿があり、その構図は先日阿笠昌一郎に手渡した写真の女の子と同一人物で間違いないと直感した。
「そこに誰かいるのか?」
突然今歩いてきた通路の奥から誰かの声が聞こえる。
静香が電子扉を無理矢理こじ開けた時の音を微かに拾った先程の研究員が、折り返し舞い戻ってきたのだ。
焦る、焦る、焦る。
咄嗟に部屋の隅に隠れたが探せばあっという間に見つかってしまう場所のためやり過ごせる可能性はほぼ零に等しい。
心臓の鼓動が高鳴り、もう駄目だと静香は覚悟を決める。
戻ってきた研究員が部屋に入ってきて、足音が段々と近付く中後数センチという距離に差し迫った瞬間。
研究員のポケットに仕舞っていた携帯の着信音が部屋に鳴り響く。
「何!西棟でボヤ騒ぎ。分かったすぐ戻る」
「ふぅー助かった」
もう少しここで調べたかったがいつまた誰かがこの部屋を訪れ、鉢合わせするリスクを考えると諦めて退出するしかなかった。
「閉まってる……」
来た道を折り返し東棟と西棟とを繋ぐ連絡橋に設置されている電子扉の前まで行くと開けっぱなしにしていた扉が閉まっていた。
「そう言えば、私来るとき開けっ放しだった気がするんだけど何故閉まってる?」
一瞬戸惑いはしたもののさっきと同じ手順つまり無理矢理扉の開閉部分を引っ張ると扉は開き東棟から無事に脱出した。
※※※
「お帰り、長かったわね」
「先輩ただいまです」
御手洗いに行くと言って飛び出したにも関わらず戻ってくるまでに三十分以上時間を費やしており、不自然がられても可笑しくはないこの状況に言い訳の一つも考え付かぬまま静香は戻ってきてしまった。
「どうせ彼氏と電話してたんでしょ。まあ彗星が落ちてきてからの騒ぎで一度も家に帰ってないし彼氏と会う時間とかもないでしょ」
「あああ~~~~~、バレましたか」
言い訳を思いつかなかった静香にとって助け船とも言える先輩の言葉に乗っかる形で切り抜ける。
「土曜日の緊急招集からずっと缶詰め状態だし、まあここにはシャワールームやクリーニング施設も完備してあるから帰る必要もないものね。でもだからって彼氏との関係をお座なりにして研究ばっかりに没頭すると痛い目に遭うわよ。てなわけで今日は家に帰りなさい先輩命令」
「でも私もやらないといけないことがまだ」
ギョロっとした眼差しで見つめられ先輩がこうなればもう手遅れ、引き下がるしかないため諦めて静香は大人しく帰宅することにした。
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