第2話 観察会
十月十五日 土曜日 午後五時
「唯ちゃん、携帯にいくら電話しても繋がらないんだけどあきらがどこにいるか知らないかな?」
「おにぃなら多分部屋で昼寝中です。今日は亜香里さん達と夜彗星を見に行くから仮眠を取るって言ってましたよ」
「あぁ~そうなんだ。教えてくれてありがとうね唯ちゃん、それとちょっと大きい声だすけど驚かないでね」
「了解です。亜香里さんも大変ですね」
「本当よ幼馴染みってどこもこんななのかしら」
唯ちゃんに一言断りを入れてから、二階へと続く階段を駆け上がり階段を上がる傍ら私は幼馴染みの苦労を噛み締めぼやく。
そして階段のすぐ横に位置するあきらの部屋の扉を勢いよく開けると、布団に踞りスヤスヤと睡眠に勤しむあきらの姿があった。
本当に熟睡してやがるよコイツ。
「起きろー寝坊助!」
一階にも届く位の大きな声で叫びながら、布団を剥ぎ取った。
勿論断りを入れているのだから下に居る唯ちゃんに構うことなく名一杯声を張り上げ私は叫ぶ。
「なんだよ亜香里そんな大声出したりして近所迷惑だとは思わないのか?」
「そんなことよりも集合時間をとっくに過ぎているんだからね」
「げっ!?本当だ四時過ぎてる」
戸惑う反応から察するに、おそらくこの男昨夜のうちに届いた権ちゃんのメールには目を通してはいるのだろう。
その内容は理事長から明日の夜に学校の屋上を使用する許可は無事に下りたこと、同時に計画していた調理室の使用しての夕食作りの方も問題なくオーケーを貰えたとの旨が書かれていた。
そこで今日は一旦学校に行く前に午後の四時に一度集合して夕食の買い出しをしてから、学校に向かうことになっていたのだが既に集合時間を一時間も過ぎていたのでわざわざ私が呼びに来たわけだ。
「皆と集合場所で待っていたのに全然あきらが来ないから迎えに来たのよ。ほらさっさと支度を済ませてよね私は外で待っているからさ」
「速攻で準備済ませるから待ってろ」
着替えるからと部屋から追い出された私は、階段を降りリビングでテレビを見ていた唯ちゃんに念のためと騒がしい声を出したことを告げ別れの挨拶を行えばあきらの家を出立し門の前で彼が出てくるのを待った。
※※※
大慌てで着替えを済ませ行く準備を完了させた俺は部屋を後にし、一階へと駆け降りるとリビングへと続く扉からひょっこり唯が顔を覗かせていた。
「なんだよ唯?」
「おにぃ達は高校の屋上から彗星を見ることができて良いなぁ~」
『本日は彗星の最接近、各地ではお祭りムード一色でアクロス彗星がやって来るのを待ち望んでいます』
扉の向こうリビングに設置してあるテレビの音が、俺の耳に入る。
「仕方ないだろ唯はまだ中学生なんだし、遅くまで付き合わせられない。それに高校の屋上を使うんだから流石に高校に通ってない唯を連れてはいけないよ」
「ふんっおにぃなんてもう知らない」
ふてくされた顔を見せた唯はそう言うとリビングに引っ込んでしまった。
俺も出来るなら唯も連れて行きたい、でもやはり自分でも言葉にしたように中学生の唯を連れるのは好ましくなく泣く泣く諦めるしかない。そう思えば仕方の無いことだ。
急ぎ玄関を出ればすぐそばに亜香里の姿はあった。
「お待たせしました」
「ほら行くよ、あきら」
※※※
俺と亜香里の家から高校までは歩いて二十分近くかかる場所にある。
本当ならこの距離自転車通学をしたいところだが、学校がそれを認めてくれずよく亜香里は文句を言っている。丁度俺らが住まう住宅街は学校が定める自転車に乗れる学生とそうでない学生との境目に位置し歩きでの通学を強いられる。
まぁ俺にとってはそれも役得と言えるがそれは、亜香里には一度として口にだしたことはない。
話は逸れたが、通学路の途中にある加茂公園そこが権ちゃん達との待ち合わせ場所で、公園に到着すれば雨よけ目的に屋根が取り付けられ二つ平行になるように設置されたベンチには天文部の三人が座って待機していた。
この時期はもう寒くしっかり服を着込んでの格好に本当に申し訳なく感じれば亜香里に対してある種の感情が立つ。
「出る前に俺を起こしてくれても……」
「いやいや出る前に、携帯に連絡したけど返事が無かったから先に行ってるものだと」
亜香里とそんな会話をしながら三人のもとへ近づくと一番最初に気づいたのは権ちゃんだった。
「あきら遅いぞ」
「済まん寝坊してしまった」
「それじゃあ、あきら君も来たことだしそろそろ出発しようか」
学校に行く前に加茂公園の近くにあるスーパーで夕食のカレーライス用の具材の買い出しを済ませ、学校へと向けて歩き出した。夕食の食材を皆で購入する為、待ち合わせを加茂公園でしたことは言う前でもない。
俺と哲平は後方を歩き、残りの三人は少し離れ前を歩いている。どうして距離が出来たかって、それは遅刻の罰と称して荷物持ちをさせられているからで哲平は俺の助けを買って出たのである。
本当に感謝だ哲平。
「あきら君って亜香里ちゃんのこと好きだよね?」
「な、なに急に言ってるんだよ」
「なるほどその反応を見る限り好きって言ってるような物だよ。まぁ落ち着いてよ何もばらそうとしてるわけじゃないから、で提案なんだけど告白する気があるなら手伝ってあげようか?」
そう告げる哲平に俺はすぐに答えられずにいるとその様子を間近で観察するようにじっと見つめ、哲平は何か納得したような顔をする。
「それより気づかれてないとでも思ってたの。そっちの方が驚きだよ」
俺からしてみれば亜香里との今の関係が崩れるのを恐れ一歩が踏み出せずにいたが、態度に示したこともないし決して相手には気づかせない恋心を抱いていた面持ちだった為に哲平の提案は面を喰らった内容だった。
「安心して亜香里ちゃんは気づいてないし、恋愛に疎い権ちゃんも今のところは知らない。天文部だと僕と恭子ちゃんの二人だけだよ知ってるの」
「恭子ちゃんも知っているなんて」
溜息が零れる。
隠していた気になり、その実友人二人には知られていたとは。
「しかしお互いに気づかないとは哀れな気がするよ」
衝撃的事実にショックを受け、哲平の言葉を聞き損ねてしまった。
でもいつまでもこのまま先延ばしにするのは良くない。折角哲平が手伝うと言えば、手を借りるのも悪くない。
※※※
同日 午後八時
食事を終えた俺たちは哲平が提案したくじ引きの結果ハズレを引いた俺と亜香里が後片付けをする運びとなり、食器類を拝借した家庭科室にやって来る。
拝借したとはいえ、ちゃんと許可は貰っている。
そして俺は洗い終えた食器類を棚へと戻している真っ最中だった。
「あきらそういえばさっき哲平と何話してたの?」
「さっきっていつの事だよ」
「ほらくじ引きでハズレを引いた後だよ。亜香里がどうのこうのって聞こえてたんだけど…?」
「あ~あれはだな…。観察会が終わった後の片付けをどうするかって話してたんだよ」
「そっか、屋上の準備は男子がしてくれていたものね。でも勿論屋上の片付けには私と恭子ちゃんも参加するよそれくらい当たり前でしょ」
何も知らない亜香里は咄嗟についた嘘に答えるように拳を振り上げやる気を見せてる。
危ない危ない……聞かれていたのか。
料理を女子チームが担当し、観察会のための準備を男子チームが手分けして作業分担をしていた。亜香里の問いには肝を冷やしたが、観察会の片付けを口実にした咄嗟の嘘を付けた自分を自画自賛する。
しかしくじ引きの後哲平はわざと俺と亜香里がハズレを引くように細工をしていたと申告していたのを亜香里に見られていたらしい。
まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは、哲平もう少し良い方法はあっただろ、と密かに毒づいたのはまた別の話である。
「片付けも終わったし戻ろうあきら」
廊下を移動しながら屋上へと続く階段の前に差し掛かった時、俺は足を止めた。
横を歩いていた亜香里も釣られるように歩みを止め何事かとこっちを向き不思議そうな顔をした。
「急に立ち止まったりして一体どうしたのあきら?」
安っぽい作戦ではあったが、哲平が俺の為に用意してくれた一時。
鼓動が高まる。一体何事かと足を止め俺に耳を傾けてくれる。この瞬間を無碍することは出来ない。その気持ちが俺の背中を押す。
「実は前々から言おうと思っていたんだけど俺はお前の事が………」
ここで濁すのは、男ではない。
好きだと気持ちを伝えよう。
一気に考えが纏まれば自然に口が動く。
「亜香里っちゃ~ん、片付け終わったの?」
哲平の後押しを受け絶対に想いを伝えるとの決心を胸に誓い遂に最も伝えたい台詞を口に出そうとした瞬間、一階の自販機でジュースを買って戻ってきた恭子ちゃんの声にかき消されてしまった。
俺と亜香里は二人で食器の片付けを。空いた時間暇を持て余していた内哲平と恭子ちゃんは飲み物を補充すべく自販機に向かったのは知っていたがまさか鉢合わせするとはお互い想定外で恭子ちゃんの背後で飲み物を抱えた哲平は申し訳なさそうな顔で俺を見ているのだが、亜香里と恭子ちゃんは全くそれに気づく素振りすら見られなかった。
「うん、終わったとこ。今あきらと屋上に向かってたところだよ」
「なら速くいこうよ」
「ちょっと待って恭子ちゃん。あきらさっき言いかけたあれって何?」
腕を掴み今すぐにでもこの場から立ち去りそうな勢いのある恭子ちゃんを、留まらせて亜香里が俺に聞いてきた。
「別に後で話すから気にするな、亜香里は先に行っていてくれ」
足早に屋上へと二人は先に上がっていき、俺と哲平は置いてきぼりを食らってしまった。
「邪魔しちゃったよねごめんあきら君」
「別に気にしなくていいって、けど俺も決めた絶対今日告白する」
謝る哲平だったが、お膳立てをしてくれた友のおかげで漸く覚悟が決まった。
「そっかなら頑張ってね。応援しているよ」
「おう!」
たとえ中断したとは言え、今日想いを告げることに変わりは無い。問題はタイミングだけ。
「二人とも遅い。もう彗星見えてるぞ」
取り敢えず告白は後回しになり俺は遅れるように哲平と屋上へと至る扉を開けると、権ちゃんが手招きをする。
予定時刻より早い彗星の最接近であったがその姿に天文部の五人は皆、目を奪われた。
彗星が通り過ぎる様はまるで青白い閃光が空を切っているように美しい一筋の線となっていく。
その光景を楽しみながら、語り合う幸せな一時が訪れる。
だから気付くのに遅れ、取り返しのつかない出来事が起きてしまうとはこの時の俺はまだ知りもしない。
それがたとえ好きだった白石亜香里という人物の消失だったとしても……。
この時の俺はこれから起こりえる未来よりも今を過ごすことを大事にしていたから。
「ねえあれ見てなんだか動き方がおかしくない」
それに始めに気づいたのは亜香里だった。
そして皆が亜香里が指さす方を見ると明らかに得体の知れない何かが、学校目掛けて摩擦で生じる熱を帯び真っ逆さまに急降下している。
「速く逃げるぞ皆、多分ここは危険だ」
荷物などその場に放置し、自身の命を守るべく速くこの場から立ち去ろうと駆け出す。必死になって階段を駆け下りる。そんな中俺は亜香里の手を携えた。
決して離さないと心に誓い。
十月十五日土曜日、午後九時頃〇〇県みやま市にある私立大宮高校の校庭に隕石が落下する前代未聞の災害が発生。
……被害は少ないものの落下地点には高校があり、学生が巻き込まれた模様。
十月十六日日曜日のテレビ報道より。
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