縁も長者も餅つけば

夢渡

お餅長者

「おも~ちもちもちも~ちもち」


 雑煮の入った鍋に火を入れて冷蔵庫からおせちの残りを引っ張り出す。

 ついでに金箔入りのお酒もちょっと拝借。


「焼いて揚げ~て煮っ込んで~、お顔ぷっくりお腹ぽっこり」


 ずり落ちそうな寝間着を直しながらオーブンレンジを開けていざ投入。子供の頃にレンジの中を見続けるのはよくないと母に注意されたが、それでもあの硬い殻を破って膨らむ白い頬は見逃せない。


「……」


 これぞ正月の風物詩──なんて現実逃避したところで状況が好転することはない。


「お母さん、お餅まだ結構残ってるよ。どうすんのさ」


「あんたお餅好きじゃない。余ったら持って帰りなよ」


 確かに私はお餅が好きだ。正月に食べるお持ちの量は人一倍だし、お餅を使ったレシピの数もそれなりに多いと自負はしている。

 それでも私の体がお餅で出来ているという事にはならないし、昔みたドラマのような大食漢という訳でもない。


「いくら何でもこの量は無理だって、食べきる前にカビちゃうよ」


「えぇ、あんたが帰ってくるっていうから沢山用意したのに」


「いやいや限度があるでしょうよ、どう考えても女子が食べきれる量じゃないって」


「じゃあお隣のおばあちゃん所にお裾分けしてきてくれる? いま丁度息子さん夫婦が帰ってきてるらしいから」


「えー、正月の朝くらいゆっくりさせてよ」


「何言ってんの、昼から明美ちゃん達と初詣行くんでしょ? そのついででいいから行っといて」


 せっかく里帰りした娘を顎で使い己はこたつでくつろぐのだから、我が母ながらもう少し慎ましやかになってほしいものである。


「あとこれ持ってきな、お昼はみんなで食べるんだろ」


 前言撤回、我が母万歳。

 母君に精一杯のもてなしをした後、私はこの歳になって初めてのお年玉を握りしめながら故郷の町をぶらつく事にした。


「わざわざありがとうね、よかったらこれ持って行って」


 隣にお裾分けした餅が袋一杯の蜜柑へと変わり、歩道と車道の境もわからない道には喧噪のけの字も無い。田舎ならではの町並みに都会ではそう目にかかれない積雪が続き、親元を離れるまでは当たり前だった風景が今ではとても新鮮で吐く息のように真っ白だ。

 タイヤ型に除雪された道路を避けるようにして新雪に足跡を残して進んでいると蔵前から賑やかな声が聞こえてくる。


「明けましておめでとうございます」


「おーおめでとう」


 蔵の中にはこの町唯一の神輿がこの日の為におめかししている。

 ちゃんとしてるところは行事によって神輿が違うのかもしれない、でもこういうところが故郷らしくてホッとする。


「毎年変わんないですね」


「嬢ちゃんここの出かい?」


「酷いなー、数年前まではおじさんとこのお米食べてたのに」


「えぇ、ちょっちょっとまってな今思い出すから」


 数回の問答でお得意様を言い当てる距離感に思わず顔が綻んでしまう。もうすっかり垢抜けたと思っていたけれど、何処までいってもこの町の人間なのは変わらない。


「おーい源さん」


「どしたー」


「飾り取れとる」


「あーあほんとだ、ちょっとまわって聞いてくるわ」


「もう出さんと間に合わんで?」


「まぁ少し遅らせてもらおうや」


 掲げられたしめ縄飾りには確かに中央に一色足りていない。別に飾り一つ気にせず出してしまえばいいと思うけど、おじさんたちは数少ないイベント事に知らず熱が入っているようだ。


「あの、替わりにこれって使えませんかね」


 せっかくの里帰りで同郷の者と回るイベント。つつがなく進行して欲しいと思う私は袋から橙と同じ色の果物を差し出した。





「蜜柑で凄いことになっちゃった」


 余ったお菓子にもち米、お酒に抽選券とお礼というより里帰りしてきた子供に構う年寄りの心境で色々と渡されて温かさが心に染みる。


「けど、これは流石に重いわ」


 家に持ち帰るよりもこのまま集合場所に向かったほうが早いだろうと神社への坂道を上り始めたけど、そう傾斜のない道が私の指に袋の持ち手を食い込ませる。

 上りきる頃にはすっかり私の指先は冷たくなり、指には跡が出来ていた。


「ゆっちゃん久しぶり~」


 懐かしい愛称に下がった頭を上げるとこれまた懐かしい面々が私に向かって歩いてくる。数年程度では長年つるんだ相手の容姿はさほど変わったと感じなかった。


「久しぶり~、みんな全然変わんないね」


「あんたも変わってないじゃん」


「えー、東京行って垢ぬけてるっしょ」


「いやいや全然」


 他愛ない話に花を咲かせながら仮設置された休憩所へと移動する。ようやく腰を据えて辺りを見渡すと見知ったおじさんおばさんが出店の準備を進めているが、進捗としては芳しくはないようだ。


「それで私たちは何処を手伝うの?」


「それがさぁまだ町長が来てないみたいで、とりあえず屋台作り進めてるだけなんだよね」


「もうすぐ神輿も出るのにまだ来てないなんて珍しいね」


「だから今呼びに行ってるって。とりあえず由紀は休んでなよ、そんな荷物ここまで持ってきたなら疲れてるでしょ」


 正直手に力が入らない今の私は戦力外なので、お言葉に甘えてみんなを見送り背を預ける。足元に置かれたストーブが火照った体に汗を滲ませ、簡易サウナとなった上着を脱ぐと時折り過ぎ去る北風が風呂上がりの扇風機が如く心地よい。

 袋の中からつまみとなる菓子に手を伸ばすと、硬い何かに手が当たった。


「っと、ごめんね」


 目を向けると小さな目がこちらを見上げる。親子連れで来たであろう子供たちが私の荷物を前にたむろしていた。


「お菓子ほしい?」


 小さな首が折れそうなほど元気よく頷いてくれる。この後のを考えるならお腹を空かせておいた方がいいのだけれど、その可愛さに免じて彼らの手に一つずつお菓子をのせてゆく。


「後でお店も出るから一つだけね?」


「ありがとう!」


「こぼしちゃうからここで座って食べようね」


 本音を言うと軽い菓子より重たいもち米か酒でも消費してくれればいいのだけど、それを子供に求めるのは酷だし私としても何もせず休んでいるより気が晴れる──そう思っていたら子供たちが懐を漁ってこちらに何かを差し出してきた。


「お菓子のお礼!」


 小さな手に乗っているのは色のついた餅・モチ・MOTI……小さな子の好意を無下にするわけにはいかず、ひきつる笑顔を必死で抑えて一つ一つ受け取っていく。増えた重量と戻ってきた好物に涙がこぼれそうになっていると、手が空いたのか子供の母親たちが休憩所へと集まってきた。


「ごめんなさいねお菓子貰っちゃったみたいで」


「いえいえ、荷物もかさばってましたし丁度良かったです。私も少し休憩したらすぐ手伝いますので」


「この子たち見といてくれただけでも大助かりよ──ってあら」


「がらがら!」


 菓子袋の中に放り込んでいた抽選券を子供から受け取った母親がまじまじとそれを見つめている。

 もしかしてと思い差し上げようと申し出たけど、彼女はそんな私の勘違いに笑ってみせる。


「ごめんなさいね、それうちで担当してるやつだから」


「あーなるほど、ごめんなさい私ったらってきり」


「いいのいいの、主婦がみんながめついのは本当だから──そうだ、この子たちのお礼もかねて今から回してみない?」


「今からですか? まだ準備中なんじゃ」


「うちの方はもう終わってるの。他がまだだから開けてはないけど、どのみち引くなら一足先くらい構わないから是非引いていって」


 そこまで言われてはと彼女が担当する抽選所に赴き貰い物の券で先行抽選権を手に入れた。

 辺りが慌ただしく準備する中で一人だけ遊んでいていいのだろうかと負い目を感じてしまったのだけど、あまりに回したそうな彼女のお子さんにハンドルを握らせる事で罪の所在をあやふやにすることに成功した。


「あら」


「みどりー!」


「おめでとうございまーす」


 作業中の境内にハンドベルの音が鳴り響く。唯一の拠り所だった注目が一斉にこちらに集まり、受ける視線に背中から変な汗が流れて抱える免罪符を落としそうになってしまう。

 居ても立っても居られない私はまくしたてるようにして当たった景品の受け取りを促したのだが──


「それじゃあ三等のお餅ひと月分でーす」


 隣のおばあちゃんに渡した以上のソウルフードが、文字通り私の心を打ち砕いた。


「サボり魔が三等あててるー」


「ちょっとちがうってば!」


「でもよかったじゃん、ゆっちゃんお餅好きでしょ」


「そうだけど流石にひと月分はね……そっちの準備はもう終わりそう?」


 鐘の音で集まってきた友人たちに進捗をうかがうとみんなそろってしかめっ面。どうやら準備は終わったそうなんだけど、未だに町長が顔を出していないそうだ。

 今からまとめ役へお伺いをたてにいくところらしく私もそれに同行する事にした。


 人づてに場所を聞きようやく社務所前でまとめ役を見つけたが、どうやら先客がいるようで彼と一緒にあれやこれやと論議していた。


「あのー、こっちの準備終わったんですけど開始の合図ってまだですかね」


「あぁごめんね、もうちょっとだけ待っててもらえるかな」


「なにかあったんですか?」


「実は町長が今朝腰をやっちゃったみたいでね。あの人が担当するイベントの準備が何もできてないんだよ」


 聞けば町長の意向でイベントは当日のサプライズとなっていたらしく詳しい内容は誰も把握していなかったらしい。

 大々的に宣伝した後なので取りやめにするわけにもいかず、今の今まで代案を何にするか頭を捻っていたとの事。


 なんとも人騒がせな人だとおもうけど、一番悔しいのは病室で寝込んでる本人だろう。


「もう適当でいいんじゃないか、ちょっとした抽選か炊き出しなら出来るだろ」


「あんだけ煽り文句入れた宣伝だと見劣りするが、もう一般の参拝客も増えてきてるから仕方ないな」


「炊き出しの用意は出来てるんですか?」


「あぁ、といってもお汁粉用の材料と道具しかないけどね」


「火と調理場所はあるんですよね……足りない食材や道具って誰かに持ってきてもらえませんか?」


「そうだなぁ、今からなら神輿組が何名か残ってるだろうから連絡さえすれば……何かいい案でもあるのかい?」


「在庫処分です」





 昼も大きく過ぎた頃、参道を除く境内の空き地にはシートが敷かれて参拝客を含めた各々が宴を開いて騒いでいる。

 かくいう私もその一人。今は貰った菓子を広げ調理した餅料理を肴にこれまた貰った酒で乾杯している。


「それにしてもゆっちゃんよくこんなの思いついたね」


「ふふーん、あっちじゃイベントプランナーやってるからね」


「でも桜無いのに花見みたいなことしてもなー」


「あっそう、文句のある人には料理はあげませーん」


「ごめんごめんうそうそ! よっ由紀様、餅長者!」


「なによ餅長者って」


 貰ったもち米を餅つき大会に、ついた餅と余っていた餅を料理教室に、そして出来上がった料理で宴会を開く。

 困っていたまとめ役の人たちも大喜びだったけど、私としても自慢の餅料理を披露して手に余る餅の消費が出来たのだから自分の手腕に花丸をあげたい。


「でも自分の好物があんなに手に入ったのに全部使っちゃうってちょっともったいないね」


「だからあんな量もらっても消化しきれないって」


「いーや、由紀なら絶対食えるね」


「私のことなんだと思ってんのよまったく──まぁそれにさ」


「それに?」


「こっちのほうが楽しいでしょ?」


 故郷を離れての暮らしに悲観的になるほど不満は無いけれど、やっぱり私はこの町での繋がりも捨てたくないし大事にしたい。

 だからそれを形にするための出費なんて大した痛手でもないって長者様は思うわけですよ。


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